母は言った。男を喜ばせることだけが女の生きる道だと!『月曜日のユカ』

基本情報

月曜日のユカ ★★
1964 スコープサイズ(モノクロ) 93分 @アマプラ
企画:水の江瀧子 原作:安川実 脚本:斉藤耕一倉本聰 撮影:山崎善弘 照明:森年男 美術:大鶴泰弘 音楽:黛敏郎 監督:中平康

感想

■横浜で船荷会社の社長(加藤武)の愛人としてくらす奔放で頭の弱い18歳の少女ユカ。ボーイフレンドの修(中尾彬)は彼女を真剣に愛し始めていたが、社長は商売のために外国人船長と寝てくれとユカに頼む。。。

■というお話でしょうか。いわゆるスケッチ風の描き方で、しかも中平康が遊戯的な映像ギミックや演出を駆使したため、なんだかおしゃれな印象もある軽快作だけど、思っていたような都会のお洒落な若者風俗を描く映画ではなく、横浜の下層階級の出で、いまの視点でみれば軽い知的障害か発達障害のある娘のがじぶんの身体だけを武器に逞しく生きる青春の一コマって感じのお話で、ホントはもっと日活リアリズム的に描くこともできるお話。それを斎藤耕一倉本聰が軽いタッチに仕上げた。

■実際、監督はすでに仕事中も飲酒していたと言われ、現場の指示も斉藤耕一が出していたという話もあるが、全く任せっぱなしのはずもないので、中平康の采配の中でこのスタイルは採用されたはずだ。無声映画の喜劇風の場面も正直なんだかよくわからないが、まあ監督の発想ではあるだろう。本来のお話としては今村昌平的に土着リアリズム的に重喜劇として描くこともできる素材なんだけど、ライバル心から敢えて逆に軽快な青春映画に描こうとしたのではないか。中平康は松竹自体から今村昌平とは比較されていたはずだからね。

■でも、中平康って、かなり長廻しの人で、同期の岡本喜八増村保造がカット割りで新しいリズムを出す人だったので、中平康の長廻し志向は異色に見える。正直、カット割るのがめんどくさいからフルショットで1シーン回してますという風にも見えなくない。本作に限らず、うまくいっていない作品ではそう感じるところがある。でも、このスタイルって、のちの日活映画の手法に多大な影響を与えていると思うなあ。日活映画の歴史の中では今村昌平よりも、中平康の演出技術のほうが重宝され、継承されている感じがするが、このあたりは誰か若い人に研究してほしいところ。『密会』なんて演出技法も含めてほとんどロマンポルノみたいなもんだしね。

■ユカの母親が北林谷栄で、横浜の下町(というかほぼスラム)に暮らし、自分自身も身体を売って生きてきた女を独特のリアリズム演技で醜悪に演じる。このあたりのエピソードは、本来のこのお話の成り立ちをわかりやすく示していて、このパースから今平的な展開は十分ありえるわけ。でも中平康だからそうはしない。男を喜ばすことだけが女の生きる糧と説く、最下層階級の女。それが母親。ユカはその因習を抜け出すことができたのだろうか。

■確かに加賀まりこがキレイにファッショナブルに撮れているのだけれど、黙っていると非常にキュートなのに口を開くと前歯の不具合が見えてしまうのが残念。加賀まりこを観るなら、絶対『乾いた花』のほうがキレイだしかっこいいと思います!

参考

『乾いた花』は観念的ヤクザ映画という、最高にクールなジャンルに唯一属する孤高の傑作。いや、『狼の王子』もあったか。しかもどっちも石原慎太郎だ。
maricozy.hatenablog.jp
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