6年ぶりにやっと観た、劇団桟敷童子『翼の卵』

natalie.mu
natalie.mu
■作:サジキドウジ 美術:塵芥 演出:東憲司

■昭和49年7月の筑豊地域の片田舎、粗暴な長男(坂口候一)が嫁(板垣桃子)と娘を連れて実家に帰ってきたけど、母屋は解体業を営む土建屋に貸し出し、母は憑かれたようにマムシ取りにのめり込んでいた。。。

■劇団桟敷童子の2018年公演を、NHKがすぐさま録画放送したもの。ずっとHDDに眠っていたけど、やっと観ました。第一印象は鄭義信の演劇に似てるなあということ。特に『パーマ屋スミレ』とかね。炭鉱が廃れてすっかり没落した町で、篠塚家も激しい家庭内抗争で崩壊寸前だ。そして、最後には文字通り屋台崩しを見せる。

原田大二郎が客演で、人殺しの過去がある解体人夫で、粗暴な長男の嫁と因果な血縁があるというあたりが、まあいかにもだけど、本当にどうしようもないクズ男を演じた坂口候一という人がなかなか見事な暴れっぷり。当時の東映実録映画から抜け出したヤクザみたいだ。台本と美術と演出は同じ人で、特に舞台美術はユニーク。最初は、どこに客席があるのか?と探しましたよ。観客は窪地状の舞台を覗き込む形になる。

マムシを炊き込む蛇飯なるものを初めて知ったけど、詳細は不明。たぶん地元に実在する(した)んだろうけど、情報が見当たらない。確かに味付けが適切なら、美味しそうな気もするけど、如何なものか。でもうなぎとは味が違うよね。。。

宝塚宙組公演『風と共に去りぬ』

■脚本・演出:植田紳爾、演出:谷正純、作曲・編曲:入江薫、吉田優子、河崎恒夫、寺田瀧雄、作曲:都倉俊一

■本作は宝塚の定番の演目だが、「バトラー編」と「スカーレット編」の二通りあるらしく、今回は「バトラー編」を観たわけですね。

■確かに主役はレット・バトラーで、天真爛漫でわがままなスカーレットの少女の輝きを見初めてしまったために、激しく愛しながら、スカーレットの未熟さからすれ違いを演じてしまう男の哀れな恋路を切々と歌い上げる。

■『風と共に去りぬ』ってスカーレットの性格破綻ともいえる掴み難い人間性がなかなか理解し難いのだが、本作ではスカーレットの本心がもうひとりのスカーレットとして現れて、天真爛漫とは言いながら、なかなか本心をあかせない彼女を唆す。この空想的なギミックが、なかなかミュージカル的には楽しい趣向で、スカーレットのキャラクターを理解する助けになっている。上手い脚色だと思う。ここまでしないと、なかなかこの女性は理解し難いのだ。

■感動的なのはスカーレットと対象的なメラニーの存在で、出番は多くないが劇的には大きな役割を担っている。スカーレットは生まれつきの美貌と天真爛漫な少女性で男を魅了せざるを得ない天性の魔性だが、メラニーは自己犠牲と信心の人なのだ。旧弊な南部の上流階級からは差別されている娼館の女将ベルが南軍への寄付金を屋敷に持ってくる場面が泣かせる。「あんたは本当のクリスチャンだ」の台詞が泣かせる。演じるのは緒月遠麻という人で、若いのにベテランの貫禄で、登場場面は少ないのに場をさらう。

■スカーレット役は朝夏まなとで、いつもは男役の人だけど、たしかに目を引く派手な美女役にはピッタリ。成熟しきれない少女性と計算高さと我儘さ、そして自分自身のそんな性格をまだ把握できていない危うさを、そのままずばりの存在感として演じる。技量的に上手くはないけど、配役の妙といえる。妙に説得力があるのだ。

■バトラーを演じる凰稀かなめも素晴らしく、男の眼にもうっとりしますね。以下はラストの名セリフ。これ原作小説にあるのかなあ。男は立派な大人だった。でも愛した女はいつまでも少女の心のままだった。その心はついに交わることはできなかった。その悔悟の念を切々と、自嘲気味に語る圧巻の名場面!

スカーレット、そういう風に君は子供なんだよ。
君は「すみません」と謝りさえすれば、長い間の悩みや苦しみが立ちどころに人の心から消え去り、心の傷が治ると思っている。
スカーレット、僕は壊れた欠片を辛抱強く拾い集めて、それを糊で繋ぎ合わせさえすれば新しいものと同じだと思うような人間ではないんだよ。
壊れたものは壊れたものさ。
僕はそれを繋ぎ合わせるよりも、むしろ新しかった頃のことを、追憶していたいんだ。
そして一生、その壊れたところを眺めていたいんだ。

■放送版製作のスタッフも実に見事なカッティングと編集で、個人的には舞台で見るよりも観やすいし、楽しめると感じる。実は、宝塚をいい音で楽しみたいという目的で、オーディオ趣味に深入りすることにもなったのだ。

梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティ公演『まほろば』

www.umegei.com
■作:蓬莱竜太、演出:日澤雄介、出演:高橋惠子、早霧せいな中村ゆり、生越千晴、安生悠璃菜、三田和代

■久々に楽しい演劇を観ましたよ。NHKのプレミアムステージで観ました。2019年4月の梅田芸術劇場公演の録画で、蓬莱竜太が岸田國士戯曲賞を受賞した作品の再演ですね。

■長崎の田舎町、夏まつりで男衆が家を空けて4世代の女たちだけが家に残された空間で、女たちの世代を超えたガールズトークが展開される。蓬莱竜太は当然男ですが、女たちの明け透けな会話がビビッドに響く、愉快で楽しい演劇になっている。なにしろキーワードは「閉経」だ。

■そして、基本的にコメディなのだ。その昔、想像妊娠を扱ったテレビドラマが山程あったわけですが、あれを逆にしたコメディと言えますね。なので、全然、堅苦しい芝居ではない。男衆が文字通り「まつりごと」に勤しむ間に、女たちがいかに家を守り、血脈をつないできたかということが描かれる。

早霧せいなは当然元宝塚の男役スターで、骨組みが大きいので、東京でバリバリ働くキャリアウーマン風に見えるし、コメディ要素は得意なのでイキイキしている。ストレートプレイは初挑戦だったらしいが、全く危うげがなくて、さすがの貫禄。東京で働くとことは女ながらに男化することに近く、元宝塚男役を起用したのも、そこに意図があるだろう。そして、深夜に泥酔した彼女は突然庭に降りて穴を掘り出す。

■そもそも、精神的に追い詰められた男たちは、決まって穴を掘り出すという風俗が世界的に観察されており、この人類のオスの本能を踏まえて、彼女がすっかり男化しており、あるいは男社会にそういうふうに追い詰められていることを示す。例えば、この映画のケヴィン・ベーコンを見れば、このあたりの含蓄が見えてきますよ。蓬莱竜太が観てるかどうかは知らんけどね。
maricozy.hatenablog.jp

■一方二十歳の娘を持つ妹役が中村ゆりなので、なんとなく時空のパースペクティブが狂うのだけど、彼女もそろそろ40歳が近いのだね!いつまでも『パッチギ! LOVE&PEACE』でもないけど、見た目が全然変わらないので、娘と比べてどっちが若いのか混乱するというありえない事態に。。。

■おばあさんを演じるのが三田和代岸田森の晩年のパートナーで、その臨終を看取ったはずの人。当然ながらすっかりおばあさんですが、まだまだ現役邁進中です。もともと上手い人なので、要所要所で爆笑を誘う美味しい役。2008年の初演では高橋惠子が演じた母親役をやったらしい。

■ちなみに、岸田戯曲賞は特定の作品の善し悪しではなく、新人劇作家のある程度の仕事の積み重ねで、そろそろ次はこの人にあげないとね、という感じで優秀な人が順繰りで受賞するらしい(某受賞者談)から、本作だけが突出していたというわけではないと思うけどね。

参考

早霧せいなって、確か観たよあなあと思えば、これを観てました。『幕末太陽傳』!
maricozy.hatenablog.jp
なぜか蓬莱竜太の演劇は結構観てるのだ。ひとえにNHKのおかげです。もっとやって。
maricozy.hatenablog.jp
maricozy.hatenablog.jp
maricozy.hatenablog.jp
maricozy.hatenablog.jp

紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA『ある八重子物語』

■作:井上ひさし、演出:丹野郁弓 装置:勝野英雄、照明:前田照夫、音楽:八幡 茂

劇団民藝こまつ座の合同公演で、この6月に収録された舞台録画。当然、NHKでの視聴です。詳細は、以下の通り劇団民藝のHPが簡潔にまとめてくれています。

2021年6月17日(木)~27日(日)
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA

ご好評につき再演決定!
新劇から出発して新派で活躍した初代・水谷八重子(1905~1979)。「世の中がいまより少しでもましになりますように」という新劇の考え方に影響を受け、〈女優〉という新しい職業の確立をめざした時代の先駆けとして知られています。戦前・戦中・戦後。とある病院を舞台に、新派を愛する人びとによって語られる八重子の芸と生きざまとは。井上ひさし流の爆笑とユーモラスな筆致で、「滝の白糸」「婦系図(おんなけいず)」「日本橋」「明治一代女」など新派劇の代表的な舞台や名台詞も散りばめられて物語が展開します。初演は水谷八重子十三回忌追善・新派特別公演として1991年新橋演舞場で上演。ひさし版〈昭和と女優〉ともいえる傑作戯曲を、初の民藝+こまつ座提携でご覧いただきます。
【上演時間】
第一幕40分(休憩10分)第二幕70分(休憩10分)第三幕45分
休憩含め計2時間55分

■この演目は、水谷八重子十三回忌追善・新派特別公演として誕生した経緯をまずは理解しておく必要があるだろう。太平洋戦争末期から終戦後にかけての庶民のお話をなぜ水谷八重子を絡めて語るのか、その必然性が腑に落ちないところがあるからだ。

■実際のところ井上ひさしの戯曲には個人的には当たり外れがあると感じていて、しっくりこない物もいくつかある。本作も、古橋医師と花代の恋物語の部分はあまりピンとこなかったな。花代を客演で有森也実が演じていて、すっかりおばさん(いい意味で)になった貫禄が感じられて感慨深いものがあった。いつまでも『キネマの天地』や『星空のむこうの国』の娘じゃないもんね。(我ながら古いなあ。何十年前だか)

■役者陣では警官を演じる吉田正朗がおもしろいキャラクターだったな。もちろん台本の台詞がよくかけているわけだけど。日色ともゑがおばあさん役ですからね、全盛期を支えた大物俳優がほとんど物故して、すっかり世代交代した劇団民藝の、まさに今を観ることが出来ましたね。篠田三郎劇団民藝所属になっているのも吃驚でしたが。

■日本初の女優として新劇でキャリアを始めながら、新派に転じた初代水谷八重子のキャリアをおさらいしながら、新派舞台の名場面を再現してみせる趣向だけど、正直水谷八重子の凄さを知らないわれわれにとっては、今ひとつ響かないのだな。ちなみに初代水谷八重子は戦後に戦争犯罪人の母を演じた『嵐の中の母』とか雷蔵の『忠直卿行状記』の忠直の母とか、母もの女優というイメージだったようだ。

宝塚歌劇雪組公演『幕末太陽傳』

基本情報

幕末太陽傳 ★★★☆
脚本・演出:小柳奈穂子 作曲・編曲:手島恭子、装置:大橋泰弘、照明:勝柴次朗
出演:早霧せいな、咲妃みゆ、望海風斗ほか

感想

■おなじみの川島雄三の名作『幕末太陽傳』を宝塚でミュージカル・コメディとして翻案した本作はコロナ禍でプチ籠城中の身にはいい塩梅の賑やかで華やかなお気楽時代劇で、意外にも上出来。もともとのお話が落語ネタの組み合わせなので、そこから大きく出ることはないが、原作映画がモノクロ映画だったから、華やかな色彩と照明だけで、落ち込みがちな気持ちも慰撫されるところがあるなあ。舞台装置は派手にはできないけど、場面転換は豪快だし、さすがにスケールが大きくて素朴に気持ちいい。

■深刻な肺病で品川に死ににやってきたはずが、そこに息づく庶民たちのバイタリティにあてられて死ぬ気がしなくなってゆく佐平次を早霧せいなが終始軽妙に演じるから、あまり死にそうな深刻さはない。それでも大きな時代のうねりの中で地面を這うように生きるしかない庶民の意地を描いたところに原作映画由来だけでない宝塚歌劇の伝統を感じる。

■ドラマとしてはそれほど優れたものではないのだが、本作の賑々しい楽しさは楽曲の魅力によるところが大きい。そもそも宝塚歌劇って、ドラマは上出来なのに、楽曲がいまいち冴えないという作品が少なくないし、単に曲想が古いというものもある。ところが、これ楽曲が圧倒的に素晴らしい。手島恭子という宝塚歌劇所属の作曲家はなかなかの逸材だ。

■手島恭子は明らかにアニメや特撮の楽曲から影響を受けており、さらに昭和時代の劇伴に関する造形も深いと見た。例えば渡辺宙明田中公平の楽曲を誰しもが思い出すだろう。

■長州グループが革命を歌う楽曲は戦隊シリーズ宇宙刑事シリーズの主題歌に曲想がそっくりだし、盆踊りの場面の楽曲は『サクラ大戦』の有名な名曲を思い出すに違いない。しかも編曲と熱い演奏が豪勢なので、楽しいことこの上ない。さらに早霧と咲妃の掛け合いの場面はまるで裕次郎とルリ子の日活ムードアクションのデュエット曲の塩梅で、素晴らしく的確な職人仕事。さらに、咲妃の独唱は短い場面だが、最近のハリウッド製ミュージカルの例えば『シカゴ』や『ドリーム・ガールズ』の呼吸でぐいぐいと下層階級の女のしぶとさを歌い上げる傑作楽曲で、圧巻の見せ場。咲妃さん凄いですわ。作曲家の引き出しの多様さに舌を巻く。手島さん、もっと話題になってもいいと思うがなあ。

参考

この前宝塚歌劇を見たのは、1年半前ですね。もっと間が空いている気がしたが、意外と観てるんだなあ。いや、もっとたくさん観たいんだけど!
maricozy.hatenablog.jp

演劇集団円公演『景清』

f:id:maricozy:20181115145019j:plain

基本情報

景清 @吉祥寺シアター
原作:近松門左衛門 脚本:フジノサツコ 演出:森新太郎
出演:橋爪功高橋理恵子

感想

近松の『出世景清』を橋爪功のほとんど一人芝居のように仕立てた異色作。もともとが人形浄瑠璃なので、景清とその娘以外の登場人物を特別にあつらえた人形が演じる。橋爪功、老いて益々、というかちっとも老いてないのが凄い。橋爪功の舞台は初めて観たけど、演技的にはテレビドラマよりもさすがに濃いめで、演技も誇張しているが、台詞廻しが所謂時代劇調(歌舞伎調)ではなく、橋爪功らしく崩して発話している。
平氏滅亡後に源頼朝に一矢報いんと執着する景清はしくじって京都に逼塞すると昔なじみの遊女阿古屋のもとに身を寄せるが、その兄が訴人したことから景清は捕縛される。景清に攻められた阿古屋は身の証のため二人の子とともに自害する...という血なまぐさい惨劇が続く残酷時代劇。世話物とは違う近松の傾奇の志向を感じさせる。最後には、仇が見えるから迷いが消えないとばかり、頼朝の前で両眼を抉る。
■そして、最期には浄瑠璃、歌舞伎というよりも能のような幕切れが用意されている。殺陣もあり、人体真っ二つの大流血もある(赤い布で表現)派手な演劇で、展開も早いので退屈はさせない。でも、もともとの文楽が観たくなったなあ。
■なお、橋爪功は本公演の演技により2016年度芸術選奨文部科学大臣賞を受賞し、授賞式では『シン・ゴジラ』の庵野秀明らと並んで記念写真に収まっている。

文学者/軍人の鷗外は大逆事件に如何に接したか『鷗外の怪談』

f:id:maricozy:20181114120142j:plain

基本情報

鷗外の怪談 ★★★☆
NHKBSプレミアムステージ 
作・演出:永井 愛 美術:大田 創 照明:中川隆一
出演:金田明夫水崎綾女内田朝陽佐藤祐基、高柳絢子、大方斐紗子若松武史

感想

大逆事件の発生により、文学者森鴎外は思想弾圧の風潮に激しい反発を覚えるが、一方で軍医総監森林太郎としては事件のフレームアップの主導者である山縣有朋に取り入って出世した手前、山縣の私的な諮問機関に参加しても反対意見を表明できないでもどかしい思いに引き裂かれる。

■永井愛の書きおろしで、思想弾圧事件にして、典型的なフレームアップである大逆事件に対して、明治の文豪にして政府高官である森鷗外の引き裂かれる自己を、平出修、永井荷風、加古鶴所といった友人や関係者を脇に配して浮き彫りにする。いっぽうで、妻と母の間で翻弄される家庭人としても描かれる。正直、森鷗外大逆事件の皮肉な関わりについては全く無知だったので、すべてが新鮮だった。そもそも、鷗外の小説は全く読んでないからね!

■特に永井荷風の口から思想弾圧についての熱っぽい批判のことがば奔出するあたりは見事な本だし、演じた佐藤祐基が鮮烈だった。もちろん、このあたりの激烈な台詞は今現在のこの日本の姿に向けられている。

■幼い日に隠れキリシタンが拷問を受ける様子を目にしたトラウマ、ドイツで馴染んだ最愛の娘を栄達のために無理やり思い切った悔悟の念が胸に去来し、鷗外の心は千々に乱れる。果たして鷗外は恩人でもある山縣有朋大逆事件の死刑囚たちの死刑停止を嘆願することができるのか?予想外の傑作だった。
www.nitosha.net

参考



神々の土地 ロマノフたちの黄昏 ★★★ 

基本情報

2017 宝塚宙組公演 作・演出:上田久美子、作曲・編曲:青木朝子、高橋恵、装置:新宮有紀 @NHKBSプレミアム

感想

■久しぶりの宝塚ですよ。何年ぶりでしょう。といっても、テレビ録画ですがね。いやあ、単純に楽しいですねえ。特に本作は美術装置が華麗で豪壮、さすがに宝塚歌劇という重厚なもので、見ごたえたっぷり。贅沢な舞台です。

■ロシアでロマノフ朝が倒れ、共産主義革命で貴族たちが没落してゆく様子を新鋭上田久美子の作、演出で流麗かつ重厚に描く。もっと悲壮な悲劇を予想していたのだが、意外にもというか、宝塚らしくというか、綺麗なメロドラマとして締めくくる。一方で、これまた宝塚の伝統(?)のマイノリティー劇としての側面もあり、ジプシーたちがボルシェビキの中心として登場するし、ラスプーチンを虐げられた下層民の王朝に対する怨嗟が凝り固まった悪霊的な存在として描く。宝塚歌劇のこうした歴史の正史には登場しない名もないマイノリティに対する執念がいったいどこから来たものなのか、誰か研究してほしいと個人的には思う。

■さて、ロマノフの血を継ぎ、ニコライ二世の次の皇帝に擬せられるドミトリーと大公妃イリナの秘められたプラトニックな悲恋が、革命前夜の幻のクーデタ―計画やラスプーチン暗殺事件などを織り交ぜて描かれるのだが、政治劇の非情なメカニズムについては案外淡白で、ここをもっと悲壮に描いてくれるとおじさんは楽しいのだが、本作の肝はそこではなかった。

■上田久美子の本当の興味はどうも皇女オリガの悲劇にあるのではないか。世間知らずなお嬢さん育ちと思われがちな出自ながら、実は聡明で政治的な判断もできる知的な女性であったことがサブ・エピソードとして描かれる。ドミトリーとの縁談話ではイリナとの三角関係に苦しみ、ラスプーチン暗殺事件を巡ってある意志的な選択を行い、ロシアの民への怨念に凝り固まった母アレクサンドラにロマノフ王朝を延命させるための現実的な建議を提案するが、最終的には肉親の情に勝てず、母とともにロシア革命の露と消える若い才能として描き出す。わたしの勝手に期待した悲壮で壮麗な悲劇としての作劇の肝はここにあったのだ。人間には制御できない時代の大きなうねりに押しつぶされる若い才能という、典型的な悲劇の構図がここに塗りこめられている。

■ここ何年か宝塚歌劇は観ていないので知らなかったが、上田久美子という人はなかなかの逸材らしい。本作は美術、衣装、装置、どれも壮麗で華麗なものだし、舞台転換のケレンも素晴らしい。伶美うららという人も初めて見たけど、夢のように儚げで美しい。ただ、ラスプーチンという難役を演じた愛月ひかるは力及ばずという感じ。あれは、なかなか難しいでしょう。

イーハトーボの劇列車 ★★★★

イーハトーボの劇列車 (新潮文庫)■作・井上ひさし 美術・島次郎、音楽・宇野誠一郎、演奏・荻野清子、演出・鵜山仁 劇場:紀伊國屋サザンシアター(2013)
■出演:井上芳雄辻萬長木野花大和田美帆石橋徹郎、松永玲子、小椋毅、土屋良太、田村勝彦、大久保祥太郎、みのすけ、他
宮沢賢治って、どうもピンとこないのだが、この舞台を観ると、何かがすとんと腑に落ちた気がした。日蓮を不在の中心に置いて、石原莞爾北一輝宮沢賢治の同時代人として対置してみると、確かに時代の構図がすっきりと見えてくるじゃないか。この視点の置き方は画期的。昭和初期の日本の成り立ちに日蓮宗が大きな影響を持っていた、何故かは今はよくわからないが、確実な「事実」を初めて認識させられた。(続く)
maricozy.hatenablog.jp
maricozy.hatenablog.jp
maricozy.hatenablog.jp
maricozy.hatenablog.jp
maricozy.hatenablog.jp
maricozy.hatenablog.jp
maricozy.hatenablog.jp
maricozy.hatenablog.jp

パーマ屋スミレ ★★★☆

■脚本・演出:鄭義信 音楽:久米大作 劇場:新国立劇場小劇場(2012)

■出演:南 果歩、松重 豊、根岸季衣、久保酎吉、森下能幸、青山達三、酒向 芳、星野園美

■こちらはケラの『三人姉妹』とは正反対で、すべての要素がビンビン胸に迫る。『焼肉ドラゴン』の少し前の時代に筑豊の炭田地帯に存在したアリラン峠の朝鮮人スラムを舞台に、時代に流されて苦しみながら生き、どこかで朽ちていった人々へのレクイエムを描く。『焼肉ドラゴン』の完全なる姉妹作。鄭義信にしか描けない独壇場の素材であり世界観である。

■炭鉱での一酸化炭素中毒事故を扱った異色のドラマでもあって、社会の底辺を支えた人々が日本の片隅でどんな思いで生きて、舞台から退いていったかをビビッドに描く。台本もいいけど、演出も非常に鮮烈で、いわゆるカッコいい舞台転換などは無しで、ワンセットだけでケレン頼りはないのだが、吉本新喜劇松竹新喜劇等で馴染んだ、庶民たちの絡み合いが面白おかしく描かれるのが、とにかくすべてにおいてしっくりくる。生活は苦しいし、なぜそれでも生き続けるのかと問いながら、それでも怒ったり、笑ったりしながら日々が紡がれてゆく庶民の生活史が圧倒的なリアリティと説得力を持つ。

南果歩の踏ん張り方も若い頃から知っているから感慨深いものがあるし、松重豊の演技が絶妙なのも、当然とはいえ、凄い。鄭義信ならではの太り女愛を本作では星野園美が担っていて、これは役得。単なるコメディリリーフではない血の通った太り女の心を切々とうたい上げる。それは時代に切り捨てられた弱きものは、決していなかったわけではなく、この世界の片隅に生きることも許されずに、そこから追い落とされたのだということを強く訴える。歴史に名を残さないものたちの血や涙や怨念で今が成り立っていることを思い出させる。

© 1998-2024 まり☆こうじ