京都発地域ドラマ『ワンダーウォール』 ★★★★

■脚本・渡辺あや、撮影・松宮拓、照明・宮西孝明、美術・山内浩幹、音楽・岩崎太整、演出・前田悠希

京都大学当局が吉田寮に本年9月までに退去するよう通告して現在も対立を続けている現実の出来事に取材して、NHK京都放送局がドラマ化した異色作にして、意欲作。ほとんどリアルタイムのドキュメンタリードラマ。

■脚本にはなんと渡辺あやを起用して、ディレクターは25歳、初演出の前田悠希を充てる。いっぽう技術スタッフには当代一流の実力派を揃え、『その街のこども』を担当した松宮拓がキャメラだし、照明は大映京都の中岡源権の弟子筋にあたり、近年は柴主高秀とのコンビで大作映画の担当が多い、嵯峨映画所属の宮西孝明。嵯峨映画はNHKとは付き合いが長いらしいので、NHK京都放送局制作ということで、第一線が投入された模様。正直、贅沢すぎる布陣だ。寮内の撮影は、セットを飾り付けて行われたようだが、その装飾が凄いことになっている。

吉田寮と大学当局の間で争われた交渉の経緯をそのまま再現したり、大学当局の廃寮後の運営費交付金獲得の目論見などを明け透けにすっぱ抜いたり、まあ、やりたい放題NHK京都放送局京大当局に喧嘩を売っている。寮生の抗議活動や言動は実際はもっと過激だろうし、そうした部分はかなり寮生寄りの姿勢で描かれている。

■学生部長を演じる二口大学は京都演劇界ではベテランで、名前だけは知っていたのだが、映像作品ではじめて顔を見たし、役得といえる。昔なら俳優座の俳優なんかが演じた役どころ。寮生にいったんは譲歩した学生部長が、次回の団交で不可解な態度で前言撤回してそのまま崩れ落ちる場面は、旧来の大学なるものが変質し崩壊した様を象徴的に見せる名場面。

「大学はもうオレらが思っているような場所じゃない。一方的な通告と壁と法的手段が、これからの大学のやり方なんだよ。」という台詞*1が見事に、大学の、そして今の時代のヤバさを言い当てている。単なる学生寮のお話ではなく、特定の大学だけの話ではなく、世界全体を覆っている経済至上主義や不寛容さといった病を批判している。そして、100年続いた学生寮の廃止は、既に確実に変わってしまった時代の掉尾を飾るものになるだろう。ドラマでも寮の廃止自体は動かしがたい既成事実として絶望的に描かれている。実際の闘争は今も継続中だけどね。

■寮生の人間関係の独特の空気感を描くのに、食事の共有を執拗に見せる。同じ釜の飯を食うというレベルではなく、もっとルーズで、食べかけのぬるいカップ麺やエスニックな食べ物がやり取りされる。このあたりの着想は上手いと思ったな。取材の成果だろうか。

NHK京都放送局としてはきっと続編を作りたいに違いなく、ひょっとすると立看板問題などもドラマ化するのではないか。報道番組ではなくドラマでこうした意見喚起、世論喚起を行うのは今時珍しいけど、その戦闘力には本当に感心した。いま、まさにホットなこうしたテーマを打ち出すことも貴重だし、たぶん十年以上経ってから、こんな凄いドラマがあって、リアルタイムに異議申し立てを行っていたことを想い出し、そしてあの時が現実的に時代の転換点だったのだなあと多くの人が気づくことになるに違いない。

追記

■もともとのNHK京都の発注は明るい楽しい学生寮のお話というオーダーだったのを、渡辺あやが廃寮問題を提案したんだそうですよ。プロデューサーはドラマ畑ではなく、報道畑なんだけど、そもそも反廃寮闘争なんて企画意図は無かったというのだ。正直、意外に感じた。報道畑のスタッフゆえにこうした戦闘的なドキュドラマになったものと思っていたからだ。しかし、実際は、このドラマの戦闘性は渡辺あやがもたらしたものだったのだ。こうした、人と人との偶発的な出会いがもたらす発想の飛躍が、傑出したドラマを生む秘密なわけだな。

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wonderwall-movie.com

*1:もともとの脚本では台詞の分量、構成、見せ方が若干異なる。

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