あの人の死は、犬死ではありません…『あゝ零戦』

基本情報

あゝ零戦 ★★★
1965 スコープサイズ 87分 
脚本:須崎勝弥 撮影:石田博 照明:渡辺長治 美術:高橋康一 音楽:木下忠司 特殊撮影:築地米三郎 監督:村山三男

感想

■おなじみ大映の戦記映画シリーズですが、昭和40年の公開で、『大怪獣ガメラ』と同じ年。特撮の築地米三郎はこの前年に『大群獣ネズラ』(製作中止)の特撮にも取り組んでおり、なかなか充実した時期だったらしい。本作はずっと昔に観ていたつもりだったが、どうも初見ですな。まったく新鮮な気持ちで観ましたよ。ニューギニアのラエ、セブなどの前線基地を転戦しながら戦況はますます緊迫し、歴戦のベテラン搭乗員たちは次々に命を落としてゆく。零戦はついに反対していた特攻作戦に組み込まれることになり、沖縄の沖へ飛び立ってゆく。。。

■ただこれはいささか看板に偽りありで、本郷功次郎の出番は三分の一くらいまで。実質の主役はなんと長谷川明男なのである。いや正確には零戦そのものが主役で、戦争という極限状態のなかで出会った零戦に魅せられた飛行機乗りたちの、零戦への愛情を綴った群像劇である。と考えればどうしても東宝の『零戦燃ゆ』ともイメージがだぶるが、本作のほうがむしろコンパクトによく纏まっているかもしれない。ただ、配役やスタッフの座組を見ても明らかなように比較的低予算作品で、会社としても大作にする自信がなかったのだろう。

■人命よりも機動性を重視して極限まで重量を抑えたおかげで小回りのきく機動的な操縦が可能となり、永年空のエースとして君臨することができたその機体を貧乏な日本ならではの発想による味噌汁臭い戦闘機と呼ぶ彼らの零戦への思い、ラストには沖縄沿岸の特攻作戦に参加して負傷し墜落死を覚悟しながらも、機体の声なき声を聞いて、お前はまだ生きられると最後の力を振り絞って不時着して零戦の機体を生還させるエピソードなど、脚本としては徹底している。ただ、演出的にその意図に十分応えているかどいうかは疑問があるが。

■戦闘シーンに当時の質の悪い実写フィルムを多用したのも残念なところで、例によって米艦に特攻する場面は何十回も見せられた記録フィルム。空戦場面等でミニチュア特撮はふんだんに使用され、飛行場面の操演も含めて質はかなり高い。流れる雲をスモークやグラスワークで描きだし、モノクロ撮影のおかげもあってかなり上出来。ただ、コックピットの背景などは『零戦黒雲一家』のスクリーンプロセスが勝る。大映のスクリーンプロセスはイマイチなのだ。せっかくの見せ場になると記録フィルムに切り替わるのはホントの興ざめ。

■いちばんの設け役はツバサもぎりの徳永上飛曹を演じた早川雄三で、中盤の大役。死ぬときは空の上でと言い続けてきた男が空爆に飛び出していった若い兵を庇って地上であっけなく犬死する場面、救われた少年兵が未亡人に嘘の報告をしようとする場面など、作劇としてはよく書けていて、思い出すとちょっとジンと来るのだが、演出が十分でないと感じる。上手くない。そうそう、特攻作戦に指名されて恐怖から跳ね上がる若い操縦士を演じる青山良彦が非常に生々しくて良かったのが印象的。時代劇の脇役なんかではあまり冴えないのだが、こんな熱い芝居ができる人だったのか。線が細い二枚目だけど、むしろ癖のある悪役なんかのほうが演技的には向いていたのかもしれないぞ。


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