中平康の監督デビュー作は完全にヒッチコックだった『狙われた男』

基本情報

狙われた男 ★★★
1956 スタンダードサイズ 68分 @アマプラ
企画:水の江瀧子 脚本:新藤兼人 撮影:中尾駿一郎 照明:吉田協佐 美術:松山崇 音楽:小杉太一郎 監督:中平康

感想

■古い町並みの残る銀座の路地の一角で美容院マダム殺人事件が起こる。殺人の前科がある若者(牧真介)が町内で噂にのぼり、彼は悔しさから真犯人探しを始めるが。。。

新藤兼人のオリジナル脚本で、らしいといえばらしい、非常にシンプルなスッキリした脚本。いわゆるミステリージャンルだけど、トリックが云々というお話ではなく、サスペンスにまとめる。その中で、前非を悔いて更生した者に対する冷ややかな世間の偏見の目を批判的に描く。テーマ性はそこにあるけど、それほど深く探求はされない。でも、演出的にサスペンスとしてかなりよくできているので中平康の株は大いに上がった。というか、監督デビュー作なので、大型新人と認識された。

■でも劇場公開は次作の『狂った果実』が先になり、大ヒットするし、世界的な高評価を叩き出す。それに比べると本作はそもそも大きな狙いを持った映画ではなく、あくまで監督としての資質を探るための小品だけど、驚くのはヒッチコックをかなり忠実にコピーしていること。それも、あざとさがなくて、非常に自然だし全体の流れの中で浮いていない。非常に巧妙なやりかただと思う。

■低予算なので配役はノンスターで地味だけど、美術装置は妙に豪華で、銀座の片隅の町並みの一角をまるまる撮影所のオープンセットに組んで、縦横無尽に撮影する。なんとも贅沢な時代だ。刑事役の内藤武敏は完全にハリウッド映画のダンディー探偵スタイルで、妙にかっこいいけど、神社新聞の社長が浜村純なんだけど変な長髪のかつらを着けて、完全にコメディ路線。そもそも浜村純て、長髪のかつらが全く似合わない人で、ときどきかつらやヒゲで出てくるけど浮きまくり、コメディにしかならない。その究極が『大怪獣ガメラ』の博士役で、至って真面目に演じるけど完全に漫画だった。

■撮影はなぜか中尾駿一郎だけど、ハリウッド映画を完全コピーしましたて感じのノワール撮影。当然『裏窓』も見事に翻案してみせる。ビルから降りてきて、道路を渡って、向かいのビルをのぼる様子を長廻しで捉えたり、もうヒッチコック好きを隠そうとしない。まあ、中平康ヒッチコック好きを公言していたけど、邦画界では当時珍しいよね。(当時はわりと軽視されていたはず)ただ、テーマ的には軽いので、白眉は『密会』だと思う。あれはヒッチコックの技巧を借りて、本家を超えたと思う。


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