コンプライアンス云々以前に、病気で血尿が出てる高校生に徹夜仕事させちゃダメ!集英社はホントにそれで良いの?『バクマン。』

基本情報

バクマン。 ★
2015 ヴィスタサイズ 120分 @DVD
原作:大場つぐみ小畑健 脚本:大根仁 撮影:宮本亘 照明:冨川英伸 美術:都築雄二 音楽:サカナクション VFXスーパーバイザー:道木伸隆 監督:大根仁

感想

■高校生二人が原作と作画を分担して漫画家デビューして、ジャンプの連載、さらにアンケート1位を狙いに行くが。。。

■というお気楽なお題をトントン拍子に綴る素朴に上昇志向な青春映画。それはそれで悪くないけど、第三幕がちょっと酷いので、さすがにびっくりした。原作漫画を短くまとめるのに苦労したのだろうけど、いくらなんでもこれはダメでしょう。10年前の映画とはいえ、いくらなんでも昭和元禄か?という雑さ。「友情・努力・勝利」という少年ジャンプの幼稚な(!)哲学を、なぜか無批判でそのまま劇化したために、えらいことに。

■いくらなんでも過労で血尿(しかも鮮血!)が出て入院している高校生が病院を抜け出して徹夜して漫画を仕上げるという筋立ては、コンプライアンス云々の借り物の胡散臭い概念を持ち出すまでもなく、厚労省的に、あるいま文科省的にダメでしょう。ほとんど鮮血状の血尿が出て入院しているのを抜け出して、連載の締切に間に合わせるという段取りをクライマックスに仕立てて、それをあたかも良いこと(それが「努力」?)のように描く。血尿舐めるなよ!というお話ですよ。それ努力じゃないよ!しかも、主人公は高校生で締め切りに追われて、授業中はずっと寝てるわけで、本末転倒も甚だしい。集英社の儲けにとっては好都合かもしれないけど、まだ学生なので、労働の前に学習ですよね、常識的には!これ完全に搾取の構造です!

大根仁の演出的にはノリノリで悪くないけど、脚本構成の思想がいくらなんでも雑すぎる。漫画家同士の対決をVFXのを駆使してイメージ的に映像化した場面も、プロジェクションマッピングなども使った、技術的には意欲的な映像処理ではあるけど、端的にいって要らないよね。幼稚過ぎる。

■こうして大根仁の映画を辿ってみると、『エルピス』は明らかにそれまでの段階とステージが異なる。大根仁はあれで、確実に階段を登ったのだ。自分で脚本を書いている限り、その僥倖は訪れなかっただろうね。

補足

■これとほとんど同じお話の映画があります。なぜかあまり話題にならない『ハケンアニメ!』です。こちらは間違いなく傑作なので、『ハケンアニメ!』を観てください。ちゃんと地に足がついていて、グサグサ刺さって、心が血を流します。凄いよ。
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開けてビックリ!コメディ時代劇の秀作『身代わり忠臣蔵』

基本情報

身代わり忠臣蔵 ★★★☆
2024 ヴィスタサイズ 119分 @TJOY京都
原作:土橋章宏 脚本:土橋章宏 撮影:木村信也 照明:石黒靖浩 美術:松宮敏之 音楽:海田庄吾 監督:河合勇人

感想

■お馴染みの忠臣蔵だけど、瀕死の吉良上野介が替え玉(ムロツヨシ)にすり替わっていた?しかも、大石内蔵助永山瑛太)と肝胆相照らす旧知の仲だったとしたら?

■という奇抜な着想によるコメディ時代劇で、意外にもかなり上出来な風刺劇。お馴染みの土橋章宏が書いた小説の映画化だけど、今回は松竹ではなく東映時代劇であるところが異色。といっても、ロケ地も同じだし、ロケセットも同じなので、ほとんど違いはない。見分けがつかない。残念ながらね。美術は東映の松宮敏之だけど、明らかに低予算で、意匠を凝らした大きなセットは組めない。例えば大奥ものなどのほうが、豪華なセットを組んでいた。それでも見栄えが貧乏くさくならないのは、お馴染みの寺院でのロケ撮影の賜物。

■もともとの発想は傑作『デーヴ』だと思うけど、忠臣蔵に移植したのは慧眼だし、武家社会だけでなく現代社会への風刺になっているところは非常に偉いところ。吉良の偽物と大石の友情で泣かせるし、殿中で刃傷事件を起こした吉良家も浅野家も幕府の面目をつぶしかねない厄介者だからぜんぶまとめてなかったものにしようと企む徳川幕府に反抗してゆく筋立ても、実に東映らしくて良い。コメディ時代劇だけど、意外と正統派時代劇なのだ。そのあたりは土橋章宏がぜんぶ飲み込んで、自家薬籠中のものとしているから、頼もしい限りだ。

ムロツヨシはコメディ演技が注目されるけど、『呪怨 白い老女』などでもわかるとおり、シリアスに演じると非常に底知れない気色悪い人間像を演じることができる変な人。一方、大石を演じるのは、みんな大好き永山瑛太で、身分の低い武士ゆえに他家に仕官も叶わぬ四十七士の再就職かなえるために仇討ちの成功を祈念する人情家で、弱いものの味方。吉良家の家老の齋藤宮内が林遣都で、吉良との間の男色関係を匂わせるのも、さすが東映ムロツヨシとの間のドツキ漫才風味が単純に楽しいけど、いまどき頭をどつくのはテレビでは無理なんだろうね?(吉本新喜劇でやってるか)

■シーンつなぎの編集が非常に切れが良くて、若干噛み気味に場面転換するので、非常にテンポが良い。編集は瀧田隆一という人で、あの『見えない目撃者』も編集しているから、こりゃ本物だね。一方で、VFXはマット画を多用していて、低予算なのにやたらとパノラマ的な大きな絵を見せようとする。富士山も江戸城赤穂城も赤穂の塩田の情景も。しかもあまりリアル路線ではなくて、いかにも絵に描きましたというタッチ。コメディなので敢えての演出意図だろう。しかもマット画は有働武史だよ。
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■最後には一応お約束どおりチャンバラもあるけど、あまり新味はないし、上手くもないのは、コメディとしての本来の狙いを妨げないバランスだろう。でもなぜか岡本喜八の『侍』のあの場面が引用されたりして、油断がならない。

補足

■原作小説をぱらぱらめくってみて驚くのは、映画とタッチが全く異なること。原作者が自作を映画用に脚色しているけど、ほとんど全面的に書き直しくらいのアダプテーションになっている。土橋章宏が映画企画に求められるPや監督の注文を大幅に盛り込んで、コメディとして再構成して脚色したようだ。それはそれで凄く柔軟な対応力ですね。素直に感心しました。



参考

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永山瑛太の役柄のチョイスには哲学があって凄いと思う。『エルピス』にも◯◯の役で出てたからね!
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この映画のムロツヨシは凄かったよね。騙されたと思って観てみて!夢に見るから。
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寅さん、海を渡る?東映Pの謎企画『ぼくのおじさん』

基本情報

ぼくのおじさん ★★☆
2016 スコープサイズ 110分 @DVD
原作:北杜夫 脚本:春山ユキオ 撮影:池内義浩 照明:岩下和裕 美術:原田恭明 音楽:きだしゅんすけ 監督:山下敦弘

感想

ぼくのおじさんは、哲学者だけど、貧乏でぐーたらな居候だ。おじさんのことを書いた作文が懸賞で入選して、ハワイ旅行に行くことになったんだけど。。。

山下敦弘が『カラオケ行こ!』の前に撮っていた少年を愛でる映画。といっても変態映画じゃありませんよ。東映のPの須藤泰司が自分で脚本も書いた念願の企画で、松田龍平への宛書。でも一番引っかかるのは、いつの時代の話?という部分で、そこはあまり綺麗に解決されていない。そもそも原作は昭和30年代の話で、ハワイへ行くことの意味が、かなり違う。もちろん、そのことは監督も役者もわかっていて、そこを追及したらこの企画終わりだよねという認識で、企画に乗っている。でも、観客はなかなか素直に飲み込めないから、そこが根本的な弱点。

■しかも、全体の作りが寅さんになっているのも困りもので、寅さんにしか見えない。ヒロインが真木よう子で、山下監督は『週刊真木よう子』でも良いエピソードを撮っているけど、このヒロイン役はちょっと厳しい。そもそもおじさんが恋に堕ちる場面の白く飛んだカットが、単純に綺麗じゃない。純粋に技術的な問題だけど。それに、ハワイで働く女性ということで、顔が日に焼けてちょっとかさかさした乾燥した感じをリアルに狙っているので、女優の撮り方としては、さすがに厳しい。そんなリアルな映画じゃないのに。しかも、主筋の部分がお金の話だしね。おじさんがハワイ旅行の懸賞を当てるために、空き缶を集めるエピソードは単純に楽しいのにね。

■おじさんと恋のライバルになるのが戸次重幸という人なんだけど、知らない人だよ(薄々知ってるけど)。。。脇役として寺島しのぶ宮藤官九郎戸田恵梨香と無駄に豪華なのに、肝心の配役がこれでいいのか?このあたりのバランス感覚の歪さが、どうも娯楽映画としての枠を崩している。

■でも主役の大西利空という子役が素晴らしいので、子役と松田龍平のユニークな個性とのアンサンブルだけで持っている映画といえる。大西くん、常に頭頂部がつやつや光り輝いて、ナチュラルに天使の輪が出まくりなので、きっとリアル天使に違いない。『カラオケ行こ!』にしても、半素人子役の活かし方について、山下監督はなにか特別なメソッドを持ってるに違いないね。それはそれで演出家として凄いと思うぞ。もちろん、昔の相米慎二みたいにしごいているわけではないしね。基本的に脚本に無理がある企画なので、山下監督の仕事としては悪くないし、オーソドックスな出来栄えとも思うし、真珠湾を望み観る良い場面もあるけど、まあ、脚本が冴えないと、取り返せないわな。という映画でした。残念。


破れ鍋に綴じ蓋?地味ながらオールスター映画『オーバー・フェンス』

基本情報

オーバー・フェンス ★★★
2016 ヴィスタサイズ 116分 @アマプラ
原作:佐藤泰志 脚本:高田亮 撮影:近藤龍人 照明:藤井勇 美術:井上心平 音楽:田中拓人 VFXプロデューサー:浅野秀二 監督:山下敦弘

感想

■結婚生活が破綻して故郷の函館で職業訓練学校に通いながらも無為な日々を過ごす男(オダギリジョー)は、エキセントリックなホステスの女(蒼井優)と出逢い、はじめは警戒するが、喧嘩別れすると、何故か気にかかり。。。

■「フェンス」なんていうから、在日米軍のフェンスがどうしたの?とか思ってしまうのは、監督が以前に『マイ・バック・ページ』を撮っていたからですね。閑話休題

東京テアトル70周年記念作品なので、とても地味な小さな映画なのにオールスターの配役で、そこは非常に豪華な映画になっているし、『海炭市叙景』『そこのみにて光輝く』の前二作に比べると、案外わかりやすく飲み込みやすいドラマになっている。オダギリジョーは脇役で変な役ばかりやってる印象だけど、ちゃんと主役で真面目に取り組んでしかるべき貫禄を見せる。

蒼井優はもちろん実力派なのでなんの心配もないけど、なにしろかなり「ぶっ壊れた女」なので、さじ加減が難しいところ。鳥の求愛行動を真似て踊りだすという趣向は映画のオリジナルらしいけど、よく考えたね。大成功。『溺れるナイフ』の舞踏シーンの寒々しさと比べてみるとその違いがよく分かる。

■割れ鍋に綴じ蓋という言葉があるように、男女は単独では欠けたもの同士だが、一つになって初めて完成する器なのだ(爺か!)。ぶっ壊れた女と、妻を壊してしまった男が出逢うことで、自分の意識や認識を超えたところで、というか意識の下で引き合うことになる。それが悲劇で終わらないところがこの映画の優しさだし、東京テアトル70周年という記念映画にふさわしいところだろう。

■その祝福のために、松田翔太北村有起哉満島真之介、優香、安藤玉恵らが結集したわけ。松田翔太なんて、完全にオダジョーにゾッコンで、一緒にクラブを経営しようとか誘いながら、実は違う誘いをかけていたのだ。自分も寝た女をオダジョーに充てがって、義兄弟の盃のつもりだったけど、オダジョーが本気で女に惚れると失望(失恋?)してしまう。

■しかし、山下敦弘って、すっかり安定感のあるベテラン監督になったんだなあ。最近のメジャーな二作を観ても、ソツがないしなあ。


中平康の監督デビュー作は完全にヒッチコックだった『狙われた男』

基本情報

狙われた男 ★★★
1956 スタンダードサイズ 68分 @アマプラ
企画:水の江瀧子 脚本:新藤兼人 撮影:中尾駿一郎 照明:吉田協佐 美術:松山崇 音楽:小杉太一郎 監督:中平康

感想

■古い町並みの残る銀座の路地の一角で美容院マダム殺人事件が起こる。殺人の前科がある若者(牧真介)が町内で噂にのぼり、彼は悔しさから真犯人探しを始めるが。。。

新藤兼人のオリジナル脚本で、らしいといえばらしい、非常にシンプルなスッキリした脚本。いわゆるミステリージャンルだけど、トリックが云々というお話ではなく、サスペンスにまとめる。その中で、前非を悔いて更生した者に対する冷ややかな世間の偏見の目を批判的に描く。テーマ性はそこにあるけど、それほど深く探求はされない。でも、演出的にサスペンスとしてかなりよくできているので中平康の株は大いに上がった。というか、監督デビュー作なので、大型新人と認識された。

■でも劇場公開は次作の『狂った果実』が先になり、大ヒットするし、世界的な高評価を叩き出す。それに比べると本作はそもそも大きな狙いを持った映画ではなく、あくまで監督としての資質を探るための小品だけど、驚くのはヒッチコックをかなり忠実にコピーしていること。それも、あざとさがなくて、非常に自然だし全体の流れの中で浮いていない。非常に巧妙なやりかただと思う。

■低予算なので配役はノンスターで地味だけど、美術装置は妙に豪華で、銀座の片隅の町並みの一角をまるまる撮影所のオープンセットに組んで、縦横無尽に撮影する。なんとも贅沢な時代だ。刑事役の内藤武敏は完全にハリウッド映画のダンディー探偵スタイルで、妙にかっこいいけど、神社新聞の社長が浜村純なんだけど変な長髪のかつらを着けて、完全にコメディ路線。そもそも浜村純て、長髪のかつらが全く似合わない人で、ときどきかつらやヒゲで出てくるけど浮きまくり、コメディにしかならない。その究極が『大怪獣ガメラ』の博士役で、至って真面目に演じるけど完全に漫画だった。

■撮影はなぜか中尾駿一郎だけど、ハリウッド映画を完全コピーしましたて感じのノワール撮影。当然『裏窓』も見事に翻案してみせる。ビルから降りてきて、道路を渡って、向かいのビルをのぼる様子を長廻しで捉えたり、もうヒッチコック好きを隠そうとしない。まあ、中平康ヒッチコック好きを公言していたけど、邦画界では当時珍しいよね。(当時はわりと軽視されていたはず)ただ、テーマ的には軽いので、白眉は『密会』だと思う。あれはヒッチコックの技巧を借りて、本家を超えたと思う。


地獄の極道カラオケ戦争勃発!でもカラオケ行きたい!『カラオケ行こ!』(感想/レビュー)

基本情報

カラオケ行こ! ★★★
2024 スコープサイズ 107分 @イオンシネマ京都桂川(SC1)
原作:和山やま 脚本:野木亜紀子 撮影:柳島克己 照明:根本伸一 美術:倉本愛子 音楽:世武裕子 VFXプロデューサー:浅野秀二 監督:山下敦弘

感想

■純真な合唱部の中学生男子(齋藤潤)に目をつけたイケメンやくざ(綾野剛)が、地獄の組長杯カラオケ大会の歌唱指南を頼み込むが。。。

■ホントにそんな話なので呆気にとられるけど、なにしろ脚本が野木亜紀子で、監督が山下敦弘なので、ただの漫画映画化企画ではないのだ。ないはず。。。きっとないよね。

■実際はかなり漫画チックなお話で、特にヤクザをどう捉えるかがネックになる企画なんだけど、そこは完全にファンタジー。そこをリアルに捉えると成立しない原作だし、企画だから、大人の観客には物足りない。というか、違和感が残る。ヤクザ舐めんなよ(?)

■でも主役の少年に齋藤潤を据えたところでいろんな瑕疵が一気にぶっ飛んだし、ヤクザに綾野剛が扮したところも、不思議な化学反応をもたらした。齋藤潤はもう文句なしに可愛いので、誰が観てもキュンキュンする。一方の綾野剛は、こうしてみるとけっこういい年なんだなと感じるところだが、それは男の勲章。明らかにこの二人のBL風味を意識しているし、それどころか合唱部の副部長の和田くん(後聖人)も部長の齋藤くんにぞっこんなのだ。監督も、撮ってみたら和田くんのキャラが立ってしまったので驚いたらしい。もともとそんな意図ではなかったらしいけど、リアルな男子中学生の焦燥感をセンシティブに表現してしまった。

山下敦弘はそもそも大阪芸大中島貞夫の教え子だったので、ヤクザといえば、中島貞夫が描いたあれやこれやが当然のこと脳裏をよぎるわけだけど、わかったうえで全部捨象して、原作漫画どおりに(?)スカスカのヤクザ像を描いて見せる。でも綾野剛が演じるから妙な色気が漏れてくるわけで、当然BL風味になる。否応なくね。

おそらく、映画の作者としてはヤクザの存在を、民俗学的な辺縁の民、マレビトとか妖怪とか鬼とか、そういった種類の、日常世界とあの世との境目に棲む、そして常に滅びの運命を纏った存在として、象徴的な意味合いで描こうとしているのだろう。だから本作のヤクザを鬼に置き換えると、そのまま昔話とか童話になるはず(良い方に、穿ち過ぎ?)。

■たとえばこんなおとぎ話があってもおかしくない。。。

むかしむかし、あるところに歌の好きな農家の少年がおりました。いつもいい声で歌いながら田畑を耕していたところ、ある日、山から鬼が降りてきて、こう言いました。「お前、歌が上手いな。ずっと山で聞いていたんだ。実はこんど俺たち鬼の仲間で歌合戦があるんだが、歌は苦手で困っていたんだ。お前、俺に歌を教えてくれないか?」村では山に住む鬼とは関わるなと言われているし、怖い顔の鬼なので、はじめ少年は嫌でしたが、付き合ってみると案外気のいい鬼で、まだ若くて未熟な自分だけど歌の師匠として扱ってくれるので、すっかり嬉しくなってきました。里におりてくる気の荒いはぐれ鬼からは守ってくれるし、農作業も手伝ってくれるし、なにしろ長く生きているので、山のことも里のこともいろんな出来事や知恵を知っていて話して聞かせてくれると、少年は自分の知っている村や田畑や野山はほんのわずかで、世の中には知らない世界が沢山あることを知るのでした。そして鬼と人は外見の違いだけで、心の中はあまり変わらないのではないかとすら感じるのでした。(中略)
ところが、藩の政策で海辺の埋め立て工事が始まると、村からも農民たちが労役に駆り出されるし、山から大量の土砂や木材を切り出すようになり、いつしかあの気のいい鬼たちの姿をみることはなくなりました。今では村人たちも、鬼なんて最初からいなかったんだよという者もいます。でも少年だけは、彼らが確かにそこにいて、楽しげに歌ったり踊ったりしていた光景を一生忘れまいと思いました。鬼たちを見なくなったことは少し寂しいけど、自分の子どもや孫たちに、あの鬼たちの愉快な姿をどんなふうに話して聞かせようかと思うと、妙にわくわくしてくるのでした。おしまい。
「日本の民話:鬼と歌った男」より抜粋

■秀逸なのは脇役の布陣で、綾野剛のあかんたれな親父が『1秒先の彼』に続いて加藤雅也(なんか最近、毎週見てる気がする)で、あとはおばさん勢の顔ぶれに妙味がある。少年の母親が坂井真紀だったことには最後まで気づかなかった。どこに出てたかなあ?と素朴に感じていたのだ!綾野剛のオカンがヒコロヒーという芸人で、これも素材の面白みを生かしたいい配役。顔つき一発勝負という感じだけど、それでいいのだ!配役で演出の9割は決まると市川崑も言っていた。あ、そうそう合唱部の副顧問のももちゃん先生をリアルに演じる芳根京子というひと、初めて認識したけど、良い個性だし、感心した。しかもこれ映画オリジナルのキャラらしい。ここは大成功要素だった。

■正直なところ、わざわざ野木亜紀子が書くほどの企画じゃなくて、もっと若手でもいいと思うけど、結果的に悪くない青春映画になった。ヤクザがリアルじゃないから、リアルに胸に刺さる青春映画にはならなかったけど、十分にウェルメイドな映画。さいきんの山下敦弘はそんな路線を狙っているのだな。『1秒先の彼』も傑作とか佳作とかではないけど、ウェルメイドな小品だった。


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この歌がいわば主題歌なんだけど、とても良いのだ。

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混ぜるな危険!「火まつり」+青春映画の化学反応が大失敗した『溺れるナイフ』

基本情報

溺れるナイフ ★★
2016 ヴィスタサイズ 111分 @アマプラ
原作:ジョージ朝倉 脚本:井土紀州、山戸結希 撮影:柴主高秀 照明:宮西孝明 美術:三ツ松けいこ 音楽:坂本秀一 監督:山戸結希

感想

■少女漫画の映画化だけど、なぜか中上健次のエッセンスが混入し、最終的に事故に至った残念映画。最終幕まではかなりいい出来なので、これは傑作かと思われたが、最後の20分くらいでぶち壊し。でもそれらの謎要素は原作漫画由来らしく、決して映画が変な事を考えたわけではないようだ。中上健次の「火まつり」が下敷きになる(なぜ?)のも原作からのものだ。

■お話の着想や展開だけみると明らかにロマンポルノでもあり、似たような構成の映画があったはずだ。元少女タレント(小松菜奈)が火まつりの夜に暴行未遂事件に遭遇し、それを救えなかった恋人(菅田将暉)と間に大きなシコリが残る。それがどう解消されるのか?というドラマになるけど、演出は明らかに相米慎二を意識しているし、主演の二人も好演するので、上出来なシーンがいくつもある。

■一番問題なのはラストの火まつりを繰り返す趣向で、これは原作を離れてオリジナルな展開を用意すべきだった。実際、こういう展開はロマンポルノではいくつかあったと思うが、さすがに苦しい。同じ変質者が火まつりの夜に再び?この変質者がそれなりに描かれるならそれもありだろうが、完全にご都合主義の描き方では、ドラマにならない。同じ村に住む因縁のある男とかであれば、まだ収まりがつくけど。

■しかもそれを小松菜奈の夢かと思わせる混乱した編集も単純に不細工。序盤から編集はかなり独特で、普通のつなぎ方をしていないのだけど、これは明確な失敗。しかも、その後小松菜奈が女優として大成功して。。。みたいな展開は完全に噴飯もの。脚本開発時点できっとなにかあったに違いないと思う。井土紀州が最初からこんなくだりを書くとは思えないし、スタッフやキャストからこれどうなってるの?と突っ込まれるはず。

■熊野の土俗と精神世界を絡めた趣向は悪くないけど、最後の菅田将暉火まつりの舞いなども、撮影、編集ともに浅薄すぎて涙が出る。小松菜奈菅田将暉も非常に良かっただけに、ほんとに勿体ない。技術スタッフは柴主&宮西のベテランコンビなんだけど、監督の狙いと必ずしも合っていない気はする。もっと若手で良かったのでは?

■制服の小松菜奈が走るだけで映画になってしまうのは、本人の演技云々を超えて天賦の才だし、金髪でガリガリ菅田将暉は素晴らしい。半分は現世、半分は神の世界に属する神と人間の間の子として描かれるけど、菅田将暉の演技と体躯でそれをちゃんと感じさせる。あとは監督の理解が追いついていないのだ。青春映画としてのニュアンス表現は非常にうまいのに、肝心の土着の精神性とドラマ構築が理解できていない。それは素人が観ても、そう感じる。いっそのこと、田舎怖いの土俗ホラーに換骨奪胎すれば良かったのだ。その方がずっとスッキリすると思う。


参考

小松菜奈は、なかなかの逸材だと思う。『恋は雨上がりのように』はホントに良かったぞ。
maricozy.hatenablog.jp
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菅田将暉はもちろん逸材だし、いい映画に出てる。『アルキメデスの大戦』はやめとけばよかったのに。(映画は良かったけど)
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イーストウッドみたいな映画だね!といったらちょっと褒めすぎだけど…大根仁の『SCOOP!』

基本情報

SCOOP! ★★★
2016 スコープサイズ 120分 @DVD
原作:原田眞人『盗写 1/250秒』 脚本:大根仁 撮影:小林元 照明:堀直之 美術:平井亘 音楽:川辺ヒロシ VFX:菅原悦史 監督:大根仁

感想

■中年パパラッチ(福山雅治)の助手として期待の新人記者(二階堂ふみ)が補助につくと、徐々にスクープ撮影の醍醐味とともに、師匠の男っぷりにやられてゆく。でも男にはいかにもやばそうな情報提供者の男(リリー・フランキー)がつきまとい。。。

■というお話なんですね。もっと社会派映画かと思ったら、実はイーストウッドの『ルーキー』みたいな映画。新人記者の二階堂ふみの成長を描くお話なのだ。原作は原田眞人のテレフィーチャーで、当時観たと思っていたけど、実は観ていなかった。話題にはなっていたはずだけど、見逃していたらしい。多分黒木和雄が撮った『十万分の一の偶然』と勘違いしていた。でもこちらも傑作だったはず。岸田森が出てたから観たんだけど。

■そもそもなんで今さらこんな映画を思い出したかといえば、『エルピス』を一気見してしまったから。あれは大根仁がメイン監督だったのだ。でも、ドラマが語られるときに渡辺あやと女性Pの名前しか語られないのがちょっと気の毒。演出も良かったからだ。で、そういえば以前にこんな映画を撮っていたよなあと思い出した次第。なので、もっと社会派映画かと思ったのだ。でも全般的にみて、大根仁の仕事としても『エルピス』のほうが良かったよね!ちなみに、大根仁のイメージって、『ライオン丸G』(かなり良かった)とか『リバースエッジ 大川端探偵社』(これも良かった)とかの深夜ドラマの人ですね。まあ、NHK大河で『いだてん』も撮ってるけど、やはり深夜ドラマで映える人。その個性が『エルピス』にはマッチしたのだろう。

■そして、福山雅治の言動がそのまま『エルピス』の岡部たかしなのは意図せぬ偶然だろうか。渡辺あやは本作を見ずに脚本を書いていると思うけど、どちらも昭和バブル世代の残照を描いている。福山とリリーの男同士のいちゃいちゃ感をホモソーシャルに描くのも見どころで、明らかに精神的には男女関係よりも濃厚な経験を共有しているソウルメイト。その哀しい顛末がもっと胸に迫れば映画的に成功なのだが、クライマックスはさすがにちょっと苦しい。そもそも、連続殺人犯のスクープ撮影の場面の警察も没個性的であまりリアルではないし、クライマックスの警察の対応も同様。いろんな場面でリアル仕様ではない。減点材料としては、そのあたりの甘さがどうしても気になる。

■でも主演の福山雅治のゲスおやじぶりは痛快だし、リリー・フランキーの得体のしれない風情も良い味。オリジナルの原田眞人版では、なんと内藤陳(!)が演じたらしい。趣深いね。。。街なかで狂笑しながら拳銃ぶっ放す演技なんて、いまどき観られるとは思わなかったけど、というかリアルではないと思うけど、大根仁はあえて「狂鬼人間」の岸田森を引用したのではないか。(しらんけど)


若者は常に時代の「炭鉱のカナリア」だ!『ワンダーウォール 劇場版』

基本情報

ワンダーウォール  ★★★☆
2020 ヴィスタサイズ 68分 @DVD
作:渡部あや 撮影:松宮拓 照明:宮西孝明 美術・山内浩幹 音楽:岩崎太整 監督:前田悠希

おはなし

■僕らの大好きな近衛寮が取り潰しになる!そんな一方的な通知を受けて、寮生は学生部に抗議にでかけたけど、肝心の三船(中崎敏)は窓口のキレイなお姉さん(成海璃子)に何も言えないし、志村(岡山天音)はお姉さんの胸元に見とれているばかり。キューピー(須藤蓮)、お前らそれで本気で闘う気があるのかよ!(byマサラ)

感想

NHKで放映されて、いち早くブログで紹介した『ワンダーウォール』の劇場版で、少しカットが追加されたけど、大きく変わってはいない。改めて見直すと、やはり終盤が弱くて、やはり90分はほしいところ。前田悠希の演出も、必ずしも的確ではないブレが見えて、十分に焦点を結ばないシーンがある。特に岡山天音が演じる志村というキャラクターは、脚本家の取材に基づいたイメージとしては寮生のなかで重鎮として一目置かれる要となる人物らしいけど、そうは描かれていない。対する三船も十分に人格が描かれるわけではなく、見た目で補っているわけだけど。

■そうした弱点も明らかになるのだが、映画版では近衛寮のその後が字幕で追加される。というか、これ単に京大吉田寮の辿った時系列を整理しただけで、もはやフィクションである建前をかなぐり捨てている。2019年、大学は寮生たちに対する民事訴訟を提起する。当該大学が学生を訴えるのは、創設以来かつて例のないことだった(らしい)。

■ちなみに、ドラマは2017年3月に副学長(学生部長)が辞任して潮目が変わったと描くけど、史実では2015年の夏から秋のことだった。山極総長、杉万副学長時代のことだ。もともと寮生には従前の対応通り一定の理解を示していた杉万副学長は急に態度を硬化し、寮生から強烈な反発をくらい、その後、持病の悪化を原因として突如辞任する。後任の川添副学長は強硬路線を正式に継承することになる。2015年に学内で何があったのか。ちょうど第3次安倍内閣のタイミングだ。ちなみに杉万先生がまだ助手だった時代に社会心理学を教わっている身なので、ホントに心中お察ししますけどね。。。

■なお、自分自身のツイッターでは以下の通り記録している。吉田寮への対応が強硬路線に転じたのち、大学はさらに大きな方針転換を行っている。(具体的に何があったかは、ここでは言えません!)

2017年11月15日(水)1 tweetsource
11月15日@mari_koji
まり☆こうじ@mari_koji

既に戦後は終わり、時代は戦前へと移行したことを、ニュースではなく、身近な出来事で実感し、戦慄した。次の戦争は近い。

タモリが「新しい戦前」といって話題になったのは2022年のことだけど、それはずっと前から始まっていた。そのことを明確に示していたのは、常に社会の中で「炭鉱のカナリア」である学生たちの行動だ。少なくとも6年前にはすでに潮目は変わっていた。それにしても、そのことをたまたま察知して、普遍的な問題を含んだドラマとして社会に問う渡辺あやの尖鋭ぶりは際立っている。というか、そんな役割を誰かに負わされているとしか思えない。このドラマ、映画もきっと何十年かして再発見されるに違いないと、今から予言しておくよ。


日本の近現代史の闇に迫る?わけないけど、意外な社会派ホラー『残穢 住んではいけない部屋』

基本情報

残穢 住んではいけない部屋 ★★★
2016 ヴィスタサイズ 107分 @アマプラ
原作:小野不由美 脚本:鈴木謙一 撮影:沖村志宏 照明:岡田佳樹 美術:丸尾知行 音楽:安川午朗 VFXプロデューサー:赤羽智史 監督:中村義洋

感想

■借りたマンションの和室で変な音がするので怪奇実話の作家に相談したら、どうもマンション全体に霊障があるらしく、土地の歴史を代々辿っていくと。。。

■怪奇実話系の幽霊屋敷物かとおもいきや、お話はどんどん過去に遡り、その土地が穢れた出来事を次々と明らかにするから、実はかなり気宇壮大な怪奇ドラマ。まあ、原作がそうなんだけど、どこまで風呂敷を広げるのかと途中からは怖さよりも、そちらでワクワクしてくる。この部分はこの映画のユニークなところで、しかも監督の意向で登場人物は実に淡々と演じる。演技は淡々とナチュラルなのに、禍々しい出来事や由来が積み重なることで、惻々と恐怖が湧き上がるというのは、うまいやり方で感心した。竹内結子なんて完全に狂言回しだし、橋本愛だって演技の見せ場はないのだが、かなりいい味を出してるのは、監督の力量だと思う。むしろ、脇役で登場する佐々木蔵之介なんかのほうが怪奇映画のステロタイプで、却って浮いて見える。

■最終的に北九州の炭鉱王と過酷な炭鉱労働に行き着くというのは、なかなか微妙なところで、そんなことやるならもっと真面目に彫り込まないといけないし、逆にそれができないなら、あっさりと捨象する方がいいのではないか、と感じる。明らかに麻生財閥(!)を意識させる社会派路線でもあるし、朝鮮人労働者や被差別民の問題にも触れることになるはず。原作者の小野不由美は当然わかっているはずだが、社会派小説ではないので、割愛しているだろう。(ひょっとして触れているかな?だとすれば偉いけど)

■そもそも「穢れ」の概念の扱い自体も非常にデリケートな問題で、必ず差別問題を孕む。相当な覚悟なしに、安易に土地が穢れているなどということは問題を生む。そもそも「穢れ」という概念は原始民俗、神道系のもので、少なくとも鎌倉新仏教以降、仏教理論ではそんなの迷信にすぎない、気の所為として一蹴しているはず。映画の中でいかにもご都合主義的になんでもぺらぺら説明してしまう僧侶(上田耕一!)が登場するけど、よくこの内容で寺をロケに貸し出したなあと、逆に感心する次第だ。

■穢れたと人間が感じるから穢れが生じるのであって(お話ではもちろんそうじゃなくて客観的に存在すると描くわけだが)、たぶん映画の言いたいことは例えば「呪怨」という歴史的な経緯を曰く因縁を持たない全く新しい言葉で表現した方がすっきりするのではないか。(それじゃ違う映画になっちゃうけど)「穢れ」なんて古臭い言い方をすると、却っていろんな問題が不必要に気になって、純粋に楽しめなくなってしまうのだ。

■端的に言って怪異シーンはちっとも怖くないし、表現に新味もないのだが、淡々と忌まわしい事件を積み上げるだけで、心理的ホラーになることを示した力作ですよ。例えば、昔なら野村芳太郎あたりが撮っても良かったよね。


参考

北九州の炭鉱王が冤罪事件に絡んでいるという妄想が炸裂する、最新傑作。
maricozy.hatenablog.jp
炭鉱映画はいっぱいあります。
maricozy.hatenablog.jp
maricozy.hatenablog.jp
maricozy.hatenablog.jp
maricozy.hatenablog.jp
maricozy.hatenablog.jp
炭鉱王の家にまつわる怪談といえば幻の東宝特撮『火焔人間』がありますね。案外今からでも仕切り直して、いけるんじゃないの?
maricozy.hatenablog.jp

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