☞☞『超特撮 vol.1 』発売中☜☜

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=目次=

  • 『超特撮』ってなに?
  • こんな方に読んでほしい!
  • これが本書の概要です!
  • いくらするの?ただで読めないの?
  • どうやって読めばいいの?
  • お得なコースとかないの?
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刺さりましたか、確かに目玉の真ん中に!日本名作怪談劇場『怪談利根の渡し』

■3年ほど前に日本名作怪談劇場を観ていたので、そのうちの傑作について感想をサルベージしておきたい。1979年にテレビ東京系で放映された真夏の納涼番組。歌舞伎座テレビが製作で、京都映画が下請けで実質制作にあたり、低予算番組ながら総じて映像クオリティが高いのが特徴。また監督たちもなぜかノリノリで、映像的にも凝った意欲作が多いシリーズになった。京都の映画人は基本的に怪談映画好きですからね。(ホントか?)

■『怪談利根の渡し』は、さすがに岡本綺堂の有名原作で、趣深く不気味な怪奇譚だが、田中徳三大映時代の仲間である森田富士郎を連れてきてセットプールとスモークで『雨月物語』『近松物語』を再現するのには驚いた。しかし、大映京都とは全く画調、質感が違って、やっぱりネガからテレシネでリマスターする手法はアカンと思った。同じ森田富士郎の撮影でも、TV版座頭市は映画並みの陰影と質感で超絶リッチな映画タッチなのに、こちらは全体に明る過ぎて、照明効果が減殺されている。

■初期のネガテレシネはとにかくネガに映っているものはすべて再現するという方向性だったのでやたらと明るく、もともとポジを焼くときに薄闇に沈めるはず部分まで明るく映し出して、映像設計がぶち壊しになるパターンが多かった。最近のテレシネはさすがにもっと改善されて、諧調の幅と陰影を両立させるようになっているが。

■配役では海原小浜大木こだま・ひかりの登場も味わい深い。陰気で不気味な復讐譚にもちゃんと関西風のコメディリリーフを配置して、ドラマにメリハリを生んで飽きさせない。また、人情味の深い左右田一平の演技の上手さが際立っている。主演の船戸順の前半と後半の変貌ぶりの対比もよく効いている。

■原作の流れをかなり改変していて、原作ほどの興趣は無いのだが、「刺さりましたか、確かに目玉の真ん中に」という決め台詞を繰り返すことで、強烈なインパクトは生じている。原作に沿って、按摩の回想形式の方がしっくりくる気はするが。それでも本放送当時の視聴者に少なからずトラウマを植え付けた恐怖時代劇で、それほど予算もかからないし、誰かリメイクしませんかね。

■脚本:竹内勇太郎、美術:川村鬼世志、照明:釜田 幸一、音楽:牧野由多可

参考

原作短編をはじめ、名作ぞろいの岡本綺堂怪奇短編集。絶対のお薦めです。どれを読んでも怖いし、不思議だし、余韻嫋嫋。これぞ名人芸。

ウルトラの母がいる、悪魔の怪鳥がいる、そして私はどこにいる?地獄の中心で母の愛を悟る!ウルトラマンタロウ「地獄のバードン三部作」

■久しぶりにウルトラマンタロウの第17話『2大怪獣タロウに迫る!』第18話『ゾフィが死んだ!タロウも死んだ!』第19話『ウルトラの母 愛の奇跡!』の三部作を通しで観たら、ご都合主義のようで、変に理の立ったお話で、感慨を新たにした。

■このシリーズはそもそも怪獣の生態を描くことに非常に力点が置かれ、それは初代『ウルトラマン』への原点回帰の意味もあったろうが、タロウならではのユニークな味わいにもなっている。なかでも食うために生きるという野生生物ならではの生存基盤が徹底的に追及されるバードン三部作はその極北といえる。

バードン三部作はなんといっても火山怪鳥バードンの生態描写の徹底ぶりに顎が外れる。とにかく食って食って食いまくる。食葉怪獣ケムジラを残酷に食い荒らしたのを手始めに、旅客機を襲って乗客を全員平らげ、全国の食肉倉庫を襲い、ZATに食料を隠されて飢えると、マンモス団地を急襲し、団地妻や企業戦士の皆様を嬉々として啄む。特に、団地襲撃場面は秀逸で、青木利郎の特撮美術も冴えるし、特撮班の佐藤貞夫キャメラマンの画角の構成力が圧倒的に凄い。なんとなく記憶の中では秀逸な合成カットがあったような気がしていたのだが、実は無くて、カッティングだけで構成した深沢清澄の演出も立派。怪獣襲撃の生々しい恐怖を描きつくしている。

■特殊技術はなぜか大映小林正夫なんだけど、バードンのキャラクターが東宝ラドンを踏襲しつつ、大映のギャオスのキャラクターを混ぜ込んでいることに由来しているのではないかな。ギャオスなら大映系の特撮監督がよかろうと、同時期に大映東京のスタッフを動員して制作していた『ファイヤーマン』から移行する形で参加したものだろう。ZATの鳥もち作戦で皮膚が剥がれて涙を流して痛がる場面なんて、ギャオスのあの名シーンの呼吸そのもの。一方、第17話でのケムジラ戦はいわゆる「怪獣広場」がバレバレの撮り方で、それまでタロウの特撮班は巧妙に避けていたはずなのに、かなり無神経に撮っているのは弱点。
■さて、この三部作で常に舌の上でざらついているのが、光太郎やZATを忌避し続けるタケシ少年の母親(金井由美)の言動である。こどもの頃に観たときから、あの息子を取り巻く世界への無理解ぶりや光太郎たちへの冷淡さに悪寒を感じていたのだが、大人になって観ると、実は三部作の中心人物かもしれないと気付くのだった。

■実は『びっくり!怪獣が降ってきた』とも似た構図が敷かれていて、ここでも三人の母が対比的に描かれているのではないか。聖母たるウルトラの母はその構図の一角だが、その対極にあるものはなんだろうと考えると、あることに気づく。火山怪鳥バードンはメスではなかったかということだ。火口に単為生殖で産卵するために、栄養素を求めて肉類を爆食していたのではないか。つまり、バードンは聖母たるウルトラの母の対極にある地獄の母であると。

■そして、タケシ少年の母は平凡な人間の母として登場する。彼女の言動は非常に感情的で排他的であり、猜疑心に囚われている。でもそれは息子や家族を第一と考え、家族に少しでも害があると感じられる外的な存在を条件反射的に避けようとしているのだ。それは偏狭で浅薄な思考ではあるが、根底にあるのは家族を守りたい、特に子どもを守りたいという、ある種盲目的な愛なのである。

■そして、母性に関して、三人の母はそのあり様を相互に問われることになる。バードンは純粋に生存と繁殖のために残虐行為を行う、天然の悪魔であり、自然の営みそのものである。原始的な母の愛といえるだろう。ウルトラの母は、息子タロウに命をなんども吹き込む聖なる母であり、人間の存在を超越している。その天国と地獄の中間にあって、明らかに中途半端で未熟な、人間的な母としてタケシ少年の母は描かれる。

■その三人の母のドラマに決着をもたらすのが三部作のラストで、ウルトラの母が死んだゾフィを迎えに来る場面だ。タケシ少年の父が「ウルトラの母は、死んだ子どもを連れに来たんだ」と呟く場面で、タケシ少年の母は、死んだ子と対面するウルトラの母の姿に打たれる。そして、理解して自らを恥じる。ゾフィは自分のためでなくウルトラの星のためでもなく、地球人のために戦って死んだことを認識したからだ。ウルトラの母はその戦いを許し、そして子どもを喪って悲しんでいる。わたしは、自分の家族のことしか考えていなかった。光太郎やZATが何のために戦い傷ついてるのか、考えようともしなかった。

■そして母はタケシ少年の盲しいた目にキス(?)すると、タケシ少年の眼に光が戻る。ウルトラの母と同様に、平凡な人間であるはずのタケシ少年の母もまたおなじ母として息子に奇跡を与えるのだ。原始的で利己的な食い荒らす母性は退けられ、無私で利他的な超越的な母性の存在に触れることで平凡な人間の母性が成長を遂げるというドラマがこの「地獄のバードン三部作」の裏テーマ(?)だったのだ。(タケシ少年の眼が見えなくなるという展開は、その母の家族への愛の在り方が盲目的であることに対する気づきの機会として、ひとつの試練として与えられたものかもしれない。母にとっては自分が盲しいるより、その方が辛いことだから。)

■といった三人の母の構図については、気づかない一般の視聴者は特にそのままで見てもらって一向に構いませんよという風情で何気なくドラマの骨組みに組み込まれているのが、田口成光の脚本の侮れないところだが、本来はラストにそうと分かるようにタケシ少年の母に台詞を加えたりするのが普通だし、市川森一とか上原正三なら絶対そうするんだが、敢えてそうしないのが凄いというか、欲が無いというか。でも、演出家ももう少しそこは念を押さないとね!

参考

このムックはなんだかとても評価が高いですね。再販もかかったようなので、この際買っておこう。

オール・ザット・ウルトラマンタロウ (NEKO MOOK)

オール・ザット・ウルトラマンタロウ (NEKO MOOK)

映画は政権批判の具なのか?『新聞記者』

【 映画パンフレット 】 新聞記者

【 映画パンフレット 】 新聞記者

基本情報

新聞記者 ★★★
2019 スコープサイズ 113分 @イオンシネマ京都桂川
原案:望月衣塑子、河村光庸 脚本:詩森ろば、高石明彦、藤井道人
撮影:今村圭佑 照明:平山達弥 美術:津留啓亮
音楽:岩代太郎、監督:藤井道人

感想

■女新聞記者のもとに、なぜか内閣府主導で進む新大学設立構想に関するリーク情報がもたらされる。同じころ、内閣情報調査室の局員が本務の外務省時代に世話になっていた元上司が自殺した。新大学構想の裏に何があるのか、元上司は何故死ななければならなかったのか。
■安倍政権の「おともだち内閣」が引き起こす様々な理不尽な事件を下敷きにして、さらには原作者の望月衣塑子や前川喜平らが出演する生すぎるテレビ討論の模様を大量に混ぜ込んで、”戦前化”を推し進める権力者の、その先に目指すものは何かを懸念した社会派映画。「その意気やよし」というのは確かなんだけど、映画としては、実はいろいろと怪しいところが多くて、すんなりとは楽しめないところがある。
■物語の本筋は先に書いた通りで、実は非常にシンプル。日本映画では最近ないけれど、ハリウッドを含めて、海外ではよくあるジャーナリスト物。そのため、ドラマとしては案外新味は無い。露骨に安部政権に嫌味を示して見せるのは応援したいところだが、そもそもの企画に前川喜平寺脇研が絡んでいるらしいところも、主張の中身はさておいて、なんだか「おともだち映画」に見えてしまう。
■もっとも腑に落ちないのは主人公の女新聞記者を韓国の女優が演じていることで、シム・ウンギョンは韓国ではベテランなので実力はあるのだろうが、片言の日本語で演じられても、全く感情移入できないし、違和感しか感じない。何を狙った配役なのか、疑問しか感じない。一方、外務省から内閣情報調査室に出向している若い官僚を演じるのは松坂桃李で、こちらのドラマはちゃんと理解できるように作られている。でも、例えば韓国映画なら『提報者』なんて映画で、実在の事件をベースに、考えうるあらゆる要素を劇的に濃厚に煮詰めたような傑作だったが、あのレベルにはとても達していない。
maricozy.hatenablog.jp
■それに、内調をあんな風にファンタジックなルックで撮ってしまうのは無理があるなあ。藤井道人の演出も、若い人なのに日本映画独特のメソメソがかなり多くて、所々辟易する。せっかくの社会派映画なのに、そんなにメソメソしてどうするのか。もっとキビキビと撮りましょうよ。
■これに比べると山崎貴の『アルキメデスの大戦』の方がずっとドライで硬派だった。実際、映画のベクトルは本作よりも『アルキメデスの大戦』の方がより遠く高くを目指していて、一定の成功を収めていたじゃないか。本作は、映画が単なる政権批判の具にされてしまった気がする。せんじ詰めれば、そこが映画の幅を狭めている。勿体ないことだ。
■製作はVAP、スターサンズ、KADOKAWAほか、制作はスターサンズ。

参考

ほんとに『アルキメデスの大戦』は騙されたと思って劇場へ見に行くべき。『新聞記者』よりも普遍的で大きなテーマをユニークなやりかたで打ち出して成功している。
maricozy.hatenablog.jp
シム・ウンギョンって、これに出てた人か!
maricozy.hatenablog.jp

戦艦大和の建造予算の偽装を暴け!でも次の会議は2週間後なのでよろしく!『アルキメデスの大戦』

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出典:https://eiga.com/movie/89507/gallery/3/

基本情報

アルキメデスの大戦 ★★★☆
2019 スコープサイズ 130分 @Tジョイ京都

感想

昭和8年、次期海軍予算獲得の目玉、新造艦船の建造は、大型航空母艦か、巨大戦艦か。航空母艦が欲しい山本五十六は、巨大戦艦の積算金額に疑念を抱き、次の決定会議までに巨大戦艦の積算の偽装を突くために”数学の天才”をスカウトして少佐に据えるが、軍機の壁はあつく、積算作業は遅々として進まない。タイムリミットは刻々と迫るが…

■という漫画原作の映画化で、誰も予想しなかった、意外な力作にして秀作。戦艦大和の沈没シーンは冒頭で描かれ、白組の少数精鋭スタッフが最新技術で堂々たる巨大戦艦をリアルに描く。それだけでも結構おなか一杯ですが、映画じたいは最初の会議と終盤の会議の「二つの会議」が中心として描かれる。何の資料もないまま、いかにして巨大戦艦の予算積算の誤りを告発するかという作戦とサスペンスが描かれる。もちろん、漫画原作なので天才の頭脳によって、ある意味都合よく展開してゆくわけ。

■二つの会議では「航空艦隊主義」の永田、山本一派と「大鑑巨砲主義」の嶋田、平山一派の主導権争いが描かれ、これがかなりコミカルに描かれる。東宝戦記映画のファンとしてはもっと硬派な演出が望ましいところだし、正直なところ実力派俳優の地力を十分に生かしているとは思えない。お馴染みの橋爪功が底の浅い単純な悪役で、かなりオーバーアクト気味なので、下手な役者に見えてしまう危惧があるのは残念なことだ。ほんとは腹芸を演じられる人だからね。山本五十六までかなり軽妙に描かれていて、下手すると三谷幸喜の喜劇のようだ。でも舘ひろしは意外と悪くなくて、演技の軽みが嫌味なくいかされている。

■主演の菅田将暉もかなり漫画的な役作りで、当方は『そこのみにて光り輝く』とか『共喰い』とかの演技を知っているからいいけど、年長の一般観客には少々漫画感が強すぎるだろう。ヒロイン役の浜辺美波も特段の精彩はなく、『大奥 最終章』のほうがよほど印象が強い。
maricozy.hatenablog.jp
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■本作はこれまでの戦記映画のように戦闘シーンをクライマックスに据えたスペクタクルではない。前線と本土を対比させたメロドラマでもない。基本的にスペクタクルもメロドラマも無い、ひたすら理詰めの物語が展開する。目的は、日本人を過信させ、日本を戦争に導く道具になってしまいかねない危うい巨大戦艦大和の建造を阻止すること。そして戦争を回避すること。最後の会議でその目的は成就するのか、大艦巨砲主義一派の策略が功を奏するのか。そのサスペンスがちゃんと機能しているうえに、物語はその後さらに幾重にもひねりが加わり、最後には思いもよらなかった場所まで観客を誘導することになる。そこは、「理詰めの真理」を超えた、数学では太刀打ちできない「心の真理」とでもいうべき境地なのだ。田中泯が恐るべき真意を語り始める。この映画を見に来た観客なら、誰もあらがうことのできるはずがない悪魔のささやきを。悪魔のように美しい戦艦大和の偉容。そして、まさにその心理が日本を戦争に導いていたことに気づき、ゾッとするのだ。

佐藤直紀の音楽が大仰なうえになぜか浮いているので、実にもったいないのだが、それでも様々な演出的な違和感を超えて、恐るべき企みに満ちた脚本を書いた山崎貴は、さすがに成熟したと感じる。東宝配給の戦記映画においてここまで突き詰めた作劇が可能とは。もはや橋本忍笠原和夫レベルの仕事である(ちょっとほめ過ぎ)。でも、『SPACE BATTLESHIP ヤマト』はこの映画のためにあったのだ!
maricozy.hatenablog.jp

参考

この映画のVFX制作の舞台裏が掲載されてます。派手なVFXシーンは意外と少なくて、製作費はわりとタイトだった模様。たぶん内容が内容なので、製作陣もちょっとアクセルを調整したのでしょう。

出刃包丁二刀流で迫る!三条美紀の鬼婆がトラウマ級に怖い猟奇スリラー!ザ・ガードマン『怪談殺人鬼ホテル』

ザ・ガードマン 恐怖とサスペンス篇セレクション2 [DVD]

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■脚本:加瀬高之、監督:黒田義之による1968年の作品。モノクロ作品。撮影:秋野友宏、照明:高山清治、美術:酒井公成。

■宝石泥棒が逃走中に逃げ込んだのは老婆とその嫁が経営する田舎のホテルだった。女だけだと安堵した犯人たちだが、実は老婆もほくそ笑んでいた。彼女らは宿泊客を殺して金品を奪う殺人鬼だったのだ。。。

■という、怪談というよりも、猟奇スリラーで、いつものような人間が幽霊に扮した吃驚ショーはなくて、まるで妖怪のような殺人鬼の老婆の姿がねっとりと描かれる、なかなかの力作。特に嵐の夜のホテルが舞台となる前半の映像造形が素晴らしく、当時の欧米の怪奇映画のルックに全く負けていないし、自ら怪奇派と自認する佐藤肇の作品と比べても遜色ない。黒田義之は映画ではあまりいい企画(脚本)を回してもらえなかったが、映画で怪奇映画を撮るべきだった。まあ、『妖怪大戦争』は撮ってますが、あれは愉快な妖怪映画だからねえ。

■停電した嵐の夜の室内の撮影はこってりした陰影の強いモノクロ撮影が絶品だし、特に照明効果は劇場映画並みの凝り方。蝋燭だけの場面など、光の揺らぎとかギリギリの暗さとか、モノクロ芸術ですよ。

■もとは地主の娘だったが戦後の農地改革で没落し、それでもまっとうに働く気は無くて、か弱い女は仕事なんてできないから、客を殺して金品を巻き上げるしか生きようがないじゃないかと開き直る、三条美紀演じる鬼婆は、途中から目を潰されて、ますます奇怪に変貌する。鬼婆らしく出刃包丁を研ぐ場面など、完璧な恐怖構図と原知佐子の芝居の絡みが素晴らしい名場面。後半は昼間の野外になってしまうのが残念だが、両手に出刃包丁でガードマンに迫る鬼気迫る演技はなんとも凄い見せ場。

■一方で鬼婆の嫁を演じるのが原知佐子で、これがまた実に美人に撮れていて絶品。もっと昔は、もっとボーイッシュであまり色気のあるタイプじゃなかったけど、この時期はさすがに色っぽくて、実相寺昭雄が惚れるのも納得。

■宝石強盗の木村玄が実にのりのりで気持ちよさそうに悪党を演じて、映画では大体端役なので、役不足だったのだなあとしみじみ感じさせる快演。木村玄の役者としてのポテンシャルもよくわかる。原知佐子が彼に散々いたぶられるのもいいぞ。でも一方的に被害者で終わらないのがザ・ガードマンの女なので、彼女も開き直って鬼婆に反抗する。さらに冒頭で殺される宝石店の店員がつるつるに若い橋爪功(台詞なし)!

■いやもう、前半の夜のホテルでのドラマが怪奇ロマン派には涎の出るくらいに上出来に撮れているから、好事家は必見ですよ。この1960年代当時は世界中でこうした怪奇映画が大量生産されていたので、怪奇シーンとかナイトウォークのシーンはこう撮れという暗黙のルールが世界中で共有されていたようだ。毎週量産されるテレビ映画ですらこのレベルの映像が撮られてしまうのだから、ほんとに量産するってことは「善」なんだな。同時に大映東京の技術スタッフ凄いなあ。

三倍泣けます!母もの映画の怪獣版!ウルトラマンタロウ『びっくり!怪獣が降ってきた』

■いまアマゾンプライムビデオで『ウルトラマンタロウ』が見られるので、いくつかつまみ食いして観たけど、着想は悪くないのにドラマ的に脚本の詰めが甘いものが多い感じだ。

■第1話『ウルトラの母は太陽のように』は別格に凄くて、とにかく面白要素をぎゅっと濃厚に詰め込んだ豪華巨編。おそらく通常なら2本分の予算で1話を製作したのではないか。とにかくどう見ても美術予算が膨大で、当時のゴジラ映画よりも金がかかってるのは確実。なので、美術の青木利郎としてはこちらの方が代表作だと思う。映画では低予算のものしか担当させてくれなかったからね。お馴染みのビル破壊の内引きのカットも、手前だけを薄く飾りましたというものでなく、ミニチュアの奥行きが凄いことになっている。ビル壊しの物凄いボリューム感。佐川和夫の伝説的な仕事。

■さて、何本か見た中ではやっぱり第20話『びっくり!怪獣が降ってきた』は何度観てもきっちり心に爪痕を残す。こどものころは心を病んだ母親、お杉さんの表象が怖くて、なんだか陰気な話だなあと感じていたものだが、大人になって見直すと、実に味わい深い秀作。

■監督の山本正孝が実相寺組から中堀正夫を呼んできて、同じく岡村春彦をゲストに迎えた意欲作で、脚本も同じく石堂淑朗という、明らかに狙った作品だけど、お話の方はちゃんと童話的な情緒を盛っている。(特殊技術はなぜか山際永三。ほんとなら監督と逆だよね。)

■たまたま通りがかったライドロンの子が花火を追って地球に落下するというのもあどけなく可愛くていいし、地球の重力を恐れて助けに降りられない母親が子を守るため雨を降らし、暗くて怖かろうと雷で地上を照らしてやるという母子怪獣の情愛の描き方がなんといっても秀逸だ。残念なのはそれをすべてナレーションで説明してしまうことで、本来ならZATの調査によって判明すればいいのだが、贅沢なことにタロウの場合は特撮の見せ場を多めにとる傾向があり、こうした性急な展開になる。

■さらに、そんな母子怪獣の事情をすぐには理解できないタロウに、ウルトラの母が、「タロウ、地球に住む者であろうと宇宙に暮らす者であろうと、親と子の愛情、母の愛情に変わりありませんよ」と諭す場面がうまくマッチしている。そもそもお杉という母親は子を亡くして心を病んでしまったのだが、母を求める子怪獣の姿に直感的に感応して、大気圏で子を気遣う母の存在を感知する。「いけませんよ。あんなに悲しげに泣いている子供をいじめようなんて。母親だってあんなに困って泣いているじゃありませんか」と、そのことを散々タロウに訴えるのだが、なにしろ病んでいるので論理的に説明はできないし(病んでなくても論理的には説明しようがないか?)、未熟なタロウは母のそんな気持に気づくことができないのだ。このように本作は三組の母子関係が重ね合わされているのだ。どうです、案外込み入った話でしょ。母が太陽のように空高くから子の成長を見守る(決して干渉はしない)という本シリーズの基本構図が怪獣側にも敷衍されたという意味で、実はシリーズ中でも随分と重要な位置づけにあるエピソードなんですよ!

■確かに石堂淑朗は『帰ってきたウルトラマン』でも女が霊媒的に怪獣と繋がってしまうという発想のエピソードがあって、ある意味ご都合主義的に見えなくもないが、非常にユニークな視点だと思うし、もっと掘り下げてほしい路線でもあるのだが、そうした「女と怪獣」路線の中ではもっとも成功した作品だと思うなあ。

おかあちゃんに任しとき!主婦の勘と手料理で哀しい犯罪を炙り出す『犯罪の女王』

犯罪の女王 [DVD]

犯罪の女王 [DVD]

基本情報

犯罪の女王 ★★★
2016 スコープサイズ 104分 @APV

感想

■司法試験受験生の息子が法外な水道料金を請求された!ハフッ(鼻息)何かおかしい!そう睨んだおっかさんが受験生アパートに押し掛けると、強引に捜査を開始。アパートの住人が姿を消していることを聞きこむと、隣の部屋の住人が怪しいとにらんで。。。

■パク・ジヨン演じる田舎のおばさんが都会に出てきて年季の入った「おばさんテク」を駆使して受験アパートで起こった犯罪をあぶり出すコミカルなスリラー。とにかく、主人公のおばちゃんの魅力で見せる映画。犯罪じたいは捻りが無くて、本当はクライマックスにもうひとひねり必要なのだが、おばちゃんと息子の情話として話を落とす。まるで『京都地検の女』の鶴丸あやのような「ずうずうしさ」と「主婦の勘」を武器にアパートの若者たちを手なずけていくさまが痛快に面白い。

■パク・ジヨンの若くはないけど、ぱっと見、小奇麗なおばちゃんという風情がいい塩梅。もっとセクシー方向に振るのかと思いきや、アパートの若い男女のおっかさんという立ち位置を貫く。本能的に手料理を作りだすと、若者の心をがっちりキャッチしてしまうあたりはさすがの年季。おばちゃんの本領発揮。観ていて、癒されますなあ。

■テーマ的には過酷な受験戦争である司法試験によって人生を外れてゆく者たちに心を寄せているので、犯人像もはあくまでシリアスなのだが、なんだかお気楽なラストを迎える。そもそもあの息子、大切なものを忘れてなかったか?