大日本帝国 ★★★★

大日本帝国
1982 ヴィスタサイズ 180分 @APV
脚本■笠原和夫
撮影■飯村雅彦 美術■北川弘
照明■小林芳雄 音楽■山本直純
特撮監督■中野昭慶 光学撮影■宮西武史
監督■舛田利雄

■本作はあまりに右翼的な企画だったため、左翼系の新劇俳優が脇役として動員できず、前作『二百三高地』と比べても配役が小粒だし、撮影も美術も技術スタッフの仕事は総じて粗雑で、やはり『二百三高地』の妙な充実具合に比べると全く見劣りする。でも、何度観ても感動するのは、笠原和夫の怨念のこもった大胆不敵な脚本の力による。明確に昭和天皇を中心に置き、登場人物たちの天皇への思いとその変化を描くことに特化した本作は、おそらく空前絶後で、東映ならでは、笠原和夫ならではのことである。映画としてはあらゆる面でクオリティが高い原田真人版『日本のいちばん長い日』が単純に昭和天皇賛美に収束してしまうことに比べると、やはりこちらの方が見ごたえがあるし、実感がこもっている。

東條英機を主役としたことが批判されたが、群像劇の一人にすぎず、三浦友和篠田三郎と重みは変わらない。今回久しぶりに観て感心したのは、終盤の巣鴨拘置所の家族面会の場面で、「仏さまに比べたら、この地上の帝王など実にちいさなものだよ」という台詞。実は前半に天皇陛下、万歳を三唱する場面が脚本ではあるのだが、本編ではカットされている。でも、天皇崇拝者であったゆえに首相に起用された東條が、自分の役割は終わったと肩の荷を下ろしてしみじみと感慨を語る場面で、ついに神よりも仏の方が偉大だと、ある意味身も蓋もないことを言ってしまう。東條のために戦場へ駆り出されて帰ってこなかった兵士たちの憤りは誰が受け止めるのか。しかし、この場面、東條の人間味が丹波哲郎の演技でしみじみと感じられて名場面である。この場面は東條に天皇を批判させている。

■一方で本作の劇的なメインは篠田三郎のエピソードにあり、フィリピンの監獄での夏目雅子との面会場面は本作で最も長いシーンとなっている。天皇陛下万歳で死ぬのはいやだから死ぬときには君の名を呼んでいいですか?と語っていた篠田三郎が、フィリピン戦線での事件のため、彼女の名を呼ぶ資格を倫理的に、宗教的に喪ってしまうという絶望的な悲劇を経て、「天皇陛下、海軍中尉、江上孝、お先にまいります!てん、のう、へい、か、ばんざーい!」と天皇に対する呪詛のことばとして天皇陛下万歳を叫ぶという、名場面に至る。「天皇陛下」の言葉をバラバラに発声するところにも江上中尉の、笠原和夫の、強烈な怨念を感じさせる。東條と江上のエピソードが対置されていて、重層的に天皇に対する国民各層の思いが不気味に響く。

西郷輝彦大元帥陛下がわれわれを見殺しにされる訳はないでしょう」、われわれは誰のために戦ってきたんですかと、本作の登場人物はみんな天皇に対する思いを口にする。一方、戦場の現実に打ちのめされて死に取りつかれた夫を自分の肉体とセックスで取り戻す高橋恵子の姿にも、笠原和夫の信念が明確に表現されている。これは天皇制幻想に対する生物的本能からのアンチテーゼという意図だろうし、庶民にとっては戦争を動物的な本能によって生き抜くことが最後の抵抗であるという作者のリアルな実感が反映しているだろう。

■とにかく映像的には非常に雑で、中野昭慶が戦闘機をキャメラを激しく動かして撮っているのに、本編のコックピット撮影はなぜかフィックスでピクリともキャメラが動かない。東宝なら必ずクレーンなり、手持ちなりで浮遊感を表現してマッチングを図るところだが、あまりにもコンテが杜撰で、舞台裏の貧弱さを感じさせる。

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