火天の城 ★★★☆

火天の城
2009 ヴィスタサイズ 139分
ユナイテッドシネマ大津(SC3)
原作■山本謙一 脚本■横田与志
撮影監督■浜田毅 撮影■朝倉義人 照明■安藤清人
美術監督西岡善信 美術■吉田孝 音楽■岩代太郎
VFX制作■白組 VFXスーパーバイザー■田口健太郎
監督■田中光敏

東映京都撮影所が久しぶりに時代劇映画の本領を発揮した、堂々たる大作映画。製作費は15億円といわれており、「茶々 天涯の貴妃」と比べても制作規模の大きさとVFXによるスケール感は上回っている。しかし、この映画の魅力の本質はそうした商業映画としてのパッケージの構えではなく、演出や映像制作の狙いの”地味さ”加減にある。例えばそのことは、信長(椎名桔平)の登場する屋敷内の場面の異様に暗い照明設計に端的に表れている。

■それはリアルな照明効果の追及であり、おそらくは山田洋次時代劇で示した大映京都系、松竹系の撮影、照明スタッフの示した映像的な完成度に挑戦しようとするものであったはずで、実際、東映京都的で、大映京都的でもない、薄暗さの中に戦国の武士たちの姿をぼんやりと浮かび上がらせようとする意欲的な映像表現となっている。キャメラマンとしては大ベテランで、古くは「マークスの山」や近年では「椿三十郎」「おくりびと」といった作品で流麗かつ重厚な画作りを示してきた浜田毅の新境地といえる荘重なタッチは、劇場の大スクリーンでしか真価を蝕知することはできないだろう。美術は重鎮西岡善信が担当しており、セット撮影は異様なほど重厚だ。(撮影は東映京都撮影所で木曜ミステリー枠のビデオドラマを多く撮っている朝倉義人が担当)浜田毅は今年度の最優秀撮影賞候補だ。

■原作では信長に安土城増築を命じられた宮大工父子のドラマとなっているところを、父母と娘のドラマに変更してしまったところが弱点となっており、西田敏行大竹しのぶは大丈夫として、娘役の福田沙紀はいくら売れっ子とはいえ、棒立ち演技はなんとかならなかったものか。ここは明らかに脚本と(特に)演出の問題だ。他にも弱点は多々あり、指摘すれば切りが無いが、本作は実質的に東映映画(スポンサーはイオン化粧品だが)なので、欠点を言い募るのははなから意味が無い。東映映画はそもそも整合性とか完成度なんて、ケチなものは最初から目指していないからだ。とはいえ、ドラマの密度の薄さは問題だとは思うが。

■物語は信長に安土城増築を命じられる部分、木曾の檜を入手する部分、蛇石を運ぶ部分、親柱を切り詰める部分といったユニットに別れており、それぞれのエピソードがあまり入念に入り組んでいないため、単純な羅列に見えてしまう欠点があり、実際、檜の入手エピソードは作劇、演出ともに薄味で、年長の観客から欠伸が出ていた。正直、そのお爺さんを責める気にはならない。前半の1/3くらいはもっとテンポアップが必要だ。しかし、杣師の棟梁である緒形直人笹野高史に反抗するあたりからやっとドラマが軌道に乗り始め、動かせば神の怒りをかうといわれる蛇石を切り出すサスペンスに至って、やっとおなじみの東映映画らしさが炸裂し、本調子が出る。脇役として何気なく登場する水野美紀が、ちゃんと期待通りの活躍を見せて、活劇好きの溜飲を下げてくれるのだ。アクション演出はあまり褒められたものではないが、蛇石のシーンは白組のVFXの見せ場でもあり、全体的に静的なカットが多い中で、ケレンを発揮できる数少ない場面だ。

■VFXは意外にも白組が担当し、おそらく「茶々」で特撮研究所が細密なミニチュアとCGで大坂城を炎上させたのと差別化を図るための起用であろう。所々に平面的ないかにも絵に描いたようなカットもあるが、建築途上の描写など非常に細密な書き込みとCGによるモブシーンは見ごたえがある。東映らしいケレンよりも地味なリアリティを重視したいい仕事ぶりだ。完成の三年後に焼失したという安土城の炎上シーンは敢えて避けられており、歴史上に名も無き大工や石工を始めとするあまたの職人たちの技と意地の結晶である壮麗な巨城も夢幻のごとくに消え去る無情を、終劇後の余韻として感じさせる抑制の効いた演出には感心した。ハリウッド製の金にあかしてやたらとグルグルとキャメラが動き回る無駄なVFXの使用に比べると、必要最小限に止められており、非常に真っ当な姿勢だ。

■しかし、本作の貴重なところは、多分網野史学の影響を受けて、大工、石工、杣人といった非農民系の職人たちの職能に対する誇りをテーマとしているところで、その意味では中盤の緒形直人の叫びが映画のテーマを直裁に表現しているだろう。この後、彼らのなかには、特に山の民などは、被差別民、賤民として差別の対象とさえなってゆくのだが、彼らがこの時代にこう生きたであろうという意気地を、灯火に浮かび上がる安土の城に象徴させたラストシーンは、歴史に名の残らなかった非権力者である彼らに対する畏敬の念を含んでいるだろう。(それにしては緒形直人のエピソードは作劇も演出も低調なので困るのだが)

■製作は、イオン化粧品、読売連合広告社、東映CMほか、制作はフィルムフェイス。

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