感想
■大逆事件の発生により、文学者森鴎外は思想弾圧の風潮に激しい反発を覚えるが、一方で軍医総監森林太郎としては事件のフレームアップの主導者である山縣有朋に取り入って出世した手前、山縣の私的な諮問機関に参加しても反対意見を表明できないでもどかしい思いに引き裂かれる。
■永井愛の書きおろしで、思想弾圧事件にして、典型的なフレームアップである大逆事件に対して、明治の文豪にして政府高官である森鷗外の引き裂かれる自己を、平出修、永井荷風、加古鶴所といった友人や関係者を脇に配して浮き彫りにする。いっぽうで、妻と母の間で翻弄される家庭人としても描かれる。正直、森鷗外と大逆事件の皮肉な関わりについては全く無知だったので、すべてが新鮮だった。そもそも、鷗外の小説は全く読んでないからね!
■特に永井荷風の口から思想弾圧についての熱っぽい批判のことがば奔出するあたりは見事な本だし、演じた佐藤祐基が鮮烈だった。もちろん、このあたりの激烈な台詞は今現在のこの日本の姿に向けられている。
■幼い日に隠れキリシタンが拷問を受ける様子を目にしたトラウマ、ドイツで馴染んだ最愛の娘を栄達のために無理やり思い切った悔悟の念が胸に去来し、鷗外の心は千々に乱れる。果たして鷗外は恩人でもある山縣有朋に大逆事件の死刑囚たちの死刑停止を嘆願することができるのか?予想外の傑作だった。
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