なんとなく義務感で観たら、想像以上に凄かった!坂元裕二の転機になった傑作ドラマ『それでも、生きてゆく』(ネタバレありあり)

坂元裕二じしんが転機になったと語る2011年7月期ドラマ。じつはずっと以前に第1話を観て挫折していた。え?あ、いや?とか独特の間合いのセリフ回しがいかにも若者に迎合した言い回しに聞こえて、敬遠したのだけど、あれは若者言葉をそのまま写したのではなく、坂元裕二の独特のニュアンス台詞で、最近すっかり慣れました。

坂元裕二のドラマは『カルテット』で感心して、『大豆田とわ子と三人の元夫』は絶賛に値する稀有の傑作だと思ったけど、『それでも、生きてゆく』はそれに劣らないくらいの傑作だった。映像の撮り方は昔ながらのスタジオドラマだし、昔風のビデオ画質だけど、基本的に役者の演技をいろんなアングルから見つめ続けるスタイルで、いわば舞台中継と似ている。近年はシネマカメラの導入で、映像面の洗練の仕方は急激に進化したけど、まあ役者の演技が凄ければ、映像のルックがどうとか、結局気にならないものでね。。。

■2010年4月期の『Mother』は明らかにお涙頂戴ドラマとして企画開発されていて、ご都合主義の展開といかにも古臭い母もののドラマでさすがに閉口したのだが、その1年後の本作はフジテレビ製作のためか、意外にもお涙頂戴ドラマではない。どころか、シリアスな深刻劇なのに、瑛太満島ひかりの掛け合いなど、妙にコミカルなやり取りをみせ、秀逸なコメディともいえる。後の坂元裕二の特徴となるサブカル小ネタも散見され、ドラえもんの台詞まで引用される。Pがバラエティからドラマ班に異動したてだったし、夏番組でもともと視聴率は期待値が低かったことから、わりと自由に制作されたらしい。

前半のおはなし

■前半のお話はざっとこんな感じ。

  • 15年前、7歳の妹亜季を同級生文哉(風間俊介)に殺された洋貴(瑛太)は世捨て人として生きてきた。がんで死んだ父(柄本明)の遺志を継いで、医療少年院を出所している犯人を殺そうとするが、犯人の妹の双葉(満島ひかり)に阻止される。(#1 演出:永山耕三
  • 洋貴に接近した双葉は、犯行のあった湖畔に群生するひなげしの花で兄の犯罪を確信して絶望する。(#2 演出:永山耕三
  • 嫌がらせの無言電話の主を探る双葉だが、その主は洋貴の母(大竹しのぶ)だった。死んだ娘の暴行の有無に拘泥し自責する母に、洋貴はその事実がなかったという捜査資料を示す。(#3 演出:宮本理江子)
  • 加害者の家族は犯人を再び家族として迎え入れることを話し合うが、母(風吹ジュン)は拒絶する。犯人と双葉の兄妹は母親の子ではなかった。(#4 演出:並木道子)
  • 子どもを喪った母親は人じゃなくなるの。洋貴の母は亜季を返せと犯人に言うために洋貴のもとへ帰る。(#5 演出:永山耕三

前半の感想

■#5で大竹しのぶが突如心変わりして、長台詞を滔々と語るから、瑛太はじめ、たまにしか登場せず、台詞もほとんどない段田安則など、どんな顔してこんなしんどい話、聴いてりゃ良いのか、困ったことだろう。DVDでは放送版より10分くらい長くて、よくも悪くも大竹しのぶの独壇場。それまで加害者一家に対する復讐心を(表向き)隠しながら生きてきたけど、やっぱり犯人に直接言いたいことがあると、瑛太と共闘することを決意表明する燃える展開。

後半のおはなし

■後半のお話はざっとこんな感じ。

  • 兄と再会した双葉は、二人で生母の故郷で生きようと語らうが、兄が犯行を改心していないことを知って絶望する。(#6 演出:宮本理江子)
  • 被害者一家は、医療少年院で文哉と知り合って同棲した元職員の女(酒井若菜)から、入院中も退院後も文哉は何も変わっていないと知らされる。一方、文哉が働く農場では新たな犯行んでいた。(#7 演出:並木道子)
  • 農場の娘(佐藤江梨子)に致命的な重症を負わせて逃げた文哉は双葉を探すうち洋貴の母と激突する。(#8 演出:宮本理江子)
  • 文哉は遠山家に戻ると、生母は兄妹の眼の前で自殺したと明かす。追いついた洋貴は文哉と激突するが、逆に叩きのめされる。すべてに決着をつけるため、双葉は兄を追って生母の生まれ故郷・因島へ向かう。(#9 演出:永山耕三
  • 因島で文哉は自殺を図るが、洋貴たちに救命される。復讐心を捨てた洋貴の問いかけも上の空で、心のない文哉に双葉は激しく殴りかかる。(#10 演出:宮本理江子)
  • 双葉は農場で文哉が起こした事件の被害者の娘を育てると言い、一度だけデートをすると、二人の間の宿命的な溝を再認識し、洋貴のもとを去る。文哉は母親の写真だけに反応し涙を流す。ひと夏の間、激しく交錯した加害者家族も被害者家族は、みなそれぞれの希望を求めて、それでも日常を生き続ける。(#11 演出:永山耕三

後半の感想

■#5で母親の大竹しのぶが事件に再び向き合うことを決意して瑛太と暮らし始める大展開から、後半は一気にドラマが加速する。あわせて、犯人の心理と再犯の可能性について深堀りが始まり、ひやひやするサスペンスが本格的に動き出すので、連続ドラマとしては上出来。そのなかで、瑛太満島ひかりの掛け合いは恋愛要素ではなく、微妙に間抜けで楽しげな会話がかわされ、#6のカラオケボックスの場面など、坂元裕二節が冴える。同回の遠山家と深見家の対面場面も、極め付き深刻な重い場面なのに、日常性というコミカル要素を混ぜ込む話術も独壇場。#9でついに文哉と対面して話し合うことができたクライマックスの場面も、菅原大吉を挟んで、深刻劇を相対化してみせる。その日常性こそ作者が狙うリアリティで、どんな大事件や事故が起きても、ご飯の心配はするし、お茶出さないといけないのだ。

至芸!ユニークな作劇と配役の奇跡的な化学反応

■加害者と被害者の家族が愛し合うメロドラマは昔からの定番で、成瀬の『乱れ雲』なんて傑作だったけど、本作はそうした定番のストーリーラインを踏襲しながらも、巧みに定番の台詞を回避して、オリジナルの台詞として語ろうとする。その強靭な意思とテクニックが最期まで途切れない。

瑛太満島ひかりのメロドラマ部分は、いくらでもメロメロに作劇できる部分だけど、むしろロマンス性は最小限で、ちょっとズレた日常会話として構築される。そこは坂元裕二話法が冴えるところだけど、まあ瑛太満島ひかりの掛け合いのニュアンスの面白さたるや。特に満島ひかりの生々しさは、なかなか誰も真似できない。しかも当時他の仕事3本と掛け持ちで収録していたらしい。双葉ちゃんは、回を追うごとに追い込まれて、この世界に居場所がないくらいに追い詰められるので、いくらなんでも勘弁してあげて!と視聴者も叫んだと思うけど、本人もこれ以上背負えないです!とこぼしたそう。瑛太の台詞も、後の『最高の離婚』では完全にコメディとして書かれて、リアルさよりも過剰な饒舌志向になる。

少年Aがそこに生きている

■驚いたのは少年Aこと文哉の人間像が相当高度なレベルで出来上がっていることで、風間俊介という人はほとんど初めて観たけど、すごい演技派。作者の坂元裕二も彼の演技を観て逆に人間像が掴めた部分があると述べている。実際そうだろうと思う。あんな役柄は脚本だけで書き込めるものではない。#9で、瑛太は、人間の身体のどこに「心」はあるのか?という子供の頃の疑問に、「心」は好きになった人からもらうものだと思うと述べる。最終回でサイコパスな文哉は唯一愛して捨てられた生母の写真に、はじめて涙を流す。「心」がないように見える文哉だが、母を愛したという最後の一点で、まだ「心」が残っているのかもしれない、そこに更生の糸口が残されたのではないか。というあたりの構築の工夫は秀逸だし、よくそこまでテーマを追い詰めたと思う。

■当然ながら視聴率は低かったらしく、初回こそ拡大版だったが、最終回は拡大版ではない。DVDはディレクターズ・カット版になっていて、ときどき長い。#5なんて10分くらい長くて、ラストの大竹しのぶ大芝居は約12分に及び、たぶん長廻しの撮影(カットは割るけど)で、本放送では短縮されたのではないか。

■思いっきり深刻で、重くて暗くて辛い、誰も幸せにならないお話を、よくもこんなにユニークな料理の仕方があったものだと感心するやら、驚くやら。復讐活劇でもあり、犯罪サスペンスでもあり、微妙なコメディでもあるという離れ業は、まさに至芸の域で、驚嘆しました。確かにこんなドラマは他の誰にも書けないから、坂元裕二はテレビドラマ界の大作家に伍したわけですね。

坂元裕二のインタビュー記事を発見

■小説家の我孫子武丸が本作に感激して坂元裕二にインタビューを行っているけど、非常に有意義な記事なので紹介しておきます。#5のあの長台詞を大竹しのぶはしれっと演じてあっさり帰っていくそうです。まあ、想像通りだけど、間違いなく化け物です。

■それにこんな一節があります。

“非日常の中に生きながらまだ日常に引っ張られる”っていうのはAVの話から始まって全編通してやりたかったことです。それはリアリティの追求というよりは、こんなこと(殺人事件)があっても生活から離れられない人間の面白味というか、そういうものを積み重ねていったらベタじゃなくなったというか。ベタというものはいかに非日常的なものなのかっていうのは書いてて感じたことですけどね。

■また、こんな種明かしもあります。なるほど、そうやって書かれているわけですね。むかしは「伏線」なるものは、文字通りそれとなくわからないようにさりげなく置いておくものなので、基本的に印象に残ってはいけないものだとされましたが、近年では「伏線」の定義が変化してますね。

坂元 連ドラの場合、とにかく最初は種をたくさん蒔いておくんですよ。後から拾えるモノもあるし拾えないモノも出てきますが、とにかくたくさん種を蒔いておけば、「あぁ、あれがあった!」と思って回収すると結果的にそれが伏線になるという。とにかく印象的なシーン、印象的な台詞、印象的なアイテムを書くことが自然と伏線になっていくんです。

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