朝鮮人なら殺してもええんか!?奇跡の映画化『福田村事件』(感想/レビュー)

映画芸術 2023年 08 月号 [雑誌]

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基本情報

福田村事件 ★★★
2023 スコープサイズ 137分 @イオンシネマ京都桂川(SC12)
企画:荒井晴彦 脚本:佐伯俊道、井上淳一荒井晴彦 撮影:桑原正 照明:豊見山明長 美術監修:磯見俊裕 美術:須坂文昭 音楽:鈴木慶一 監督:森達也

感想

■1923年、関東大震災後の当時の千葉県福田村で、香川県被差別部落からやってきた行商人一行を自警団が朝鮮人と誤認し、9人を殺害して利根川に流すという悲惨な事件が起こった。その史実をフィクションを交えて映画化した力作で意欲作。福田村事件を映画化するという企画を聞いたときはそんなことが実際可能なのかと耳を疑ったが、ちゃんとクラウドファンディングで集金して、シネコンでの興行にまで結びつけた製作者の胆力には素直に感心する。もともと低予算映画なので、興行的にも十分ペイしているだろう。ということは、こうした意欲的な取り組みが、今後も定着するかもしれない。(どうかな?)

■とにかく、一般的には知られざる史実を発掘した意義が大きくて、それだけで100点以上というものだが、どのように劇化するのかは気になっていた。荒井晴彦が書くのかと思っていたら、佐伯俊道がメインで書いたようだし、もっとドキュメント寄りかと思いきや、相当フィクション要素が多い。何組かの夫婦が出ているが、その描き方が主にフィクション要素になっていて、そこにこの座組の癖が強く出ていると感じる。朝鮮から帰国した夫婦、戦争未亡人と渡し船の男、妻が義父と関係した夫婦。それらが、どこにでもある普通の人生、というわけではなく、相当に独特の人生を送っているし、さらに福田村に接近する行商人一行も、相当に情報量が多くて、観客は情報の氾濫に翻弄されることになる。普通なら、容易に感情移入できる主人公を設定しておいて、周辺に特異な事象を配置するところだが、この福田村の人々の作劇が、本作の場合、うまくいっていないのではないか、と感じる。

■その結果、端的にいって、劇映画としての面白みは少なくて、コクがない。朝鮮での日本軍の虐殺事件を目撃した夫婦(提岩里教会事件に夫が関与した)を異邦人としてドラマの芯にするというフィクションはさすがに大技だと思うが、この夫婦のエピソードが面白いかといえば微妙で、夫が事件への関与を告白する重要な場面の長廻しにしても、正直緊張感が持たないのは、演出のまずさだろう。性生活の話も、それ要るのか?とは皆感じるところだ。義父と関係した農家の嫁のエピソードも、謎のイマヘイモチーフ(?)で、唐突に半裸になるし、これも観客は混乱するばかりだ。村落共同体のなかでも差別感情が絡まる辺縁部に生きる船頭という役どころはさすがに目の付け所が良いし、東出昌大の好演もあって、一番の儲け役だろう。村と外の世界とを結ぶ門番で、さまざまな人々と関わる。ただ、戦争未亡人のコムアイはあまり良いとは思わないなあ。

■一方の行商人一行のエピソードは悪くなくて、エタ(当時)と癩者(当時)と朝鮮人の微妙な身分関係の階層構造のありようまで盛り込んで、本気の構え。昔はこんなことは映画で言及できない完全なタブーであった。一行の親方を演じるのはNTVのスペシャルドラマ『東京大空襲』では朝鮮人で米軍スパイという難役を演じた永山瑛太で、今回は被差別部落民を引き受ける男気をみせる。話を持ち込んだ製作者の目利きの確かさも感じるし、永山瑛太は好き好んで演じているに違いないので、また好感度アップだ。なにしろ「朝鮮人なら殺してもええんか!」の最重要台詞を担当する。それに、全国水平社が事件の前年に設立されていたことは、迂闊にも言われるまで気がつかなかった。「水平社宣言」が重要なモチーフにもなっているので、あの場面がもっと引き立つような構成や編集が欲しかったところだ。(いや良いシーンなんだけどね)

在郷軍人会の分会長を水道橋博士に演じさせたのは意表をついた配役で、実際リアルなニュアンスがあって悪くないけど、あの役こそ正統派の演技人に堂々とリアリズム演技で演じてほしいところだよなあ。例えば段田安則はちょっと年代が上なので無理かな。

■それに鈴木慶一の音楽もあまりよろしくなくて、特に虐殺事件のシーンは明確にあれじゃないと思うがなあ。虐殺場面の演出は監督も悩んだところだろうけど、ホントに難しいよね。むしろ、全省略でよかったかもしれない。昔からよくある作劇としては、回想で処理する手法で、橋本忍なら確実にそうするところ(ありきたりだけど)。それに史実だと200人くらいの村民が押し寄せたそうなので、そこはデジタル合成の出番だと思うがなあ。1,2カットあるだけで効果が違うと思う。福田村の描写と東京亀戸の描写と行商団一行の描写を並行して描くことで、嫌なサスペンスを生むはずの編集もあまりうまく機能していなくて、そこも映画としてのコクが少ない原因となっている。

■でもいちばん物足りなかったのは、福田村で起こったこと、将来また起こるかもしれないことの原因は、誰の心の中にも同じように潜んでいるということが十分に描けなかったことだろう。在郷軍人会は最初からイケイケでやる気満々だし、最初に誰が手を汚すのか、という部分も明らかに演出的に、作劇的に弱い。

■以上のように期待が大きすぎたこともあり、なんとなく不完全燃焼な気分で観終わったので、帰ってきたウルトラマン怪獣使いと少年」が再見したくなったのは事実だ。(宇宙人なら殺してもええんか!?とまでは言わないけど)


参考

apeople.world
永山瑛太はきっと帰ってきたウルトラマン怪獣使いと少年」も観ているに違いない。ヘドラとの対面にご満悦の様子。


maricozy.hatenablog.jp
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