冤罪事件発生!無実の若者を救うために「勇気」で『その壁を砕け』

基本情報

その壁を砕け ★★★★
1959 スコープサイズ(モノクロ) 100分 @アマプラ
企画:大塚和 脚本:新藤兼人 撮影:姫田真佐久 照明:岩木保夫 美術:千葉一彦 音楽:伊福部昭 監督:中平康

感想

■20万円で買った中古車を駆って新潟で待つ婚約者のもとへひた走る若者。だが、ある村に差し掛かったところで、突然警察に逮捕され、20分ほど前に村で発生した強盗殺人事件の容疑者として勾留されてしまう。真犯人は直前に車に乗せた若者だと主張するが信じてもらえず、検察によって起訴され裁判が始まるが。。。

■どうも1956年に公開された『真昼の暗黒』を意識した映画のようですね。ポスターにもでかでかと「真昼の暗黒」と謳ってますからね。冤罪事件を扱って、真実追求よりも体面を重視して基本的人権を無視する権力機構の恐ろしさを描いた『真昼の暗黒』に対して、本作の特徴は警察が意外と公平であることだろう。

■特に清水将夫演じる警察署長が好人物として描かれ、芦川いづみ演じる容疑者の婚約者に良い弁護士を立てるべきだと言って、大学の同窓生の弁護士を紹介してやるし、長門裕之が掴んできた真犯人情報に対して、責任回避のために隠蔽することもできる状態のなかで、「必要なのは俺たちの勇気だよ」と言って、新情報を裁判に提出することを承諾する。正直なところ、あまりリアルには感じられないが、これは終盤のこの映画のテーマに誘導するための布石でもある。

■もっとミステリー寄りのサスペンスかとおもいきや、そうではなくて、冤罪事件を巡って、夫が先立ち古い家族制度のなかで除け者にされる一人の女の受難劇となっているのが、さすがに新藤兼人のオリジナル脚本で、実際よくできている。運命の女を渡辺美佐子が演じて設け役。佐渡で夫婦になる石工の夫が神山繁

■しかしリアル一辺倒かといえばそうでもなく、冤罪で逮捕される青年はちっとも理論立った説明ができず、言葉も少なく、象徴的な役割を担わされているだろう。対する芦川いづみも青年に代わって理知的に行動するというよりも、ただ一途に青年を信じ抜く姿で、周囲の大人たちを動かしてゆく仕掛けになっている。この若いカップルは当時のリアルな勤労青年という造形ではなく、シンボルとして描かれているだろう。

■対して映像表現は念入りにリアル志向で、おなじみの姫田チームが丁寧な映像設計で大きな説得力をもたらす。特に、警察署で雨の降り出す間際に照明が徐々に落ちていったり、終幕の5つの実験(実地検証)の場面の事件の谷川家の暗がりの様子とか、流石にモノクロ撮影のお手本といえる出来栄え。今平組ほどの粘りや斬新さはないけど、見事な仕事ぶり。

■最終的に渡辺美佐子「私に勇気がなかったために」と述懐して、先の警察署長の発言とつながってくることで、本作のテーマが地味に浮かび上がることになる。皆が見栄や恥の意識や世間体や保身を撥ね退けて、ただ真実を求める勇気を持つことが冤罪の犠牲を防ぐための方策だと訴えるのだ。しかも、その訴え方は静かに響く。十分に理知的な言葉を持たない未熟な若者たちのために、大人たちが土壇場で勇気を発揮する。警察は誤認逮捕の過ちを認め、裁判所は異例の実地見聞を実施する判断を下し、古い家制度に抑圧されていたひとりの不幸な女が佐渡から戻ってきて真相を告白する。

■被害者の妻を演じて終盤に大きな見せ場を担う役どころを性格俳優の岸輝子俳優座)が演じて強烈な印象を残す、というか相当怖いのだが、もともとは北林谷栄(民藝)が演じる予定で、ポスターにも名前が載っている。当時は土壇場での配役変更が頻繁に発生していたが、それにしても大きな変更だ。でも、岸輝子で大成功だったと思うぞ。ちなみに、岸輝子千田是也の奥さんだ!

■それどころか、弁護士役は当初菅井一郎が配役されていたらしく、キネ旬の資料には名前が残っている。ポスターはちゃんと芦田伸介になっているから、逆算すると北林谷栄の降板はよほど急なことだったようだ。

中平康の絶頂期の演出なので、カッティングのキレは良いし、押すところは衒いなく押すし、見事なもんですよ。間違いなく忘れられた傑作です。アマプラで是非!
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