豪快!裕次郎が安保闘争の国会前にベンツで乗り付ける!『あいつと私』

基本情報

あいつと私 ★★★
1961 スコープサイズ 104分 @DVD
原作:石坂洋次郎 脚本:池田一朗中平康 撮影:山崎善弘 照明:藤林甲 美術:松山崇 音楽:黛敏郎 特殊技術:金田啓治 監督:中平康

感想

■スキー事故から回復した裕次郎の復帰第一作として企画されたのは定番の石坂洋次郎もので、一応文芸映画として製作されている。あきらかに文芸映画として成功した大作『陽の当たる坂道』の成功体験を引きずっている。

ブルジョアの慶応大生たちが1960年の安保闘争のあった一年間をいかに過ごしたかという青春映画であり、裕次郎の出生の秘密をめぐる家庭劇でもある。裕次郎を「あいつ」と呼ぶ、本作の話者「わたし」が芦川いづみで、彼女の家庭と裕次郎の過程が対比して描かれる。その中で、母親の問題が戦後民主主義の最大の問題であるというテーマが浮かび上がるのは、『陽の当たる坂道』同様に石坂洋次郎ならではの解釈といえようか。

戦後民主主義の中で女性が本来得るべき社会的地位を獲得してきた時代、家庭の中で父親の存在感はほぼゼロに等しい。その猛烈な母親を演じるのは『陽の当たる坂道』と同じ轟夕起子。戦後、女性の本来持つ「支配力」が民主化のなかで一気に開放され、戦前の家父長は無力化した。その結果、戦後世代の子供達は母親の支配から独立というテーマを背負うことになった。芦川いづみはそのことを、樺美智子が圧殺された1960.6.15の安保反対デモが燃え上がる国会前で自覚する。

■一方、裕次郎の物語にも同じことがいえ、さらに戦後民主主義を象徴する母親に対して、突然アメリカから現れた実の父親との選択を迫られる。戦後世代のこどもたちは日本を取るのかアメリカを選ぶのかというテーマが突如立ち上がり、不完全燃焼のまま唐突にお話は終幕を迎える。

■という意味で実に変な映画で、前半がコミカルなタッチながらセンシティブなテーマを扱って、安保デモの場面はもちろんロケではなく再現だが、昔の映画だからそれなりにモブシーンの動員も厚いし、ちゃんと画面の奥には国会議事堂が合成してあるから感心!60年代から70年代にかけてお色気要員で活躍した新劇女優の標滋賀子(しめぎしがこ)が安保闘争のあとで同士と思っていたデモ学生に輪かんされたことをヒステリックに告白する場面まであり、このあたりだけ妙にシリアスなのだが、彼女のその後の転身が終盤で明かされ、噴飯ものなのだが。。。

■そもそも、裕次郎の同級生が小沢昭一という配役の時点で、もう真面目にやるつもりはないので、女子大生軍団に中原早苗がいて、おなじみのヒステリー演技で、なんとなく定番の持ちネタが披露されるという塩梅。

■しかし、中平康のハイテンポな演出は快調だし、配役も豪華だし、楽曲もあくまで軽快だし、かなり楽しい映画。日本一ショートカットの似合う女優?芦川いづみの小動物のような表情や仕草だけで可愛くて仕方ない。でも、さすがに当時の若い観客には嘲笑われただろうなあ、この映画。

■でも、戦後世代にとって真に必要なのは革命とか政治闘争ではなく、母親からの自立であるというテーマは、実はかなり先鋭的な主張だったかもしれないという気がしないでもないが、誰かこのあたり解き明かしてくれないかな。木下恵介の映画なんかも浮かんでくるなあ。

© 1998-2024 まり☆こうじ