父親たちの星条旗 ★★★☆

FLAGS OF OUR FATHERS
2006 スコープサイズ 132分
ユナイテッドシネマ大津(SC5)


 太平洋戦争末期、硫黄島に上陸したアメリカ軍は日本軍の予想以上の抵抗に苦しめられ、消耗戦に突入する。そんな中、擂鉢山の頂上に掲げられた星条旗を撮影した1枚の写真が戦争に疲れつつあったアメリカの士気を鼓舞することになる。写真に写った6人のうち生還した3人の兵士は英雄として祭り上げられ、戦争継続のため戦時国債の販売促進キャンペーンに利用されてゆく・・・

 本作と「硫黄島からの手紙」の2作を同時撮影し、戦争の実相を両国の視点から立体的に浮き彫りにするという映画史上でも稀なアプローチを採用したことだけでもひとつに事件だが、その1作目は期待に違わぬ意欲作となっている。全てにおいて圧倒的な表現力で、超大作に相応しい通俗性と円熟の枯れた話術を堪能できる贅沢な1本だ。

 初見の日本人にとっては、兵士達の顔と名前がなかなか一致しないというのが、本作の弱点になっているのだが、「プライベート・ライアン」で開発された戦闘場面の演出メソッドも意欲的に取り入れながら、硫黄島の激戦地で何が起こったかをリアルな臨場感をもって描き出しつつ、本国での国債発売キャンペーンで各地を巡業するうちに深く傷ついてゆく3人の兵士(特に、ネイティブ・アメリカンの兵士)の姿を交互に提示し、戦争が兵士の心を侵食する有様や、帰国後は国の思惑が彼らを道具として扱うことで追い詰められてゆく様子を冷静に描き出す。そういう意味では救いの無いリアルなドラマであり、政治的な意図が濃厚な作劇が行われているが、ラストにはいかにもイーストウッドらしいメッセージを導き出して、たしかに通俗的ではあろうが、心打つ場面となっている。

 日本の戦争映画でも正面から描かれなかった硫黄島の戦闘をここまでリアルに表現したその映像技術だけでも必見で、VFXはILMではなくデジタル・ドメインが担当している。硫黄島に集結する機動部隊の情景描写はほぼ完璧なリアリティで、どうやらフルCGらしい。「プライベート・ライアン」では完全に背景として描かれていた部分が、ここではかなりスペクタクルな見せ場として前面にせり出しており、地上の地を這う地獄絵図とスペクタクルに大きく引いた視点から情景描写の対比が戦争の実相をよく表している。奪還目標となる擂鉢山付近の描写にも大量にデジタル映像処理が施されているはずだが、記録映画のようなリアルさで舌を巻く。

 「プライベート・ライアン」ではとってつけたような回想スタイルが瑕となっていたが、ここでは複雑に入り組んだ回想形式が、物語る対象との距離感のとりかたとして有効に機能しており、脚本の秀逸さに負う所が大きい。このレベルで「硫黄島からの手紙」も完成されれば、映画史上のひとつの事件となるのではないか。硫黄島の日本軍を描いて、東宝映画や東映映画とどのように異なる語りが可能なのか、非常に興味深いところだ。

© 1998-2024 まり☆こうじ