4Kリマスター版で観る『妖星ゴラス』(@「午前十時の映画祭14」)は今見ても妙に感動的だった

基本情報

妖星ゴラス ★★★★
1962 スコープサイズ 89分 @アレックスシネマ高槻(SC9)

感想

■もう何度観たか忘れましたが、それでも新鮮な気持ちで観ました。待ちに待った『妖星ゴラス』の4Kリマスター版です。さすがに変な傷はないし、イーストマンカラーなのに発色はまるでコダックのように濃厚で、特に肌艶が健康的にテカテカしている。音声のステレオ効果は、映画に没入しているとかえって気づかないものなので、それだけ面白いということですね。実際、何度観ても面白いなあ。ただ、高音部分が精細な感じがしました。昨今の重低音重視の音響ではなく、むしろ金属音とか劇伴のアナログ楽器の音色とかが、高精細な音響になっていると感じました。

■改めて驚くのは、主人公を設定せずに群像劇として作劇した大胆さと、その省略の技巧の卓抜さですね。主人公を設定しないから成立したのかもしれない。田崎潤が主役と思いきや、久保明に切り替わり、さらに池部良もせり出してくる。その視点の切り替わりの激しさ、でも全く混乱を生じさせない話術。なにしろ、たった89分のなかに、壮大な危機的状況を描きながら、一方で宇宙パイロットの歌はフルで聞かせるし、南極計画の支障だけのために巨大怪獣まで登場するし、そんな寄り道している暇はないはずなのに、それでも全体として何故か過不足がない奇跡的なバランス。映画の話術は省略が肝だと言われるし、実際そう思うけど、本作の省略技は類稀だと思う。木村武(馬渕薫)の脚本を編集時点でさらに刈り込んでいると思われるけど、凄まじい技巧だと思う。

■群像劇であって、主人公はいないのだけど、人間関係がバラバラにならないのは、白川由美水野久美が彼らをつなぎ合わせているから。ということに今回やっと気づいた。物語の中心には、積極的にドラマを担わないものの、ふたりの女性が確かに存在する。そこは、『地球防衛軍』と比べても女性の描き方と重要性が進化していると思う。

■今回特に感心したのは、久保明水野久美の奇妙な関係性で、幼馴染で互いに気はあるけど、水野は桐野洋雄と婚約してしまう。ところがゴラス探査で彼が死んでしまうので、久保は桐野のことなど忘れてしまえと遺影をアパートの窓から投げ捨てる。その報いをうけて、久保はゴラス探査で記憶喪失に陥るという構成になっている。ということにやっと気がついて、腑に落ちました。このアパートの場面は本多猪四郎の持ち味がよく出ている演出で、水野久美が階下を見やると、砕け散った遺影の周りに人だかりがあり、野次馬が上を指差して(上から落ちてきたんだよ、などと)ささやきあっている。そこから鳳号の上昇場面に繋いだ一連の洗練された編集は白眉だと思う。さりげない名場面。編集は兼子玲子(黒澤組の編集助手だった)なんだけど、もっと注目されるべきじゃないか。東宝特撮て、女性の編集者がかなり大胆な編集テクニックを披露していることがあるので、油断がならない。

■しかもこの場面は、後年の『フランケンシュタイン対地底怪獣』でもリフレインされていて、本多猪四郎はよほどこの劇的な構成が気に入ったのだろう。水野久美がアパートから見下ろすと、雨に濡れたフランケンシュタインの少年を眼にするし、やがて成長した彼が、窓の外に巨体をあらわす。木村武と本多猪四郎の間で『妖星ゴラス』の成功体験が共有されていたのではないか。 

■加えて、国連(科学委員会)の働きが理想主義的に描かれているのに、改めて感動しましたね。当然、国連(特に安保理)は当時から十全に機能していなかったけど、現在の時代背景を鑑みて、逆に絵空事に見えないからですね。これも群像劇としてのメリットだと思うけど、突然登場するジョージ・ファーネスの演説が、当然演技じたいは下手なんだけど十分に感動的なので、今見ても新鮮だった。君の国にはこんな技術があるはずだ、おたくの国にはこんな先進的な工場があるじゃないか、この際各国は秘密情報を公開して、人類一丸となって未曾有の危機に当たろうじゃないか。と高らかに宣言する。ほんとに国連がこんなふうに機能すれば、救われる人は多いのになあ、と。ため息を漏らしながら、それでもありうべき姿を、子どもたちにしっかりと示したのは、大人として立派な姿勢だと思いますよ。まあ、書いた本人の木村武は信じてなかっただろうけど。。。

■宇宙規模の危機に対しては政治家は何もできることはなくて、世界中の科学者が叡智を結集して、イデオロギー対立を超えて世界を指導して対応に当たるしかないのだというビジョンを明確に打ち出したのも本作の特徴で、素朴な科学信仰が示唆されている。映画中での未来世界1980年代は重水素三重水素を用いた核融合が実用化されているけど、その裏では製作当時の現実世界における、アインシュタインの「世界政府」論とかパグウォッシュ会議の構想などに象徴される科学者による核管理がイメージされていた気がする。なかなか立派な「科学」映画だと思いますよ。


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