お待たせしました!ついに電子書籍『超特撮 vol.2』刊行!

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ついに『超特撮:日本特撮映像発達史』シリーズ第二巻の刊行です!

■お待たせしました!『超特撮 vol.2』が、やっと出来上がりました。本当なら昨年中に発行する予定だったのですが、昭和男子ならではの家庭の事情がいろいろと錯綜してなかなかまとまった時間がとれませんでした。昭和男子の辛いところですね。。。
■しかも、そうこうしているうちに、突然洋泉社から『平成大特撮』が出版されたりするので大いに焦りましたが、本書では「昭和」の終わりから「平成」にかけての時期を扱っているので、内容的にほとんど重複はないのでした。

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´60年の挫折と、来たるべき´70年の間に死んだ、森田ミツという女!『私が棄てた女』

私が棄てた女 [DVD]

私が棄てた女 [DVD]

  • 発売日: 2019/09/03
  • メディア: DVD

基本情報

私が棄てた女 ★★★☆
1969 スコープサイズ 116分 @DVD
企画:大塚和 原作:遠藤周作 脚本:山内久 撮影:安藤庄平 照明:岩木保夫、松下文雄 美術:横尾嘉良、深民浩 音楽:黛敏郎 監督:浦山桐郎

感想

■ある読者の方のご厚意によって、寡作で知られる浦山桐郎の三作目を観ることができました。深く感謝します。
■二作目の『非行少女』は未見だけど、『キューポラのある街』に比べると随分演出家として成長したと素直に感じる。『キューポラ』ではまだ、兄弟子・今平の力も借りて丁寧に楷書で書きましたって初々しい風情だったけど、本作は自分の中に抱えた暗い屈託を俳優陣に無理を承知で仮託した、暴力的ともいえる、ギリギリのせめぎ合いが感じられる映画だ。聞きしに勝る異色作で、色んな意味で、他の監督には絶対撮れない狂った映画であることは確かだ。
■主人公には60年安保後の挫折感の中で田舎から出てきた素朴な娘ミツと関係して棄てた過去がある。専務の姪との結婚話が進む最中にミツと再会した男は再び関係を結び、ミツを愛していることを自覚するが…というストーリーラインは普通のメロドラマである。原作では、ミツはハンセン病の診断を受けることになっているが、本作ではその要素は完全にオミットしている。ただ、過去の回想場面が全面緑や黄色に着色されているという、前代未聞のパートカラー設計で観客の意表を突く。
■単純に見れば、ミツをいじめ抜いて、惨めな彼女に観客の感情移入を誘う作り方であり、女優をしごきぬく浦山メソッドの成果は絶大で、小林トシエ演じるミツの人間的な魅力で映画は支えられている。小太りで、ドタバタ走る姿の愛おしいこと、崩れそうな表情の繊細なこと。浦山桐郎の演出家としての腕の確かさは、確かに凄いレベルだ。
■特に、ずっと辛そうなミツが無心にハツラツと嬉しそうに弾ける、浜辺でドドンパを歌い踊る場面は名シーン。ミツの不格好に走る姿を追いながらクレーンアップするとドドンパを謳う若者のグループが見えてくる場面のスペクタクル。幸福そうなミツの表情。一方でそんな田舎娘に心底軽蔑の眼差しを向ける主人公の冷めきった眼。ドドンパで泣かされるとは思いもよらなかった。
■一方で映画史的に有名なミツの転落死場面のえげつない演出ぶりは、”蛇の浦公”と呼ばれ、恐れられる浦山の人非人ぶりが遺憾なく発揮された名場面。というか、凄いとしか言いようがない。映画のなかでは無数の無様な死に様が描かれてきたが、これ以上無様で独創的な死に様は思いつかない。
■しかし、本作の一番の問題は、終盤の幻想場面で、当時も日活から切れ切れと言われたらしいが、浦山はこれがやりたかったらしく頑として認めなかった。実際のところ柄にもないことをやるもんだから、発想が貧困で観ていられないのだが、本人は拘泥したらしい。当時、ATG映画などで幻想的な、シュールな前衛映画が作られていて時代で、俺もあれやりたいなあと素朴に思ったのだろうか。正直謎でしかないが、まるで中川信夫の『地獄』の出来損ないという感じ。音楽の黛敏郎もひどくて、地獄に落ちるカットにヒューンみたいな通俗な音楽をつける。この人、時々ふざけているよね?
■主人公河原崎長一郎のドラマとして終わるのかと思いきや、ラストでは浅丘ルリ子がミツを受け止めて終わるのも異様で、たしかに彼女の女としての生き方の問題も描かれているので、最終的に女性映画に見えるようになっている。彼女の生き方の模索の中で、ミツを内面化してしまうことで、主人公に対するテーマ的な乗り越えを強く表明している。以下のルリ子の生硬なナレーションはオリジナルの脚本には無いものらしい。

「ミッちゃん、何故、あなたは死んだのか。何故、あなたは生き続けて私を苦しめなかったのか。私はもっとあなたを知るべきだったのだ。ミッちゃん、今、私はあなたを殺したものをハッキリ見つけて、そのものと闘っていかなければならない。愛するものを一生愛し続けながら。」
(映画より採録

■しかし、そもそも浦山は山内久に以下のように注文しているから、最終的にルリ子の生き方にこの映画が収斂することは当初からの構想であったことがわかる。

浅丘ルリ子の役をちゃんと書いてくれた、これを芯として考えて最後まで書いてくれってそれだけ言われましたね。」
桂千穂編・著「にっぽん脚本家クロニクル」の山内久の項より)

確かに図式としては理解できるが、終盤に幻想シーンが入り込むことで妙に観念的になってしまうのが、誤算だった気がする。また、山内は日活や一般観客と同様にラストシーンに不満があるとも述べている。

「棄てた女は死んでしまうが、拾った女が代わりに強くなって、今平さんの描く女のフテブテしさとはまた違った、ピカリと光る良い女に変わってくる、それを描くのが狙いだったのにそれが描ききれていない。」
桂千穂編・著「にっぽん脚本家クロニクル」の山内久の項より)

■単純に考えれば、ミツは全学連世代の先鋭的なエリート学生たちが運動のために連帯しようとして結局は運動が挫折することで、見棄てた労働者たちの姿であろう。でも主人公は社会に出て社畜になることで、大学同期で他業種でバリバリやっている江守徹と比較すれば、自分も決してエリート階級ではなく、労働者側であったことを自覚することで、あの頃の記憶にしがみついたまま時間が止まったようなミツと呼び合ってゆく。そして専務の姪であるルリ子にぶら下がって生きようとしていることを改めて恥じ、幻想のなかで、目前に迫りくる70年安保の仮想敵と捨て身で闘う自分自身を夢想する。
■だが、現実には既に70年安保の挫折を用意していた1969年、階級を超えた連帯=真の愛はどこにありうるのか?そのことがルリ子の中に内面化され、前景化してくるのだ。それは明らかに、図式的で教条的な絵図面の引き方だが、浦山の狂った映画的情熱が図式劇を超えた自律的な運動を映画にもたらしているところに本作の値打ちがある。その意味で、加藤武のキャラクターが非常に重要で、60年安保でミツのようにエリートに棄てられた労働者階級との、未来に向けてのリユニオンが、この物語の終盤のテーマ回収として必要になるからだ。あまりに図式的で、説得力があるかどうかはかなり疑問だが。
■ルリ子にぶら下がってのめのめと生きながらえようとする主人公は、斜陽の日活にかろうじて繋がってあまり映画も撮らずに生きている浦山じしんの自虐的な姿だろうし、ルリ子は日活そのものの象徴として登場している。でも、本当は『非行少女』あたりのリアリズム路線のほうが資質に合っていると思うけど。(未見だけど!)
■本作は映像技術的にも色々と問題が多い映画で、回想場面のどぎつい着色もちょっと常軌を逸している。正直、画面全体が緑色の映画を観ていると吐き気がしてくる。でも、それが演出意図で、主人公の辛すぎて思い出したくもない過去を観客に生理的に体験させるわけだろう。現在の場面はモノクロなのだが、パートカラー構成としたため、モノクロ場面も通常の陰影と階調の深い高精細なモノクロ撮影ではなく、カラーフィルムで撮影してモノクロに焼いたか、モノクロ撮影でカラーポジにモノクロでプリントしたかで、色調も陰影も調子が浅くて単純に綺麗でない。さらに、最終場面では通常カラー場面まで登場して、技術屋泣かせの特異仕様である。これではニュープリントも焼きにくいし、リバイバル上映もやりにくいだろう。
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俺は勉強得意だけど、貧乏だから高校は諦める(泣)『大人と子供のあいの子だい』

基本情報

大人と子供のあいの子だい ★★★
1961 スコープサイズ 70分
企画:大塚和 原作:渡辺照男 脚本:岩田重利、米田彊 撮影:井上莞 照明:鈴木貞雄 美術:岡田戸夢 音楽:林光 監督:若杉光夫

感想

■俺は中学3年生の明夫だ。お察しのとおり家は貧乏だ。高校模試で成績上位をとったものの、工場は潰れるし、姉さんが肺病で入院したり、高校に上がれるはずもない。でも、親友のお父さんが学費を負担してくれるという。都合が良すぎるけど、親友と一緒の高校に行けるなんて、とりあえず俺は嬉しいぜ。。。
浜田光夫主演で、実在の中学生の日記(&詩?)を映画化した日活映画。60年代前半の日活映画はもちろん裕次郎が牽引したのだが、実は地道にリアリズム路線の社会派映画や労働映画の路線があった。そのほとんどは民藝映画社から参加した契約Pの大塚和が企画したものだ。本作は、日活本体ではなく、民藝映画社のスタッフで制作されていて、全体的に教育映画タッチで描かれる。たぶん脚本の作り方だと思うけど、正直、日活の商業映画とは思えないくらいの生真面目さだ。若杉光夫の映画にしても、少々硬すぎる気がする。
宇野重吉演じる親友の父親(会社の重役)の篤志で実家を出て教育費を負担してもらって高校に上がれることになったのに、入院中の姉に報告に行くと、私も胸を患い、お母さんも心臓病を抱えながら働いているのに、なんでお前だけ働かないんだ!と厳しく詰られる場面が、非常にエグくて遣る瀬ない。実際、宇野重吉の申し出で、単純なハッピーエンドを迎えるかと思っていたのだが、終盤で厳しく冷たい現実を再び突きつけられる。
■病気の姉から去っていった恋人の工場に乗り込んで、最後にひと目だけでも逢いに来てほしいという姉の手紙を中庭で大声で読んで聞かせる場面も、なかなか切ないもので、この映画で姉の存在はなかり大きな役割を担っている。もう少し尺があれば、姉の悲痛なエピソードが盛り込まれたことだろう。不実な恋人を演じるのは先日亡くなった梅野泰靖なのだ。
■ラストで昼間の高校を諦めて働くために実家に戻る浜田光夫の姿に、以下のようなクレジットがだぶる(長いな)。多分原作からの抜粋だろうが、実のところ実在した彼のその後の人生がどんなものだったのか、気になってならない。彼は負けずに生きてこられただろうか。

俺には金がない
それで十分だ
(中略)
俺は
俺の力で争うだけだ
(中略)
現在の俺は
ただ悲しんでいるだけだが
だが!
未来に
希望を
持つ!
どんな事があっても
負けない心を持つ!
このくらいのことに
負けてたまるか!
負けてたまるもんか!
(※映画より採録

■ちなみに、本作は日活撮影所ではなく教映東京スタジオで撮影されたらしい。教映なる会社の詳細は不明だが、1951年に『ドレミハ先生』という児童映画を製作しており、撮影の井上莞も参加していることから、民藝映画社と近い関係の会社だったと思われる。ひょっとすると、日活配給で大塚和が企画した民藝映画社主体の路線については、ステージ撮影も日活撮影所を使用せず、同スタジオなどの独立系の貸しスタジオを使用した可能性もある。『サムライの子』ではステージ撮影もロケ先の体育館で行っているからね。技術スタッフも日活撮影所のスタッフではなく、民藝映画社の(たぶん)社員スタッフを使っており、日活の公式HPでも製作は民藝と表記されているから、この路線は実質的に日活映画と言うよりも民藝映画と認識する必要がありそうだ。おそらく二本立て興行の作品不足を補うために取られた措置と推測され、仕上げは日活撮影所で担当するけど、ステージは一杯だから撮影は外部スタジオを使ってくれという条件だったかもしれない。ひょっとすると製作費じたいも民藝側が一部負担している可能性もあるなあ。そして、この路線を日活の崩壊まで支えて良心的な社会派リアリズム児童/青春映画を作り続けたのが、民藝で舞台演出家でもあった若杉光夫だった。若杉光夫にもっと光を!
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【コロナ禍巣篭もり企画⑥】旧HP記事を大量投入中!まだまだ旧作総進撃!

新型コロナウイルスの蔓延もいったん小康状態に至ったようですね。でも、慢心は禁物ですよ。寒くなればまた猛威をぶり返すのは目に見えてますから、油断大敵です。特に中高年諸氏にとってはストレートに死活問題ですからね。皆様、ご安全に。

スチュアート・ゴードンは遅れてきた怪奇映画の巨匠!今も健在のはず。
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■こちらは評価も定まった古典的巨匠のマリオ・バーヴァですね。何故かNHKのBSで小特集をやっていたのです。ピカピカのリマスターでしたね。何故か『リサと悪魔』のとらえどころのない幻想譚ムードが印象に残りました。
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内田吐夢宮本武蔵シリーズは東映で全五作が作られ、後に番外編が東京映画で作られて、監督の遺作となりました。全作観てますが、4作、5作目の感想が残ってませんよ。何故だろう。所詮、剣は武器か…それがシリーズの最終結論でした。吃驚したな。
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東映映画から旧作を発掘してみました。深作欣二がストレートに社会派だった頃の映画ですね。そして、京大出身のインテリ、山下耕作は何故か独特の美学に活路を見出す。
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■ホントに古い時代劇です。講談などで昔から有名な話らしいけど、今どきなかなか講談を聞く機会も無いので、素朴に新鮮な気持ちで観ることができました。泣かせる傑作だと思いました。
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いいか、お前ら、組合作れ!前代未聞の傑作ヤクザ映画『暴力団再武装』

暴力団再武装 [DVD]

暴力団再武装 [DVD]

  • 発売日: 2018/11/02
  • メディア: DVD

基本情報

暴力団再武装 ★★★☆
1971 スコープサイズ 98分 @DVD
脚本:村尾昭 撮影:飯村雅彦 照明:美術:北川弘 音楽:日暮雅信 監督:佐藤純弥

感想

■『仁義なき戦い』によって実録路線が東映の金看板になる少し前、東映はすでにドキュメントシリーズと銘打ったヤクザ映画を製作していた。主に深作欣二佐藤純弥がその担い手だったわけだが、実質的に実録路線と同じ路線が既に存在していたわけだ。これは東映東京の名シリーズであった「警視庁物語」の伝統を継ぐものだろう。
■そして、実録路線に正式に移行する前のドキュメント路線の突破口を開いたのは実は佐藤純弥であったことが決定的な確信に変わるのが本作である。
茨城県東島港開発の荷役利権を独占するため菊名会は古手の幹部の若竹(鶴田浩二)を送り込み、荒っぽい手を使って地元やくざ組織を壊滅に追い込む。初めは反発するアンコ(港湾労働者)たちだが、若竹の男気と彼ら労働者たちに寄り添いたいという真意を知って次第に頼りにするようになってゆく。しかし菊名会の財務担当の神崎(丹波哲郎)はショバ代の上がりが少なすぎるのはおかしいと若竹を非難すると、追い詰められた若竹はアンコたちに組合を作って賃上げ交渉のストをするよう焚きつける…
■東島港のコンビナート地帯は、鹿島工業地帯をモデルとしており、実際に現地でロケをしているようだ。同じ年、石原プロでは鹿島工業地帯の開発秘話を実録映画『甦える大地』として映画化していて、先んじて同年2月に公開している。どちらにも大金を手にした地元農民が堕落してゆく姿が描かれる。せっかく手にした大金も賭場でヤクザに吸い上げられて消えてしまうのだ。
■そして窮地に立った鶴田はアンコたちに、組合を作って賃上げ交渉をしろと唆すのだから、本作は全く前代未聞の社会派ヤクザ映画なのだ。おまけにアンコの代表が若山先生というのが、ミスキャストを超えて感慨深いものがある。もちろん、丹波哲郎に、お前ヤクザにならないか、お前なら組長になれるぞとスカウトされたりするのだが、本作の若山先生は徹底的に庶民たる労働者を演じて、ついには赤い鉢巻を巻いてデモを主導するのだ。そのアンコたちの労組には理論派の小池朝雄がいて、近藤宏の顔もある。さすがに、小池朝雄役不足で、実にもったいない配役だが、おそらく当時は声がかかればどんな役でも出るから呼んでくれという約束が東映映画との間にあったのだろうと想像する。
丹波哲郎演じる神崎はもともと東島の利権を自分でコントロールしたいという思惑があり、若竹が現地で粗暴な不始末をしでかすのを待ちつつ、真綿で首を絞めるように締め上げて、そして最終的には稼ぎが悪いと糾弾することでとどめを刺す。組長から謹慎を言い渡された若竹はアンコたちに組合を作れ、さもないと神埼に押しつぶされるぞと警告するが、神崎は先回りして組合長候補だった小池朝雄を若竹組の若い衆に殺させ、No.2の若山先生を拉致してリンチにかける。
■一方で佐藤純弥組の顔である渡辺文雄は茶髪の警部として登場し、ヤクザたちを厳しく締め上げるが、若竹に代わって神崎が実権を握ると警察に取り入って、警察と組んで組合つぶしを断行する。警察の真の敵はヤクザではなく、組合であったというラスト…これ本当に東映ヤクザ映画ですか?赤旗を掲げた組合員たちが若山先生の葬儀に向かう場面を空撮で延々と映し出しこの映画は終わる。私が観ていたのは、東映ヤクザ映画なのか、あるいは独立映画だったのか?
■折しも、東映大泉撮影所では60年代から延々と続く一連の労使対立が激化していた時期でもあり、同時期の『仮面ライダー』の撮影が大泉撮影所で行えず、外部の生田スタジオで外部スタッフによって制作されたのも有名なエピソードが、まさにこの時期の出来事なのだ。だから実質的には佐藤純弥が撮影所でともに働く仲間である組合員、あるいは組合員たちが送り込まれた東映東京制作所のスタッフたちを鼓舞するために作った映画としか思えないし、ヤクザ映画ばかり作っている東映という会社に対する当てこすりであったように感じる。古臭いヤクザ映画、任侠映画に対するアンチテーゼは既に深作欣二たちも撮っていて、本作もその一環として位置づけられるだろうし、アンチテーゼの完成は『仁義なき戦い』によるというのが公式見解になるのだろうが、個人的には『仁義なき戦い』を待つまでもなく、本作を持って既にその完成を見ていたと感じる。
■深作は同年1月に『博徒外人部隊』を撮っているが、鶴田が沖縄で女とグズグズしていたり、若山先生が沖縄ヤクザを怪演していたりと見どころも少なくないが、最終的には正直あまりピンとこない映画で、本作のようにストレートに響くものがない。佐藤純弥も実録路線に入ってからは『実録銀座私設警察』というとびきり狂った残虐ヤクザ映画を撮っているが、『陸軍残虐物語』『廓育ち』『組織暴力』そして本作などが、やはりいちばん佐藤純弥の実力と真情をよく表現していると感じる。
丹波哲郎も、さすがにこの頃は、僕らの好きなあの謎の大貫禄を身に着けているし、何よりヤクザの犠牲になって虐殺される一介の港湾労働者を力演する若山富三郎に感動する。労務者に肩入れしたために組と労務者の間で板挟みになり、最終的にどちらからも疎まれて絶望的に孤立していることを自覚して切腹(!)する鶴田浩二も一世一代の名演技。
■ただ、そもそも暴力的かつ強圧的にアンコたちを支配下に置くことしか考えていなかった鶴田が、なぜアンコたちに思い入れをしていくのかを描く部分があまり成功していないので、筋運びがご都合主義的に見えてしまうのは残念な欠点。火事の場面や外国人船長の暴言問題の場面をその狙いで設定したのだろうが、あまり成功はしていない。ちょっと泣かせる場面をひとつ用意すれば、感情移入が万全になるのだが。

参考

こちらも鹿島工業地帯開発の光と影を描いた、意外に立派な社会派映画で、見応えあり。渡哲也も出てますよ。
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ヤクザもフィクサーも俺が手玉に取ってやる!『続・組織暴力』

続組織暴力 [DVD]

続組織暴力 [DVD]

  • 発売日: 2018/11/02
  • メディア: DVD

基本情報

続・組織暴力 ★★★
1967 スコープサイズ 90分 @DVD
脚本:石松愛弘 撮影:仲沢半次郎 照明:銀屋謙蔵 美術:森幹男 音楽:佐藤勝 監督:佐藤純弥

感想

■第一作のヒットを受けてサクッとシリーズ化が決定した本シリーズ、さすがに東映らしく、第一作の受けた要素をすべて踏襲している。基本的には実際にあった暴力団の抗争事件をベースにしながら、保守系政治家の大物の悪巧みをターゲットとしながら、今一歩のところで警察の手が届かないもどかしさで終わる物語。ただ、あまりにも第一作を踏襲しているので新味が少ないじゃないか。
■表向きカタギの氷問屋から銀座商事へと会社を発展させながら保守系政治家の大物の弱みを握って、既存ヤクザ組織を飲み込もうと野心を燃やす男が渡辺文雄で、実質的に本作の主人公。なのだが、この男の来歴やその真情を描こうとしないから、最終的に何がしたかったのかよくわからないまま凶刃に沈んでしまう。この兵藤という男の人間性を描かないとこの映画の核が見えてこないのに、それを避けているのは何故か。
■例えば同じ渡辺文雄が悪役を演じて、演技も演出も撮影も高水準で見事だった『女の賭場』なんかと比べると、そのことがよく理解できる。この悪役が何を目指すのか、その訳は何なのか、どんな出自なのか、そこがサラッと描かれないとキャラクターが完成しないだろう。本作の兵藤というヤクザ以上のヤクザ者はユニークなキャラクターでカッコいいのに、最終的な暗殺が悲劇として浮かび上がらない。あくまで悪役なのでヒロイックに死なすなよという会社からの圧力があったのだろうか。
■そして、本作を観ると、実録路線前後の東映映画の技術的クオリティの低下の方向性が大方出揃っているのがわかる。『廓育ち』なんか、すべての技術パートが伝統的で丁寧な、驚くべき仕事ぶりだったのに比べ、本作ではロケ主体で、舞台装置も組事務所やバーといった見栄えのしない、美術部の工夫の見せ所の少ないものだし、乱闘主体なので緻密な照明なんて必要ないし、実際、病院の廊下のシーンの美術セットなんてペラペラな質感で、ああこれがこの頃の、そして実録路線が終焉するまでの、東映映画のクオリティだったなあと変に懐かしく感じいった次第。美術セットは、ホントにテレビのコント番組レベルに安っぽいからね。
キャメラがよく動くのは佐藤純弥の注文で、本来キャメラマン仲沢半次郎は、天皇と呼ばれる宮島義勇なんかと兄弟弟子の正統派で、フィックスでガッチリ撮りたい人なので、初コンビの『陸軍残虐物語』ではまだ抵抗があったらしいが、本作ではラフなズーム撮影や、円形移動なども多用して、激しいキャメラワークを見せる。つまり、実録路線の映像スタイルはすでにおおむね完成しているのだ。そのルーツは、実は伊藤大輔の演出スタイルにあり、「移動大好き」と呼ばれる静止しないキャメラワークを佐藤純弥が意図的に踏襲したものなのだ。つまり、東映実録映画のスタイルには、驚くべきことに、時代劇映画の泰斗、伊藤大輔の映像スタイルが反映されているのだ。
丹波哲郎の正統派ヒーローとしての活躍はこの頃から本格的に始まるが、演技的にはまだ恰幅の良さが出ておらず、意外と硬い。セリフの語尾が妙に尻上がり気味で軽くて、後年の丹波節に比べると全くもって説得力に欠ける。丹波節は一日にしてならず、だ。そもそも自分は演技が下手なんだと告白するくらいの神経の細い人なんだけど、態度はデカイので、新劇出身で正統派の演劇教育を受けた金子信雄なんかには随分現場でイビられて腐っていたらしい。やっぱり、時期的にはこの後の007への出演あたりで自信を深めたのかなあ。
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若様の足音が聞こえる…実は立派な傾向映画!『絶唱』

絶唱 [DVD]

絶唱 [DVD]

  • 発売日: 2014/02/04
  • メディア: DVD

基本情報

絶唱 ★★★
1966 スコープサイズ 98分 @アマゾンプライム
企画:笹井英男 原作:大江賢治 構成:八住利雄 脚本:西河克己 撮影:高村倉太郎 照明:河野愛三 美術:佐谷晃能 音楽:池田正義 監督:西河克己

感想

■実は日活は1958年に小林旭浅丘ルリ子のコンビで同じ映画を公開しており、本作はそのリメイクにあたる。構成が前作で脚本を書いていた八住利雄ということは、前作の脚本を下敷きにして監督が改稿した可能性がある。公開時期は決まっているが企画決定に時間がかかり、苦し紛れのリメイク方針が決定したため、脚本開発の時間がとれなかった、といった舞台裏が想像されるところだが、真相はいかに。
■それに、配役についてもかなり紆余曲折があったらしく、当時のキネ旬に発表された配役では、滝沢修石立鉄男の名があるが、実際は志村喬や山田勝が演じている。それに、初井言榮の演じた役は当初奈良岡朋子が演じる予定で、初井言榮は別の役が予定されていたのだ。民藝グループは公演の都合で参加できなくなったのかもしれないが、石立鉄男俳優座だしなあ。何があったのだろう。撮影開始が当初の予定よりも遅れたために、舞台の公演予定とバッティングしたという風なありがち話かもしれないなあ。
■さて、戦中の山陰の山間部で大地主の息子が山番の娘を嫁にしたいと言い出したことから勘当され、男は京大を退学して娘と松江で暮らし始めるが、やがて召集令状が届き、男は出征、娘は肉体を酷使する過酷な労働に取り組むが。。。というお話。
志村喬演じる山園田の当主がいみじくも言うように、息子は大学で「思想」を学んでかぶれてしまったのだ。

惣兵衛「順吉、どうやらお前には一番悪いものが取り付いたらしいな」
順吉「なんですって?」
惣兵衛「思想じゃ。思想。こいつばかりは金がものを言わんでな」
※映画より再録

息子の反抗は単なる色恋沙汰ではなく、封建主義に対する思想的な反抗であることを見抜いている。そして、この映画のテーマもそこにある。でも、彼の目指した封建制の解体は、彼の努力でなったことではなく、日本の敗戦と占領政策によって棚ぼた式に手に入れた成果なのだ。彼は当時のインテリの典型例としてとことん無力であり、それは戦後日本そのものの姿なのだ。封建制は敗戦という血の代償によって潰えた。でも、山の娘の象徴する何ものかもまた敗戦によって消え去ったのだ。
和泉雅子は難しい役柄を誠実に演じるが、たとえば『若草物語』での等身大の役柄を演じる生々しさや溌剌さに比べると、いかにも作り事めいて感じられ、あまり役得がない気がする。なにしろ映画は若様と娘が出来上がったところから始まるので、山の中で育った自然児としての娘のメンタリティが全く描かれないから、若様の足音を敏感に感じ取る場面も超能力にしか見えない。でも、ああいった超人的と思える感覚の鋭敏さこそ、サンカとも俗称される「山の民」の特長ではなかっただろうか。娘の親夫婦が彼の地に定住するまでの、漂泊する「山の民」であった経緯が隠されているのではないか。
■だから、山番の娘が若様をたらしこんだに違いないという村人の評判は、一種のヴァンプ、妖婦として人口に膾炙したサンカの娘の性的イメージを下敷きにしているだろう。彼らの恋愛は単なる身分の差というだけでなく、身分差のさらに埒外にまで拡大された身分差、差別/被差別の構図を射程に入れている。娘には被差別民としての「山の民」がイメージされていて、単なる身分違いの恋物語ではなく、差別/被差別にまつわる物語のはずだが、そこに脚本は直接触れようとはしない。本作は日活本体の製作だが、大塚和による民藝ラインで製作されれば、多分その隠し味はもう少し表面化してきたことだろう。
■第三幕は泣きどおしなのでさすがに苦しいが、山園田の当主が急逝して、これで何の遠慮もなく病床の娘を看病に行けると初井言榮が堰を切ったように心情を吐露する場面など、さすがに泣かせる。
■昭和41年度芸術祭参加の文芸映画でもあり、撮影はベテランの高村倉太郎だけど、『明日は咲こう花咲こう』の姫田真佐久などを観てしまうと、随分平凡な構図だし、平板にも感じてしまうのは、大きな声では言えないけど、事実だ。
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山間の僻村で集団赤痢パニック発生?暮らしの中に根を張る勤労映画!『明日は咲こう花咲こう』

明日は咲こう花咲こう

明日は咲こう花咲こう

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基本情報

明日は咲こう花咲こう ★★★☆
1965 スコープサイズ 88分 @アマゾンプライム
企画:横山弥太郎 原作:由紀しげ子 脚本:宮内婦貴子山田信夫 撮影:姫田眞左久 照明:藤林甲 美術:千葉和彦 音楽:伊部晴美 監督:江崎実生

感想

■DVDは発売されていないけど、アマゾン・プライム・ビデオで綺麗なリマスター版が観られる本作、撮影が姫田眞佐久だったり、主題歌が改めて聞いてみると、なかなか趣深い歌詞だったりと、興味深く観ることができた。吉永小百合の主演作としても、上出来の部類のはず。
■理想に燃えて山間の僻村・姫虎村に保健婦として赴任したひろ子だが、村は村長派と助役派に分かれて対立し、おまけに怪しい新興宗教の教祖まで絡んで利権闘争の真っ最中。村人は頑迷で衛生観念も無いし、駐在する医師は全くやる気がない。教祖はひろ子を追い出すためにバースコントロールの講演を強要するが、会場はセクハラムード全開で異様な雰囲気に。。。
■60年代中盤までの日活映画は意外にも庶民や勤労者の生活に割とリアルに寄り添った青春映画が多く作られている。ということは、つい最近知ったことで、ちょっと意外の感があったのだが、本作もそうした路線の一作。東宝の現代劇はプチブル層の家庭劇になりがちだし、松竹の庶民劇は年齢層が高くなる印象で、年齢層が下がるといきなりヌーベル・バーグで極端に先鋭化してしまうので、20歳前後の働く若者たちのリアルなドラマがたくさん描かれたのは、日活映画くらいということになる。東映大映も基本は時代劇だから、リアルな現代劇は例外となり、大映には現代劇の大きな路線があるが、文芸物とかサラリーマンものという印象だし、メイン監督が増村保造だったりするので、あまりにもエキセントリックな観念劇になりがちで、間違っても等身大のヴィヴィッドな若者映画ではなかった。そこに日活映画の純愛路線や派生する青春映画路線が入り込むチャンスがあったわけだ。ズバリ、都市や地方の勤労青年がメインターゲットだったはずだ。(そういう意味では、『若者たち』シリーズって、日活映画で(あるいは民藝制作の日活映画として)製作されるべき映画だった気がするんだけどね。)
■村人たちの描写はかなり類型的で田舎の人が観たら田舎者をバカにするなと怒るのも無理はないお話だし、三田明は本人として登場するというウルトラCの強引な作劇も凄いご都合主義だが、それでもかなり良い映画なので驚く。村人から激しい反発を食らって、何度も挫けそうになりながら、最後には村民の信頼を勝ち取るという典型的なストーリーラインだが、とにかく吉永小百合の見せ場を上手く作り上げることに傾注して、アイドル映画としても成功している。勤労アイドル映画とでも呼ぼうか。
■終盤は集団赤痢が発生するパニック映画と化し、それでも村の対面から大腸カタルだと言いはる村の執行部の方針に対して、面従腹背の策で、実際は赤痢の治療を行うというしたたかな戦略で、結果的に村民から感謝されるという、主人公の職業人としての成長をちゃんと描いた勤労映画になっているのだ。吉永小百合の演技力に頼るよりも、スタッフ総出の工夫で面白く見せてやるという意気込みが漲っている。江崎実生の演出も快調だし、今回は当然カラー撮影だけど、姫田眞佐久のキャメラは、やはり良いね!高村倉太郎や横山実ではこんな撮り方にはならないよね。
■ちなみに中尾彬って、民藝の出身かと思っていたのだが、日活ニューフェースだったのね。若い頃の彬はホントに爽やかでカッコいいのよ。吉永小百合ともよく一緒に出ているが、本作はかなり大きな重要な役柄だし、恋愛映画としても成功している。
■主題歌は全国民が知っている有名歌謡曲だが、吉田正のこの歌詞はホントに含蓄があって良いなあ。まあ、含蓄どころか平易な歌詞そのままなんだけど、ホントに明日を生きる勇気が湧いてくる名曲。この映画でも冒頭とラストに対応するように配置されているが、姫田キャメラマンの機動的なロケ撮影が新鮮で見事なラストは名シーンだと思う。コロナの時代にも、明日を信じてみようという気になってくるから。
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