基本情報
名づけてサクラ ★★★☆
1959 スコープサイズ(モノクロ) 93分 @アマプラ
企画:芦田正蔵 原作:筒井敬介 脚本:植草圭之助 撮影:藤岡粂信 照明:森年男 美術:坂口武玄 音楽:小杉太一郎 監督:斎藤武市
感想
■日本人の母と黒人米兵の間に生まれたサクラ(福田みどり)は生みの母親を訪ねて、アメリカの養親の元から日本へ密航してきた。事情を知る姉がわりのユリ(中原早苗)は生みの母親(月丘夢路)を突き止めるが、成城の豪邸にすむ女社長だった。。。
■こんな映画が存在することもつい先日まで知らなかったのだが、結構大変な問題作で、母モノ映画の形式で敗戦後の日本の忘れ去りたいトラウマに粗塩を塗り込む意欲作。ほとんど同時期に今井正の傑作『キクとイサム』が公開されているので、対抗意識満点で打ち出したものだろう。母モノ映画はその昔の日本映画の定番路線で、各社が製作し、安易なお涙頂戴映画と軽蔑されたが、なかには社会派映画に属する意欲作も存在し、例えば佐伯清の『嵐の中の母』は八住利雄のオリジナル脚本で、息子の白坂依志夫が父親の唯一の傑作と語る傑作。(脚本を読んだだけで未見ですけど!)
■『キクとイサム』では高橋エミ子という少女が天才的な芸達者で誰しも圧倒されたのだが、本作の福田みどりは演技的には未熟。というか演技的には普通の子役です。しかも斎藤武市がけっこう安易にメソメソ泣かせるので、そこはあまり心に響かない。
■でも脚本が実によく書けていて、ホントに見事。植草圭之助は黒澤明の初期作品で有名だけど、その後あまりパッとせず、フィルモグラフィー的には地味なので、本作なども迂闊に見逃されたのだろうけど、なかなか普通に書ける脚本ではない。本作には原作があって、筒井敬介という人のラジオドラマらしいので、オリジナルがどの程度残っているのか不明だが、特筆すべきはやはり産みの母を演じる月丘夢路のセリフの数々だし、この女性の人物造形にある。
■月丘夢路って、一羽高麗人参茶のイメージが強烈なので、旧統一教会絡みで認識される傾向があるけど、50年代の映画はホントに凄かったので、そのことは明記しておきたい。もちろん製作陣が用意した役柄なんだけど、当時の月丘のイメージのなかに、極めて先進的な女性像が仮託されたふしがある。それは松竹のスター女優では満足できず(?)敢えて独立プロの『ひろしま』に出演する事件から、女性の性欲の発露を鮮烈に演じた『乳房よ永遠なれ』の主演とか、当時の最先端の女性像が月丘によって開拓された経緯を踏まえているだろう。
■本作の女社長の大筋の振る舞いは母モノ映画の定石ではあるが、その理知的で合理主義的なセリフや、情に流されまいとする強固な意思の発露には、戦後社会の最先端を切り開こうとする女性像が強烈に彫刻されている。この女性像には明らかに『乳房よ永遠なれ』の実在した中城ふみ子のハードボイルドな生き方が反映している。日活の社会でも、あの映画で月丘が演じた女性像の凄さが共有されたに違いない。
■サクラのために半分は親身になって、半分はお金にならないかなと思って協力する、柄は悪いけど気は良さそうな洋パン(また出た!もはや日活映画名物ですね)をお馴染み、中原早苗が熱演して、出番も多いしほとんど主演なみの大活躍。斎藤武市の演技指導が甘かったようで、最善の演技ではないけど、誰が観ても役得ですね。
■さらに凄いのがサクラが昔いた修道院の院長を演じる村瀬幸子で、愚かな母を演じたら日本一の新劇女優だけど、本作はその代表作ですね。圧倒的に凄い。キリスト教会の官僚主義を体現する人物で、要は個人的な幸せを望んではいけない、それは神が戒めた人間の罪だと説き伏せようとする。今ある境遇をすべて受け入れることが幸せへの道であると説く。ある意味、それは言い方次第でその通りだったりするのだが、脚本は批判的に描いていて、村瀬幸子がそのとおり正確に演じる。この映画には二人の母親が登場し、修道院長の母も、産みの母も、それぞれの論理と倫理でサクラを拒絶する。だからサクラにとっては現世に居場所がないのだ。
■映画はそのことを辛辣に描き、全く救いを残さない。とことんサクラを追い詰める。でもそれはお涙頂戴のためではなく、現実に敗戦後の日本社会の歪さそのものであって、それはサクラという少女ひとりの問題ではないからなのだ。
■それでも産みの母は、世間体に引き裂かれながらも産み捨てた我が子の名を呼び続ける。そこに唯一のぞみが残されたのかもしれない。やはりここでも月丘夢路の絶妙にリアルな演技は圧倒的で、頑張った中原早苗の熱演もすっかり消し飛んでしまう!
■ちなみに、本作の配信原版の品質はかなり劣悪で、そもそもクレジットも出ないし「終」の字も出ない。ネガテレシネではなく、パンチマークのあるポジ出しの原版で、妙なビデオテープ的なノイズも乗っている。でもこれ作品的な価値がかなり高いので、なんとかリマスターを作成するべきだと思う。日活さん、よろしく!
参考
maricozy.hatenablog.jp
斎藤武市って、娯楽職人ってイメージだけど、ときどき妙に凄い映画を撮ってしまう。
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日活映画には洋パン映画という系譜があってですね。もちろん終戦直後にはパンパン映画の系譜もあるのだ。(ただし日活はまだ製作再開していなかった!)
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日本の愚かな母を演じ続けて幾星霜、その名は村瀬幸子。
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