ばってん、僕はへこたれんぞ!今平の児童映画はビタースイート『にあんちゃん』

基本情報

にあんちゃん ★★★☆
1959 スコープサイズ(モノクロ) 101分 @アマプラ
企画:坂上静翁 原作:安本未子 脚本:池田一朗今村昌平 撮影:姫田真佐久 照明:岩木保夫 美術:音楽:黛敏郎 監督:今村昌平

感想

■ついに念願かなって、アマプラに今平の『にあんちゃん』が降臨しました!ツイッターで呟いたかいがあったと実感する新年幕開けのハッピーサプライズでした!日活さん、ありがとう。

■さて、昭和28年から29年にかけては、朝鮮戦争神武景気の間で炭鉱が次々と閉山していった厳しい時期に当たるというのは、冒頭のナレーションで紹介される大状況ですが、その頃、佐賀の海辺の小さな炭鉱町で、父母を亡くした四兄妹がいかに生き抜いたかという一種の実録映画。当時教育界で流行った綴方教室の少女の日記がベストセラーになったことから映画化されたもの。

■企画は日活リアリズム路線の大塚和ではなく、微温的な、あるいは東宝的な文芸路線の坂上静翁。そもそもは田坂具隆が監督予定で脚本が作られていたが、急病で今村昌平にバトンタッチされたもの。なので、今平は余り乗り気ではなかったらしいし、完成作品が数々の映画賞を受賞しても素直には喜ばなかったらしい。
■本当なら児童映画になるべきところなので、田坂具隆のプラントしてはもっと四兄妹に寄り添った設計だったのではないかと想像するが、映画の前半では首を切られる炭鉱労働者たちが主役で、炭鉱町の小社会の全体像を描こうとする。このあたりは坂上静翁の企画意図とはかなりかけ離れるのではないかと感じる。そもそもにあんちゃんとその妹のお話になるのは後半になってから。前半は長門裕之松尾嘉代の長男、長女の物語といえる。

■母は既に亡く、父親の葬儀から始まる物語は、四兄妹を誰が引き取って面倒見るのかという課題に直面する。長男は炭鉱で直雇にしてもらえれば万々歳だが、炭鉱不況でままならなず、町に出てゆく。長女は炭住の朝鮮人一家に子守として引き取られるが待遇が悪くて、これも結局は街の肉屋に働きに出る。

■そして、炭鉱町に残された次男と次女がやっとお話の中心になる。父親の仕事仲間のおじさんに引き取られるが、落盤事故や経営合理化の馘首で炭住にいられなくなると、山間の炭焼き一家に引き取られるが、食事が辛すぎて逃げ出すと、元の炭住に戻ってくる。この浮浪者かルンペンのような汚いおじさんを演じるのが大森義夫という民藝の役者で、『ガラスの中の少女』でも浜田光夫のヨイヨイの親父を演じて、同じような扮装で出てくるお馴染みの人。こういう汚い役なら大森義夫という共通認識が当時あったらしい。

■映画では大きくは打ち出さないが、この四人兄妹は在日朝鮮人で、そのことは小沢昭一(「どうせ俺たち朝鮮人はね、首切りとなるといつも真っ先だい。」)や北林谷栄の台詞で分かるようになっている。でも彼らは日本で生まれているので朝鮮で生まれ育って日本へ渡ってきた大人世代たちとはすでに壁がある。

■実際のところ、長男や長女が欠けていくことで、末子に対するにあんちゃん(次兄)の存在が大きくなり、にあんちゃんも妹を守るべく発奮する。東京で働こうとして失敗、故郷に連れ戻されるが、にあんちゃんの力強いメッセージでこの映画はなかば強引に終幕を迎える。

これからの僕と未子の生活はすごく辛いだろう。ばってん、僕はへこたれんぞ。(中略)父ちゃんも兄ちゃんも貧乏のためにできなかったことを僕がやってみせるんだ!今にきっと!
(映画より採録

■実際のところ今平は児童映画としての表現にはあまり興味がないようで、例えば稲垣浩のように純粋に子供心を描くことに興味があれば、また違った映画になっただろう。いわゆる社会派映画と児童映画が混交している。どっちつかずという気もするが、でも後年の代表作とされる『赤い殺意』の冗長さに比べるとこちらのほうがずっと上出来に見えるし、雄大で精細なロケ撮影の魅力も大きい。唐津に姉を訪ねた末子が会えずに帰ろうとする場面などは児童映画の定番的な見せ場だが、今平はちゃんと正攻法で撮っている。まだあどけなさの残る松尾嘉代の表情もナチュラルで良い(後年の悪女ぶりはとても想像できない)。このタッチがクライマックスにも欲しかった気がするのだ。

■あと、日活映画にはなぜか保健婦が活躍する映画の系譜があって、本作でも吉行和子が都会からやってきて無知な住民に保健衛生思想を啓蒙しようと孤軍奮闘するし、『明日は咲こう花咲こう』とか『孤島の太陽』といった映画では同様の趣向で保健婦が主役となる。『孤島の太陽』はなにしろ大塚和の企画なので、実録による日活リアリズム映画で、是非観てみたいのだが。
www.nikkatsu.com

参考

原作本はいまだに復刻されていますね。にあんちゃんも未子ちゃんも立派に成長したそうです。よかった。

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