基本情報
自分の穴の中で ★★★☆
1955 スタンダードサイズ 125分 @アマプラ
企画:岩井金男 原作:石川達三 脚本:八木保太郎 撮影:峰重義 照明:三尾三郎 美術:木村威夫 特殊撮影:日活特殊撮影部 音楽:芥川也寸志 監督:内田吐夢
感想
■父親が亡くなって肺病の兄(金子信雄)と義理の母親(月丘夢路)の三人で遺産を取り崩しながら古い家に棲む娘(北原三枝)は自意識過剰気味で、女心を手玉に取ることに長けた青年医師(三國連太郎)を誘いながら、義理の母親と自分を両天秤にかけて弄んでいることを知ると義母を激しくなじる。一方で亡き父が夫にと望んだ純朴な男(宇野重吉)は、彼女から去ることを決意する。
■石川達三の小説がどんなものか知らないけど、いつものようにシビアな人間観察の物語で、三角関係のメロドラマでもあるのだが、それだけにとどまらないのが石川達三の書きっぷりだし、監督の狙いだろう。しかしメロドラマとしても実によくできていて、内田吐夢にこんな作風があることは知らなかった。中国抑留から帰国した内田吐夢の戦後は、戦前からの巨匠として大作を任されていた印象で、『大菩薩峠』『花の吉原百人斬り』『宮本武蔵』『飢餓海峡』の人ってイメージなので、重厚でシリアスで暗い情念の老巨匠ということになる。確かに本作も暗い話だけど、北原三枝の娘心の心理描写が冴えて、実にフレッシュで別人のように見える。このままアイドル映画として翻案すればいいのにと感じるほど。
■多分というか、確実に、ここでの人間関係には敗戦国日本と戦勝国アメリカとの関係が重ね合わされていて、金子信雄は病床で株をやりながら、全部アメリカにやってもらって配当だけ貰えればありがたいんだがと冗談めかして語り、三國連太郎はやっぱり研究成果はアメリカで発表しないとと留学を決意する。冒頭からジェット戦闘機が飛び交い(ここは秀逸なアニメ合成カット)、戦後10年目の目に見えない属国としての日本を要所で思い出させるようになっている。
■だから北原三枝の存在は当時の日本そのもので、アメリカ風な貪婪さと心理操作に長けた三國連太郎、誠実だけど古い日本の郷愁に浸っているジジくさい宇野重吉のどっちも手中にできず、結局はどっちつかずで家は自滅の方向に落ち込んでゆく。戦後期に多かった没落メロドラマとも言えるが、意外と現代的な映画なのだ。
■義理の母を演じるのが月丘夢路で、まだ40歳手前だけど立場上、もう現役引退という自覚があるけど、三國連太郎に口説かれるともちろん悪い気はしないけど、世間体もあるから彼の手のひらをタバコで焼いたりして抵抗するが、心は嫌でもないという複雑な女心をちゃんと演じる。このあたりの大人同士の駆け引きの具合がこの映画の心理ドラマとしての面白みで、内田吐夢にこんな作風があるとは恐れ入った次第。もっとこの路線を追求すればよかったのになあ。まあ『宮本武蔵』も悪くはないけど。
■そういえば、同時期に滝沢英輔も敗戦国日本に対する違和感を主眼とした映画を撮っていたわけで、製作再開した当時の日活では、そうした問題意識が広く共有されていたと考えざるを得ないな。一般の観客がそこに惹かれていたのかどうかは興味深い問題で、むしろ日活の本格的な隆盛は裕次郎の登場による敗戦国としての屈託から飛躍したところに始まったわけで、まあこうしたテーマ設定は当時の流行だったのかもしれない。