わが町
1956 スタンダードサイズ 98分
DVD
原作■織田作之助 脚本■八住利雄
撮影■高村倉太郎 照明■大西美津男
美術■中村公彦 音楽■真鍋理一郎
監督■川島雄三
■明治末期、フィリピンの避暑地に開通させるベンゲット道路の出稼ぎ工夫として、死屍累々の地獄のような工事現場で活躍したことからベンゲットのたーやんと呼ばれる男が故郷大阪の河童路地に帰ってきてから太平洋戦争後にプラネタリウムで懐かしの南十字星を眺めながら息を引き取るまでの半生を描いた名作。新国劇の辰巳柳太郎の当たり役となった知る人ぞ知る映画。
■日活の製作なので、演じる役者は皆関東の役者たち(といっても、辰巳柳太郎の出身は兵庫で大阪の商業高校に通っていたらしいし、殿山泰司は神戸生まれ)だが、古き良き下町の浪花情緒をよく表現している。(と思う。)妻と孫娘を南田洋子が演じて、三代に亘る頑固親父に振り回される家族の物語を年代記風に描いているが、それでも100分もかかっていないコンパクトな映画だ。それでいて主人公のたーやんを始め長屋の住人たち(北林谷栄、殿山泰司、小沢昭一等々)の個性がちゃんと際立っている。川島雄三の映画には、ときどき狙いのよくわからないものもあるが、これはストレートに好感の持てる浪花映画だ。
■二役を演じる南田洋子がよく、明治の女と戦後派の娘を対照的に演じ分けて活き活きとしている。売れない落語家の殿山泰司もうらぶれた体裁がリアルだし、不自然に若い明治時代の姿から昭和のばあさん時代まで見事に演じ分けた北林谷栄は、もう凄いというほかない。劇団民藝の底力を見た気がする。
■明治男の心意気が、いかに周囲の家族、特に女たちを不幸にしたかというシリアスなテーマ設定で、それは明治男の意地や心意気が戦争を招き寄せ、人々を戦争に駆り出し、その戦火のなかで女たちがいかに苦労をさせられたかということを含んでおり、孫娘の南田洋子が三代の女たちのなかで初めてそのことをたーやんにぶつけるのが映画のクライマックスになっている。その意味では立派な女性映画でもある。たーやんという愛すべき豪放磊落な人物の陰で、本人の知らぬところで、女たちがいかに泣かされて迷惑を蒙ってきたかということを立体的に描き出すところに、一筋縄ではいかない人間描写の深みが生まれている。