男たちの大和 ★★★

男たちの大和
2005 スコープサイズ 145分
ユナイテッドシネマ大津(SC7)
原作■辺見じゅん 脚本■佐藤純彌
撮影■阪本善尚 照明■大久保武史
美術■松宮敏之、近藤成之 音楽■久石 譲
特撮監督■佛田 洋  CGスーパーバイザー■野口光一
VFXスーパーバイザー■進 威志 セカンドユニット監督■原田 徹
監督■佐藤純彌


 昭和20年、沖縄戦に特攻作戦として投入された戦艦大和に乗り組んだ少年水兵の視点から、60年前の戦争を描き出し、大和の撃沈海域に漁船で乗り出した者たちとの対比の中で戦争の意味を問いかける戦争大作。

 東宝の8・15シリーズとの違いは、主人公に少年兵を据えて、一兵卒の視点から戦争を描き出す視点にあり、こうした部分はやはり東映ならではのことだろう。

 個人的に不満が残るのは、軍上層部の思惑や大和の置かれた位置、特攻作戦の意味といった部分がほとんど描かれず、ただ訳もわからず特攻作戦に駆り出され、あるいは志願して乗艦する姿に焦点を絞っていることだ。渡哲也と林隆三の短い会話や、長嶋一茂が演じる下士官の話等で点描はされているのだが、欲を言えば、個人と軍部、国家の思いのすれ違いを対比させて描き込めば、よりテーマが深化できただろうと思われてならない。もちろん、今回の企画では60年前と現代の対比に構想の肝があるので、無いものねだりにしかならないのは承知の上だが。

 実際、そうした範囲の限りにおいては、予想外によく出来た映画であり、その大部分を担っているのは、阪本善尚の撮影の流麗さと、久石譲の情感豊かな楽曲である。ヴァリカム撮影だが、発色にせよ陰影にせよフィルム撮影との差はほとんど感じられない。原田徹のセカンドユニット撮影班が大活躍で、クライマックスの激戦場面を、血まみれに染め上げる。時代劇から現代劇までアクション映画で縦横無尽な活躍を見せる江原祥二キャメラマンの面目躍如といったところだ。

 佛田洋率いる特撮ユニットは、水柱の造形に新研究の成果を開花させ、ミニチュア撮りきりのカットでもリアルな水柱の飛散を成功させている。これはさすがの仕事ぶりだ。敵戦闘機の襲撃は基本的にミニチュアカットを素材として使用しており、長玉のレンズでブラしながら撮ったカットは、「連合艦隊」の中野特撮と瓜二つなのが興味深い。正直、あまりリアルな挙動には見えないのだが、自在なデジタル合成のおかげで救われている。むしろ、高空から、狙い撃ちされ、のたうつ大和を捉えた俯瞰カットのリアリティはデジタル特撮の賜物で、日本の特撮映画では画期的といっていいだろう。

 ただ、なぜか主砲の発射シーンに迫力がなく、これは「連合艦隊」のシンプルなミニチュア撮りきりカットの完成度の高さには及ばない。また、なぜか最期の大爆発カットがオミットされており、いきなり噴煙のような爆煙が立ち昇るカットにつなぐのは、あまりに大和に愛が無いのではないか。総じて、この映画の大和には人を惹きつけてやまないシルエットの美しさを的確に表現したカットが見当たらないのだ。

 結局のところ、映画の作者の関心は大和の上を通り過ぎていった少年たちの動静にこそあり、大和はその舞台のひとつでしかなかったのではないかというのが最終的な印象なのだ。

 ついでに付記すると、デジタルビデオ撮影のデジタル合成のはずなのに、デジタル合成のカットになると輪郭が甘くなり、色調がくすんで、立体感に乏しくなるというのは、何故だろう。大和の艦上構造物のカットにしても、せっかくのミニチュア撮影の立体感が平板なアニメのマルチ撮影のように見えるのは何故か。

 さらに疑問を付け加えると、日本の母たちを演じるのが白石加代子余貴美子高畑淳子という配役の説得力のなさは何なのか。本来なら田中絹代杉村春子木暮実千代乙羽信子といった誰もが文句無しに納得する大女優たちに匹敵する現代女優を据えないと収まりがつかないはずだが、結局はギャラが折り合わなかったのか。こうしたところで、妙に齟齬感が拭えない映画ではある。

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