米国も切羽詰まると人道(綺麗事)を棄てる。それが戦争の現実だ!『大日本帝国の興亡(新版)4 神風吹かず』

■レイテ湾海戦と連合艦隊の壊滅、硫黄島の玉砕戦、東京大空襲、沖縄決戦、戦艦大和海上特攻と悲壮な消耗戦の連続で、読んでいて気分が落ち込むこと必至の記録文学

■連合軍の捕虜が捕虜移送船の極悪な環境下で大勢無惨に死んだ「鴨緑丸事件」は初めて知ったので単純に驚いた。船倉のトイレもない空間の狭さ、高温多湿、極端な水不足、食料不足、溢れ出す排泄物などで、捕虜が次々と窒息死、圧死を遂げ、しまいには発狂して水分を求めて互いの血を啜りあったという「ヘルシップ(地獄船)」と呼ばれた信じがたい戦争犯罪事件。これを素材とした怪奇小説や映画があってもおかしくないと思うけど、さすがに不謹慎なので誰も手を付けないのだろう。

サイパン戦ではまだ「ワタシタチハ人道ヲ信ジテイマス、戦争ノサイチュウデモネ」と綺麗事を言っていた米軍も、日本では特定の軍需工場で兵器を生産するのではなく、市街地の町工場が生産の中心だから、紙と木でできた市街地をまるごと焼き尽くさないと軍需工場を叩いたことにはならないという、無理やりな(極悪な)理由で市街地の無差別爆撃を開始する。日本に比べれば、物量のストックや生産能力は桁違いで、人的被害も軽微だったはずだけど、それでも国内の世論は自分たちの息子が死んでいくことに対して厭戦的なムードは高まり、焦っていたわけだ。この際、劣等民族たる黄色人種に対して人道なんて建前を言ってる場合じゃない。彼の国もそこまで追い詰められていた。それが戦争の辿る(お決まりの)道なのだ。

■一方日本は、軍部のメンツ(及び皇室への配慮)から一矢報いてからの有利な条件での和平交渉に拘泥して泥沼化していた。なんとかどこかで一勝したい。フィリピンでもダメ、硫黄島も失敗、最後の砦沖縄にも勝算はなく、不沈艦大和を、作戦というよりも負けるための儀式として特攻させるまでに。それは1945年4月のことでした。

行動経済学でも教えるように、損切りの痛みは人間の生来持つ認知バイアスによって実際の客観的ダメージ以上に心理的痛みを感じさせるのだが、損切のできない人は博打しちゃだめなのだ。。。ジリ貧、破産。しかも、この場合、損失は国民の命そのものなのに。

■完全敗戦まであと4ヶ月。米国はさらに人道にもとる大量殺戮兵器を準備しようとしていた。(酷すぎ)

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