これがOKなら「ノストラダムスの大予言」も無問題!グラン・ギニョールな猟奇サスペンス『猟人日記』

基本情報

猟人日記 ★★★☆
1964 スコープサイズ(モノクロ) 123分 @DVD
企画:芦田正蔵 原作:戸川昌子 脚本:浅野辰雄 撮影:山崎善弘 照明:森年男 美術:大鶴泰弘 音楽:黛敏郎 監督:中平康

感想

■原作は前年に大ヒットした通俗推理小説(でも直木賞候補!)で、生理的にキツイ、残酷な趣向の推理小説や奇想小説で有名な戸川昌子の作なので、期待どおりにエグい。有名なので明かしても支障ないと思うが、○のない赤ちゃん(特殊造形!)がどアップで堂々と登場する。予告編はもっとえげつなくて、奇形児の医学写真が次々とコラージュされるんだけど、完全にエログロ見世物路線。当時のモンド映画の影響もありそうですね。

■日活は1963年の「にっぽん昆虫記」(今平)「月曜日のユカ」(中平)が大ヒットしたので文芸エロ映画路線を模索し、同路線の意欲作として製作されたもので、推理小説を原作としているのが異色。その意味では文芸色は薄めで、エロとともにグロ味を押し出す。そもそも原作の作風がそうだから、狙い通り立派なエログロ映画に仕上がっているし、それにとどまらないメロドラマ要素も加味され、意外にも良い味に仕上がっている中平康の代表作。

■夜な夜な猟色に耽る電子計算機のサラリーマンだが、その餌食となった女達が次々に殺されてゆく。すべてを記録した猟人日記は紛失し、自分を罠にはめようとした者は誰か?というお話で、前半が主人公が逮捕されるまで、後半が死刑となった男の第一審を覆すため、弁護士が新証拠を求めて証言を集めて歩くサスペンスを描くという、分かりやすい親切設計。

■主人公の妻を戸川昌子が演じるのも見世物的な趣向で、決して美人ではないけど、確かに普通の人じゃない雰囲気はあって、仲谷昇の濃い口の異貌と食い合わせは悪くない。この夫婦の家の中の美術装置は完全に怪奇映画仕様で、使用人のばあやが岸輝子!という絶妙な配役。正直、日活のスタッフは何故か怪奇映画のリテラシーが低くて、美術も照明も東宝映画や大映映画などにはとてもかなわないのだが、本作は比較的よく頑張っている部類。ほぼ同じスタッフでも後の『結婚相談』はかなりキツかった。本作は特に不気味なばあやに岸輝子を持ってきたセンスが見事。中平康は『その壁を砕け』でも岸輝子を絶妙に使ったので、勝算があったのだろう。大成功です!

仲谷昇ファンとしては、のちの『砂の上の植物群』のほうが仲谷昇の百変化が味わえて嬉しいのだが、戸川昌子との業の深い夫婦役というアンサンブルが得も言われぬ怪奇なニュアンスを生み出した化学反応は稀有のものだ。前半の犠牲者となる娘たちはさすがに日活の売れっ子は使えないのだが、山本陽子だけが割りを食っている感じだ。飛び降り自殺が雑な合成で処理されるのも不憫。。。後半の十朱幸代は弁護士見習いで良い役だもんね。そうそう稲野和子が行き遅れで欲求不満気味なOLという、昭和あるあるな(ステロタイプな)役どころで登場し、すぐに殺されてしまうけど、たしかに目立つ色っぽいよね。というか、単なる色気ではない、何かヤバいものが表情から滲出していると思う。そのおかげで『砂の上の植物群』に抜擢されました。

■後半は証言者の一芸芝居が見どころとなるが、トルコ風呂初体験を熱く語る胡散臭い現像所技師(どんな役だ?)を演じる山田吾一の焼き鳥屋台での演技が絶品で、なんだか泣けてくるから凄い。さらに寿司屋で絶妙な小芝居を炸裂するセールスマンの天坊準がいつもながらのリアルな上手さで名人芸。ほんとにいい役者だなあ。実際いるよね、こんなおじさん。

■劇中でシューマンの有名な(らしいよ)合唱曲「流浪の民」が繰り返し使われて、このあたりは日活映画の歌謡映画の伝統的な手法がうまく機能している。流しのギター弾きのおじさんも良い味。正直なところ、陰気で地味過ぎる曲想なのだが、なんだかフランス映画の名画に見えてこないこともないという仕掛け。前半では主人公の猟色を象徴する、変態心理者の孤独なハンターとしての心象風景として使われ、後半の終盤では、「流浪の民」は彼一人ではなかったことを表すギミックとして機能し、さすがに見事な構成なので感心する。こんなにエロくてグロい猟奇的な映画なのに、ラストシーンはちょと感動的なのだ。この時期、すでにアル中で全盛期を過ぎていたと思っていたけど、まだまだ冴えている中平康なのでした。お見事。

■ちなみに、テネシー・ウィリアムスの『去年の夏 突然に』をちょっと想起したけど、どうですかね?本作では新婚旅行先のメキシコで異常な事件が起って夫婦の呪われた性的呪縛が始まり、『去年の夏 突然に』では灼熱のスペインでの異常な事件が若い娘を精神病に追い込む。世界の果ての異常な光線と熱気の中で現実離れした怪事件が白日夢のように発生し、か弱い都会人の理性や精神を焼き尽くして苛むという、猟奇的でゴシックな趣向(というか象徴?)の源泉は、テネシー・ウィリアムスにあったのかもしれない。(ほんとにそんな気がしてきた)

参考

ヒロシマで六本○の赤ちゃんを探せ!という東京マスコミのえげつないミッション・インポッシブル。
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昭和40年前後の日活エロ映画路線!今見ると、ホントに豪華ですね。色んな意味で。
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ロバート・ブロックより、もっと異常で残酷。というか、単なる個人的な妄想劇で、普遍性はない。
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グラン・ギニョールといえば、この一作。高橋洋の『インフェルノ』ですね。
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戸川昌子といえば「緋の堕胎」というほど、グロで有名な傑作短編。というか、この小説しか読んだことがないので、この小説の印象が戸川昌子のすべて。

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