友和とアリスとティナの無駄遣い!嫌いじゃないけど残念なSFサスペンス『AI崩壊』

基本情報

AI崩壊 ★★☆
2020 スコープサイズ 131分 @アマプラ
企画:北島直明 脚本:入江悠 撮影:阿藤正一 照明:市川徳充 美術:小島伸介 音楽:横山克 VFXスーパーバイザー:赤羽智史 編集:今井剛 監督:入江悠

感想

■近未来の日本、桐生(大沢たかお)が開発した汎用型AIが突如機能停止し、日本は機能不全に陥る。誰がマルウェアを仕組んだのか?警察のAIシステム百目は、たまたま日本に帰国していた桐生が犯人と断定する。しかも桐生の娘がAIのぞみの氷点下のサーバー室に閉じ込められ死のカウントダウンが始まる。桐生の孤独な逃亡劇が始まった。真犯人は誰か?娘は救出できるのか?

■という近未来SFサスペンスで、近年韓国映画では強烈なサスペンス映画の傑作が大量生産されているので日本映画も頑張ってほしいところなので、応援する気持ちで観ましたよ。それなりに話題になっていたけど、コロナ禍で劇場では観られなかったのでね。しかも入江悠の完全オリジナル作品。ひょっとして良いんじゃないの?と。

■いやじっさい悪くはないですよ。オーソドックスに構築されているし、演出のリアリティはさすがに見せる。特に編集が今井剛なので、さすがに上手い。半分くらいは演出よりも編集の功績だと思う。真剣に。ちなみに、今井剛は『るろうに剣心』『キングダム』『GO』『春の雪』『映画大好きポンポさん』とか、近年の話題作、大作の編集をことごとく手がけるすごい人。今調べて知ったけど、これ凄い人だなあ。最新作は『沈黙の艦隊』と『リボルバー・リリー』って、どんな人だよ?

■ただし、正直なところ脚本はこのジャンルに強い専任脚本家とかSF作家とかを入れたほうが良かったよね。それこそ伊藤和典とか櫻井武晴で良かったのに!真犯人は全く意外性もないしなあ。韓国映画やハリウッド映画ならさすがにもう少し撚るだろうね。でも、AIのぞみのデザインワークとか巨大なサーバー室の映像表現なども意外によくできていて、VFXは地味な仕事をよくこなしていると思うぞ。あれがダサいと目も当てられないからね。そのあたりは日本映画も最近うまくなったよね。

■配役も豪華だけど、三浦友和広瀬アリスステロタイプな脇役だし、玉城ティナもまったく魅力のない脇役だし、もったいないことこの上ない。みんなすごくできる人なのに。特に女優の撮り方が下手なんじゃないかな、とは感じた。一方で超重要な役が賀来賢人とか岩田剛典とか、観に来るおじさんおばさんには誰それ?状態。もちろん、筆者にとっても同様だぞ。正直、見分けがつかないぞ!芦名星も老けたなあ、とか。ここにも高嶋政宏がいるよ!とか。瞬殺される首相役の余貴美子など、贅沢というか無駄遣いというか。。。一方で、岡部たかしが『エルピス』と同じ感じで登場したり、螢雪次朗がなぜか超重要な役どころで登場したり、妙な味があって楽しいけどね。実際、螢雪次朗は、とても良かったよね。なにしろ制作会社は(個人的に謎の多い)クレデウスなのだ。

■そうそう、こうした近未来科学フィクションは日本では「科捜研の女」が先駆者なので、「科捜研の女」のフォーマットの中でやるのが正解な気がする。沢口靖子VS大沢たかお、でいいじゃないか。いやその方が燃える!「科捜研の女」って、時々先鋭的な尖った話を作るからね。絶対、その方がよかったよ。


参考

今井剛は、いま日本一の編集技師じゃないのか?アクション大作は全部担当してます!
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4Kリマスター版で観る『地球防衛軍』(2周目@「午前十時の映画祭13」)

基本情報

地球防衛軍 ★★★
1957 スコープサイズ 88分 @高槻アレックスシネマ

感想

■「午前十時の映画祭13」で4K版「地球防衛軍」がついに公開されました。京都の場合は、Bグループに属し、京都シネマでかかるのでスクリーンが小さく、どうも東宝特撮を観る環境ではないので、高槻アレックスシネマで鑑賞しました。プレミアスクリーンで観やすくて上々でしたが、料金が1500円(!)になっていて驚きました。昔は1000円で観られたのになあ。。。浦島太郎の気分です。

■画質はさすがにニュープリントよりも綺麗で、なにしろナイトシーンが東宝らしく見やすい明るめの設計になっているのが美点。ナイトシーンはいわゆる疑似夜景で撮られているようだけど、その潰し具合の絶妙さも確認しやすい。明るすぎず、暗すぎずの塩梅ですね。発色で特に秀逸なのは、ジェット戦闘機の場面で、自衛隊機を撮影した実写とミニチュアショットの青空の質感が変わらないこと。これは驚いた。それに、空中で炸裂する弾着の閃光の鮮やかさにも感動した。炸裂する閃光と、立地な黒煙のコントラストの階調の広さ、生々しさは、さすがに4Kの威力だろう。ミステリアンのドーム基地に炸裂する弾着の火薬の火花も綺麗に再現され、質感が上がっている。このあたりの火薬効果は正直昨今のミニチュア特撮よりも秀逸で、なんであの綺麗に四散する火花が再現できないのか不思議に感じる。(ハリウッド映画では定番だけど)

■モゲラの出現に対して最初は消防車の放水で対抗するしかないけど、次には防衛軍の通常兵器が出動、さらにα号、β号、最終的にマーカライトファープとα号(電子砲搭載)、第二β号の投入と、段階を踏んでエスカレートする一大攻防戦は燃えるし、突如出現して進撃するモゲラに対して、「この鉄橋が防衛線です!早く渡ってください!」とか突然言われる地元避難民の心細さは想像するに余りある。そのあたりも本多演出はドキュメンタルに淡々と描く。欲を言えば、狼狽する避難民の点描が欲しかったところ。静かな戦場だ、本当に戦闘は始まっているんだろうかと呑気に言ってると、あっという間に猛爆撃の轟音と爆風に包まれる避難壕の場面などもリアルで秀逸な演出。このあたりの重厚さは東宝ならでは。

■ただ、今回改めて観ると、ドラマの薄さがどうしても気になりますね。ホントに骨組みしかないのね。平田昭彦の印象が薄いのも、登場場面が少ないし、彼の変心(改心?)のプロセスが随分簡単なせいだ。特に女性の描き方はかなり杜撰というか、完全にお飾りというか道具立てにしか見えない。でもそうした見方はミステリアンの女性観にも通底していて、彼等は種の保存、繁殖のため(だけ)に人間の女性を求め、拉致する。最近、この時代の日本映画をいろいろと観ていると、今観ても古く感じないくらいにリアルな女性像が描かれているので、これはさすがに拙いなあと感じてしまった次第。なんといっても子ども映画だし仕方ないんだけど、東宝特撮映画も後年、ちゃんとリアルな自我のある女性像を描きはじめるので、木村武(馬渕薫)もまだまだ言われたことを忠実にこなす段階だったのだろうね。

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肌に墨はうてても、心に墨をうつことはできない!シリーズ第二作の傑作『緋牡丹博徒 一宿一飯』

基本情報

緋牡丹博徒 一宿一飯 ★★★☆
1968 スコープサイズ 95分 @DVD
企画:俊藤浩滋日下部五朗 脚本:野上龍雄鈴木則文 撮影:古谷伸 照明:増田悦章 美術:石原昭 音楽:渡辺岳夫 監督:鈴木則文

感想

■緋牡丹博徒シリーズ第2弾。明治の中頃の上州富岡を舞台に、おなじみお竜さんが、弱小製糸業者から借用証書を巻き上げて悪徳製糸工場を仕切る悪いヤクザ(天津敏)をぶった斬る!

■『あゝ野麦峠』の世界にお竜さんが参上して悪い資本家≒経済やくざをぶち殺す痛快編。東映ならではの豪快な割り切り方。欲を言えば、女工哀史の部分を組み込めばいいのに、それは1シーンくらいで、むしろお竜さんと対抗する女壺振り(白木マリ)とその不能の旦那(西村晃)の因果な純愛の世界を強引にねじ込むあたりが、いかにも東映だし、野上龍雄ってことかな。兄貴の女を寝取ったばかりに、報復で不能にされた男と、イカサマばかりの自分の稼業だけど、このひとだけは本物なんだと添い遂げる女の因果な夫婦の純な愛情(泣かせる!)が脇筋としてさらりと描かれて、名台詞として有名な以下の台詞と響き合う構成。とことん大人の世界で、憎いね!

■天津敏に汚されたまちさん(城野ゆき)にお竜さんが語りかける名場面で、藤純子の名演技。

「見ておくんなっせ。女だてらに、こぎゃんもんば背負って生きとっとよ。
 じゃけん、あたしにゃ、まちさんの気持ちは、ようわかりますばい。
 女と生まれ、ひとを本当に好きになったとき、一番苦しむのは、この汚してしもうた肌ですけんね。
 消えんとよ、もう一生・・・
 じゃけん、からだじゃなかつよ。ひとを好きになるのは、心。
 肌に墨はうてても、心にゃ誰も墨をうつことはできんとです」

しかもこの台詞はもともとなくて、藤純子が入れ墨をいやがったので、納得させるために追加したという経緯がある。野上龍雄砂川闘争のスローガン「土地に杭は打たれても、心に杭は打たれない」を思い出して、この台詞を書いたそう。こんな台詞書かれると、役者としてはゴネる余地がなくなるというもの。これぞ舞台裏の真剣勝負。

■文字どおりの弱きを助け強きを挫く古典的な任侠の人で”七人殺し”の流れ者を鶴田浩二が演じて、過不足がない。同時期の東京撮影所の映画は美術装置がベニア板で作ってあったりしてグダグダなのに、京都撮影所はまだかなりリッチ。もちろん大映映画のようにはいかないが、意外にも質感が高いので感心した。霧雨の夜に襲撃されるシーンなど、見事な情感で、見事な美術装置。東映京都舐めてました。ひどかったのは東京撮影所の方ですね。



女だてらに心は侠客!馬賊芸者と呼ばれた女『日本女侠伝 侠客芸者』

基本情報

日本女侠伝 侠客芸者 ★★★
1969 スコープサイズ 99分 @DVD
企画:俊藤浩滋、日下部五郎 脚本:野上龍雄 撮影:鈴木重平 照明:井上耕二 美術:雨森義允 音楽:木下忠司 監督:山下耕作

感想

■明治から大正にかけての時代、北九州地方では石炭産業が繁栄し、博多の芸者たちは馬賊芸者として恐れられた。女侠芸者(?)信次(藤純子)は炭鉱主(ではなく納屋頭という坑夫たちを束ねる役職らしい)の島田(高倉健)と知り合うと、全九州の炭鉱を併合しようとする大資本家の大須賀(金子信雄)と対立してゆく。だが、島田には許嫁があった。さらに大須賀たちの横暴に端を発して芸者たちは全面ストを決行する。。。

■緋牡丹博徒シリーズが終了したので新シリーズとして企画された日本女侠伝の第1作。脚本は野上龍雄が書き、殖産興業時代の炭鉱労働を巡る社会派映画的な要素が多めになっている。そして藤純子高倉健のロマンスが独特の情感で描かれる。わたしにだって棘はたくさん刺さってます、の台詞のあたりが野上龍雄テイストだろうなあ。カタギの許嫁があることを知って身を引く覚悟で大須賀に身を投げ出す場面に、健さんが現れて、これは俺の女だ、連れて帰るぜ!と啖呵を切る見せ場も、定番ながら鮮やか。

■ただし、社会的背景の部分はこの時期の東映任侠映画の場合、どうしても道具立てになりがちで、同時期に東京撮影所で佐藤純彌などがガリガリ撮っていた現代ヤクザ映画のリアリティやシリアスさには敵わない。なにしろ、炭鉱を巡る謀略と、料亭の芸者たちの人間関係と、純子&健の純愛を描かないといけないので、表面をなぞるだけになるのはやむを得ないけど。それにしても、若いのに藤純子の貫禄とスクリーン映えは異常なレベル。映画の神に呼ばれた女。


参考

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女侠と言えば、中原早苗だよね!おんな国定忠治と呼ばれる、曲がったことの大嫌いな女子大生なのだ!「うるせえぞ、ロッキード!」は名台詞。
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お殿様は酒乱!内田吐夢が戦争責任を追求するハード時代劇『血槍富士』

基本情報

血槍富士 ★★★☆
1955 スタンダードサイズ 94分 @NHKBS
企画:マキノ満男、玉木潤一郎 企画協力:伊藤大輔小津安二郎清水宏 原作:井上金太郎 脚色:八尋不二、民門敏雄 脚本:三村伸太郎 撮影:吉田貞治 照明:中山治雄 美術:鈴木俊孝 音楽:小杉太一郎 監督:内田吐夢

感想

■江戸へ登る若様(島田照夫)には酒乱の悪癖があったので、お供の槍持ち奴(片岡千恵蔵)は気が気じゃない。道中で同宿した父娘が娘を苦界に沈めようとしていることを知ると、若様は伝来の名槍を金に変えようと考えるが、偽物と鑑定される。。。

満映終戦を迎え、中国に残留していた内田吐夢の戦後復帰作で、以前に一度観ているが、すっかり後半を忘れていた。改めて観ると、終盤でテーマ性が明確になって、思いの外感動することに。

■道中を庶民と一緒に旅する設定で、若様が互いに助けあいながら生きている庶民の生活ぶりに触れて、それに比べて武家社会の虚妄ぶりを認識するというお話が自然と腑に落ちる。名槍と言われた槍は偽物で値がつかないし、家来の槍持ちの立てた手柄は、主人の手柄として顕彰される。では主人の手柄は主君の手柄なのか?では主君の手柄は誰の手柄なのか?と考え始めると、いやでも封建制社会の砂上の楼閣に似た論理の虚妄に気づくことになる。

■そんな若殿を演じるのが島田照夫という人で、いまいち演技的に深みが足りないのが残念なところで、もう少し良い役者ならもっとテーマが強調されただろう。人は良いんだけど酒乱で、とにかく酒だけは飲ませるなという言いつけが劇的なサスペンスを生むし、実際そんな残念な人は身近にいるので、リアルそのもの。終盤には、とうとう居酒屋で些細なことから武士同志の乱闘が始まることに。

■最後に小杉太一郎の諧謔的な音楽に海ゆかばが次第にフェードインしてせり上がってゆく演出は映画史的に伝説的な場面だけど、すっかり忘れていたので、新鮮な気持ちで感動しましたよ。家臣の手柄が主人の手柄になり、主人の手柄は君主の手柄になるのなら、そんな封建的な社会制度の成れの果てに経験した大戦争の、その失敗の責任はいったい最終的に誰のものなのか?と言外に問いかける内田吐夢の攻めた姿勢は大胆不敵だ。これが時代劇の醍醐味というものだし、とにかく「映画づくり大好き人間」の結集した東映の自由さと懐の深さというものだ。この若様の姿には、内田吐夢満映で仕えた甘粕理事長の姿が仮託されている気もするなあ。根はいい人なんだけど、どこかに変なスイッチがあって、そこだけは触ってはいけないという危うい感じの人。

■といったテーマ性も凄いけど、道中の庶民の描写がさらりと冴えていて、千恵蔵といい感じになる女旅芸人の母娘の交流とか、腹に一物含んだ雰囲気でこっそり大金を運ぶ月形龍之介のエピソードとか、槍持ちに素朴に憧れる少年(千恵蔵の実子)の文字どおり裸一貫で飛び出してきた心もとなさとかに痺れるなあ。

■いいな、槍持ちなんかになるんじゃないぞ。千恵蔵は実の息子にそう告げて(教示して)故郷へ向かう。主人の仇討ちはしたけれど、この心の虚しさはなんだろう。死ぬべき理由の無い者たちがまた無為に命を落としてしまった。故郷へ向かうその道筋には、同じように無数の水漬く屍、草生す屍が眠っているに違いないのだ。


春秋戦国の中国にヤンキーが殴り込み!でも東映じゃなくて立派な東宝映画!『キングダム』

基本情報

キングダム ★★★
2019 スコープサイズ 134分 @アマプラ
原作:原泰久 脚本:黒岩勉佐藤信介、原泰久 撮影監督:河津太郎 撮影:島秀樹 ガファー:小林仁 美術監督:斎藤岩男 美術:瀬下幸治 アクション監督:下村勇二 VFXスーパーバイザー:神谷誠小坂一順 音楽:やまだ豊 監督:佐藤信

感想

■ヒット漫画の映画化で、春秋戦国時代の中国で、奴隷の少年が秦国の大将軍を目指すお話。弟の反乱で玉座を追われた秦始皇帝(の若い頃)の身代わりとして親友を殺された主人公信(山崎賢人)は未来の始皇帝吉沢亮)と対立しながらその「中華統一」の理念に惹かれてゆく。まずは弟から王都を奪取するために、400年前に断絶した「山の民」の軍勢の協力を得ると、宮殿奪取計画を練る。。。

■正直なところ、こうした大規模な中華アクションはすでにたくさん作られていて新味がないし、VFXが頑張ってもだいたいどんなビジュアルが展開されるかも想像できるので、全く食指が動かなかったのだが、ちゃんと面白く観られるウェルメイドな活劇になっているのはさすがですね。いまや日本映画の大作漫画映画請負人、佐藤信介の貫禄を感じます。でも、中国が作っても、ハリウッドが作っても、主人公はヤンキーにはならなかったでしょうね。そこがユニーク、というか、日本人はどんだけヤンキーが好きなのか?という話です。(日本人はなぜヤンキーが好きなのか?誰か研究して!)なので、本来なら東映が作ればいいのだが、完全に東宝映画テイストになってます。監督は黒澤明を意識するし、配役は東宝芸能から高嶋政宏長澤まさみを供出します。どや、立派な東宝映画だろ!普通なら、いまどきワイプなんて技法使いませんからね!でも、黒澤明といよりも、稲垣浩の香りがするなあ。いい意味で。

■お話も、もっと複雑なものかと思いきや、非常にシンプルで、悪くない。そもそも中国人の名前を音で区別するのも難題だけど、そこは混乱しないように最低限の配慮はしてある。VFXもアクション演出もどこかで観たような趣向だし、主人公の言動なんて、それこそ日本のアニメやトクサツで何千回も観たような話ですが、そのつもりで観れば悪くない。真面目に時代劇、歴史劇として観ると噴飯ものだけど、漫画原作、しかもジャンプ系なので、そのつもりで観る前提ですよ。

■なんだか、「山の民」てみんな大好きなようで、ここでも便利に使われているけど、要はかつての「サンカ」妄想の援用。もちろん中国なので「サンカ」とは呼ばないけど、やっていることは同じで、違う言語を話す異民族あるいは少数民族で、特異な身体能力を持っていて、女は肉感的な妖婦である被差別民という、まさに「サンカ」幻想。それこそ「サンカ」の娘といえば昔は根岸明美が演じた(1954年『魔子恐るべし』)けど、いまは長澤まさみが演じるという、数十年間の東宝映画史が透けて見える配役の妙も、非常に含蓄が深い。そんなこと気にするのはうちくらいで、どこの映画雑誌にも書いてませんけどね!

■でも、東映はこの企画を東宝にとられたのは悔しかったんじゃないかな。完全に東映のお得意な世界観なので、中国ロケはもちろんありとして、ぜひ京都撮影所で撮りたかったよね!というか撮ってほしかった!となれば、脇の配役も変わって、東映系の時代劇キャリアの人にお願いしたいところで、石橋蓮司はやっぱり登場するだろうけど、本田博太郎も出ていたはず!でも、もう年代的に重鎮の役者がいなくなってるから辛いところだなあ。。。


文芸映画だけど、芦川いづみのアイドル映画じゃないか!『風船』

基本情報

風船 ★★★☆
1956 スタンダードサイズ 110分 @アマプラ
企画:山本武 原作:大佛次郎 脚本:川島雄三今村昌平 撮影:高村倉太郎 照明:大西美津男 美術:中村公彦 音楽:黛敏郎 特殊撮影:日活特殊技術部 監督:川島雄三

感想

■カメラメーカーの社長村上家では、未婚の長男(三橋達也)が戦争未亡人久美子(新珠三千代)を囲って素行が悪い。妹珠子(芦川いづみ)は小児麻痺の後遺症で障害があるけど、しっかりと自分の意志で外の世界に挑もうとしている。珠子は久美子を訪ねて親しんでゆくが、兄はクラブ歌手(北原三枝)にも気を引かれ、久美子は自殺を図るが。。。

■というお話だけど、かなり複雑なプロットになっていて、このお話はどこに着地するのか見当がつかないなあと思っていると、終盤綺麗に回収するからさすがにレベルが高い。お父さん(森雅之)のセカンドライフの話と、多すぎるお金が人間を腐らせた実例としての長男の素行不良と、障害がある娘の自立へ向けて一歩を踏み出すエピソードが綺麗に整理される。そこに、親戚の都筑(二本柳寛)という男の戦中戦後の屈折した人生と野心あるクラブ歌手との腐れ縁が絡んで、ホントに複雑なんだけど、最終的にスルッと腑に落ちる。

■この時代、会社の定年は50歳とか55歳のはずなので、森雅之は社長なのでまだ現役だけど、すでに平均余命を意識する年代で、リタイアには決して遅くないタイミング。そのなかで、昔馴染んだ京都で、画家としてのキャリアを再び深耕してみたいと願う。そこには昔なじみの娘がいて、左幸子が登場するというオールスター映画。この京都シーンはロケとステージ撮影と作画合成が多用される。封切りは2月で、盆踊りの夜のシーンで息が白いので、撮影の苦労が察せられる。あの盆踊りシーンはまるまる真冬に撮影したらしいぞ!

■都筑という胡散臭い謎の男を二本柳寛がうまく演じていて、戦中も戦後の時流に乗って上手に世渡りをしているようだけど、生き方に芯のない風船のような男。でも女にはもてて、北原三枝パトロン。でありながら、久美子のような女があったら俺の人生も変わっていただろうなんて述懐する。北原三枝も結構いろんな役を演じていて、この役は相当無理があるけど、頑張ってますよね。さすがに歌は吹き替えでしょうけど。

■で、最終的に芦川いづみがアイドル映画的にすべてをさらって持っていくから凄いんだけど、監督の川島雄三も明確にそう仕組んでいる。すでに遺伝的な要因による筋委縮の宿痾が発症していた時期、明らかにそれを意識した演出だろう。いま観ると、障害者純粋幻想のステロタイプに感じられるけど、なにしろ作劇がうまく仕組まれているので、ラストの盆踊りシーンは素直に感動しますよ。黛敏郎の音楽も妙に素直にハリウッドテイストのきれいな曲想。川島雄三の映画のなかでは、かなり素直なタイプの映画で、万人受けする作品ですよね。いや、芦川いづみが良すぎるので、名作かも。


吉永小百合版『あゝ野麦峠』製作中止事件とは何だったのか(2/3)

■幻に終わった吉永小百合主演の映画『あゝ野麦峠』の製作中止事件の背景を探る記事の第二弾です。第一弾は以下の通り以前に記事にしたところです。
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■今回は、八木保太郎の書いた脚本(初稿)が読めたので、その概要を紹介しましょう。そもそも吉永小百合主演、内田吐夢監督による『あゝ野麦峠』とはどんな映画になる想定だったのでしょうか。そのイメージが掴めると思います。

シナリオ初稿を読む:物語の概要

■では八木保太郎が書いた第一稿とはどんなものだったのでしょうか。ちゃんと当時のキネマ旬報(1969年12月上旬号 No.511)に載っているので、読むことができます。大方、以下のような物語です。

■大正の終わり頃、諏訪湖畔にある丸市製糸の女工のお話です。まず工場での製糸工場の労働の実態が描かれ、その後、正月を迎えるために雪の野麦峠を越える命がけの帰省が描かれる。故郷の村の暮らしの貧しさが描かれ、工場に復帰するまでが前半。

■後半は、工場に戻った女工たちの間から組合運動が勃発して争議団が組織され、ストを打つが、会社側の切り崩しや警察の弾圧があり、櫛の歯が抜けるように仲間が脱落してゆき、一時休戦という敗北を余儀なくされる。全178シーンのかなりの長編映画で、自然発生的な、素朴な労働争議とその挫折を、ときに重厚に、ときに叙情的に描こうとしたものだとわかります。

シナリオ初稿を読む:所感

■基本的に女工たちの群像劇だが、主役はユリという女工で、これが吉永小百合に充てられた役。ユリと恋愛関係になる佐藤という男があり、思想的メンターでもあります。日活映画ではこうした役をコンビの浜田光夫が演じたりしたものですが、さすがに自主製作なので別の配役(たぶん劇団民藝の若手)が検討されていたのでしょう。冒頭とラストに登場する野麦峠の”ババさ”は、どう考えても北林谷栄のアテ書きだと思われます。たぶんみんなそう感じるでしょう。

■ただ、女工の群像劇にしても個々のエピソードに目新しさがないし、ドラマ的に粒だったものでなく、労働争議をめぐる動きにも山本薩夫の映画のような組織と個の相克といったダイナミックな面白さは感じられません。主役のユリは争議団の一員として街角で呼びかけ、最終的には争議団本部で以下のように一時休戦の敗北宣言を行うことになるのですが、それもどうも中途半端な印象。

「丸市製糸争議団声明書ー。私どもは十八日間の努力も空しく、ついに一時休戦のやむなきにいたりました」(以下略)

■そして、ラストのナレーションが、

「物語りを終るに当たって、当時のある新聞社の社説の一部を紹介しておこうー工女たちは、資本家との悪戦苦闘の末、ひとまず敗れた。とは言え、彼女たちは、彼等の手から繰り出される美しい糸よりも、自分たちが、はるかに尊い存在であることを知ったのである。そして、歴史がその足をとめない限り、退いた彼女たちは永遠に眠ることをしないだろうー」

というのも、実に分かりやすいとはいえ、どうも単純すぎる気がします。あくまで初稿なので、内田監督と話し合って焦点を絞り込んで煮詰めてゆくための叩き台のような気がするシナリオだし、全体の印象としては、独立プロ全盛期のモノクロ映画という感じ。そもそも内田吐夢がこの時期にそんなプロパガンダ的な映画を素直に撮るだろうかとも感じます。端的にいって、後に山本薩夫が撮った『あゝ野麦峠』のほうがドラマとしてえげつなく面白くできていたし、役者の芝居の見せ場も際立っていましたね。

細山スタジオでのいざこざ

■一方で、この映画を撮影するために準備されていた川崎市の細山スタジオは、後に東映生田スタジオとして有名になりますが、もともとは農地の地主が土地の有効活用のために撮影スタジを建設したものです。

■ところが当時の「商起」という有限会社の某氏がスタジオを私物化、スタジオの土地所有者の間で所有権に関してトラブルが起こり、それが吉永小百合版『あゝ野麦峠』の頓挫の原因ではないかとか、その某氏が同映画の製作費の管理も行っていて、ギャラの取り分で仲間割れを起こして映画が挫折したなどの説もあるようです。

■某氏が細山スタジオ建設の建築提案から施工まで行った初期の関係者であったことは間違いないようですが、吉永小百合版『あゝ野麦峠』の製作関係者だったという確証は全くありません。ただ、そもそも吉永小百合版『あゝ野麦峠』の製作担当者は日活、民芸映画社系列の人でしょうから、どんなツテで細山スタジオを知ったのかは興味深いところですが、不明です。まあ、日活調布撮影所から地理的に近いので映画業界のツテで容易に辿り着きそうには思いますが。

■第一弾の記事で触れた通り、製作費云々以前に吉永プロ側で脚本内容に関するコンセンサスがなく、脚本家との連携もとれず、すり合わせもできないような状態だったので、それ以前の状態で瓦解したように見えますが、今回はここまで。第三弾では、プロジェクトの瓦解した理由について妄想の翼をひろげて、ぐいぐいと憶測していきたいと思います。


参考

maricozy.hatenablog.jp

細山スタジオの設立経緯に関する記述は最近出たこの本にも触れられています。

でも、もともとの情報源は以下のサイトのようですね。非常に貴重な情報が公開されています。
taikino1.blog.fc2.com

最終的に山本薩夫が映画化して、大ヒット。実際、えげつない面白さ。吉永小百合は歯噛みしたことだろう。
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登場人物の苦衷が手に取るようにわかるので観ていて辛いドキュメンタリー『はりぼて』

基本情報

はりぼて ★★★
2020 ヴィスタサイズ100分 @アマプラ
音楽:田渕夏海 語り:山根基世 監督:五百旗頭幸男、砂沢智史

感想

■2016年以降発覚した富山市議会自民党議連の政務活動費不正経理事件とその後の辞職ドミノの経緯を地元チューリップテレビの報道素材を元に映画化したドキュメンタリー。

不正経理の手口が原始的すぎて空いた口が塞がらないけど、昭和の時代はどの地方でもこれで通っていたのだろう。白紙の領収書を馴染みの業者からもらっておいて、自由に金額を記入して、政務活動

費を使いきる。昭和の時代では普通にあったことだろう。他の地方ではさすがにそれは通用しないから是正が進んでいたようだが、富山県ではなぜかその古い悪弊が生き残っていたらしい。内部で誰も指摘しなかったのだろう。だめな組織の典型ではある。

■洒落にもなんにもならない議員の辞職ドミノはやむを得ないとはいえ、唖然とするし、議員や議会事務局や役人たちの虚を突かれて間抜けな対応をしている様子が、モザイク無しでそのまま映し出されるし、映画になってしまったので、未来永劫そのまま残ることに。関係者は孫子の代までこの事件に関してあれこれ言われ続けることになったわけで、そこはさすがに過酷すぎると感じるところ。もちろん、その時には然るべき罪を償っているわけだけど、映画の中では悪人として指弾され続けるわけ。ドキュメンタリー映画ってそんなものといえばそうかもしれないが、そこの倫理的な問題は公式にはどんな見解になっているのだろう?

■基本的に偉い人の揚げ足をとるには経理伝票を精査すれば良いというのが定石ではあって、もちろん偉い人はいちいち伝票の内容なんて見ていないので、実際は事務担当者が手掛けているはず。それにしても、事務担当者はこんなことやっていると一発でバレるし、辻褄が合わないし、言い訳できないよねと認識しているはずなので、上から命じられるまま、あるいは前例踏襲で実行しているはずなのだけどね。それは権力者を追い詰めるひとつの便宜的な手法ではあるけど、ほんとにそれでいいのか?とも感じる。税金で飲み食いするなという話にしても、言う方も、やる方もレベルが低すぎて、ちょっと議論のレベル感が違うと感じるところだ。不適切な経理処理など、あくまで便宜的な形式的な問題なので、そこじゃなくて、本丸で追い詰めてもらいたいものだ。

■一方で、自民党市議連を追い詰めた記者たちにチューリップテレビ内でも喧嘩両成敗的な人事が行われ、幕引きを図ろうとする力学が働く。ああ、怖い怖い。まあ、それも含めてテレビ局じたいが映画で明るみにしているから凄いけどね。でもなんというか、観ていてひたすら辛いですね。身につまされるという感じで、全く笑えない。深刻になりすぎないように音楽自体は軽快な音楽を敢えてつけているけど、笑えない、笑えない。笑うに笑えない。


ニュージェネ中間決算!『劇場版ウルトラマンタイガ ニュージェネクライマックス』

基本情報

劇場版ウルトラマンタイガ ニュージェネクライマックス ★★
2020 スコープサイズ 71分 @DVD
脚本:林 壮太郎、中野貴雄 撮影:新井毅 照明:武山弘道 美術:木場太郎 音楽:森悠也 VFX:三輪智章 VFXスーパーバイザー:尾上克郎 監督:市野龍一

感想

■いやもうさすがに大人の鑑賞には耐えない安手な映画で、ニュージェネウルトラマンが勢ぞろいするけど、終始安っぽくてお話も想像を一歩も出ないし、良いところがない。

■基本的にTV版の終了と引き続き映画版の撮影が行われていて、スタッフもメインスタッフが続投だし、予算もテレビ版の2から3本分程度のもの。なので、ミニチュアセットにしても映画ならではの豪華版ではなく、テレビと同等のレベル。平成ウルトラマンの映画版はさすがに予算的にも充実していたけど、昨今はそうも行かない。

■とにかくウルトラマンタイガで退屈の元凶だったトレギアが敵役で、しかもタイガの父であるタロウとの腐れ縁というか、明らかに同性愛的な雰囲気を醸し出すのも意味不明。というか中途半端。やるならもっとちゃんとやろうよ。そういえばトレギアを演じる七瀬公って、尾野真千子にしか見えないんだけど、弟?息子?親戚?関係ないの?どうなってるの?

■たぶん特撮パートは市野監督が撮っていると思うけど、VFXスーパーバイザーが尾上克郎で、職務分担はどうなっているのだろうか?通常、特撮班を立てるなら特技監督の名義になっているところだけど?それにずっと気になっているんだけど、ギンガの根岸拓哉くんが痩せすぎてて、明らかに不健康な感じなので、観ていて心配になるほどなんだけど、大丈夫ですか??ちゃんとご飯食べてます?


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