漂泊か?定住か?でも俺たち炭坑モグラは『太陽が大好き』

基本情報

太陽が大好き ★★★
1966 スコープサイズ(モノクロ) 92分 @アマプラ
企画:大塚和 原作:森山啓 脚本:原源一 撮影:井上莞 照明:宏川栄一郎 美術:内田喜三夫 音楽:渡辺宙明 監督:若杉光夫

感想

■閉山になった炭住に暮らす若い世代が、明日を夢見ながら、櫛の歯が抜けるように炭住を離れてゆく坑夫たちを見送り、ここに残って学校に進むべきか、次の山に移って流れ者の坑夫稼業を続けるべきか悩むという社会派リアリズム映画の異色作。

■実際の廃坑になった炭坑の炭住でロケした、日活名物の社会派リアリズム映画で、実際の制作は民芸映画社。なので、オールロケで、室内シーンも現地の炭住で撮っている。主役は、というか狂言回しが梶芽衣子になる前の太田雅子で、女子高生役でハツラツとして可愛い。主人公かと思ったら、実の主人公はその兄貴分にあたる浜田光夫で、この青年と父親の関係が映画の本筋になる。飲んだくれの父親が鈴木瑞穂で、普段は教師役とか官僚なんかを演じることが多いが、ここではダメおやじを熱演する。

■映画は第二幕まではかなりの傑作で、労働争議にも敗北し、廃れた炭坑に残った家族たちの営みをリアルに描き出すから、それだけで貴重なドラマになっている。しかもオールロケなのでリアルこの上ない。炭鉱労働者にも流れ者の系譜と土着の農民の系譜があり、労働争議でも一枚岩になれなかった曰く因縁があるあたりも、リアルで含蓄が深いし、そんな話をし始める劇映画も非常に珍しい。

■しかし困ったのは終盤の展開で、なぜか一気にご都合主義的になって、最後は大衆演劇のような大芝居になってしまう。もともと、脚本の原源一は劇団民藝の座付き作家で、戯曲が本業なので、ついつい舞台的な見せ場を作ってしまったのかもしれないし、ひょっとすると劇団民藝の舞台用に書いた脚本を転用したのかもしれない。当時、日活と提携していた劇団民藝は、映画と同じ題材を舞台化することも活発に行なっていて、映画と舞台の企画交流が盛んだったから、この企画ももともと舞台用に開発していたものを映画に転用したのかも。『黒部の太陽』だって舞台化してるからね。

■そしてあまりに唐突な突き放したエンディングはあまりに異様なので、映画を観た人はみんな、え、これで終わり?と感じるはず。でも、これってあれですよ。NHK教育でやっていた道徳番組で、投げっぱなしで終わって、結論は教室の道徳の授業で話し合ってくださいっていう、まさにあのスタイル。この映画は完全に教育番組として制作されている。それももっともなことで、もともと民芸映画社は中編の教育映画を1950年代後半に盛んに製作していたので、教育映画のプロダクションでもあるのだ。

■それにしても、あまりに”ためにする”不自然な展開は失敗だと感じるし、せっかくの太田雅子のキャラクターが最終的に生かされないし、どうしても着地に失敗していると感じる。第二幕までが非常にユニークだっただけに残念。

■モノクロ撮影はついにズームレンズを導入し、ロケ撮影で機動性を発揮するが、やはりディテールが潰れるし、コントラストがきつくなって髪の毛も黒く潰れがち。やはり、ズームレンズ導入前の解像度の高い精細なモノクロ撮影が恋しいなあ。

■太田雅子こと梶芽衣子は年齢相応の可愛らしさを発揮して一番の設け役だし、浜田光夫だっていつものように勤労青年を誠実に好演する。全国を流れ歩くよりも、土地に定着して勉強したいと思う真面目な青年なのだが、ここにも、流しの坑夫と農民の心性の対比が反映していて、ある意味、漂泊の民への差別的な視線も感じられるというあたりが、さすがの含蓄。ただ、芦川いづみを中心として、梅野泰靖垂水悟郎が三角関係になるあたりのエピソードは舌足らずであまり生きていない。このあたりは東映の作家の方が捌き方が上手いだろう。

■色々と貴重な視点を提供する稀有な社会派映画なので、さすがに若杉光夫の映画だなあとも感じるが、脚本に難ありというのは事実だろう。当時のキネ旬に載ったあらすじは終幕がことなる展開だったようで、初期脚本ではもっと悲劇的な展開だったらしい。それにしても、ご都合主義には感じるがなあ。

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