それは無垢なまま滅び去った美しい幻『佳人』

佳人

佳人

  • 葉山良二
Amazon

基本情報

佳人 ★★★☆
1958 スタンダードサイズ 105分 @アマプラ
企画:芦田正蔵 原作:藤田重夫 脚本:棚田吾郎 撮影:高村倉太郎 照明:大西美津男 美術:松山崇 音楽:斎藤一郎 監督:滝沢英輔

感想

■昭和のはじめ頃から太平洋戦争を挟んで、戦後までの時代の流れのなかで、小児麻痺で下半身不随の少女つぶら芦川いづみ)と、主人公しげる(葉山良二)の淡い恋心の変遷をノスタルジックに描いた文芸純愛映画の佳作。滝沢英輔は後に『しろばんば』を撮っているが、同じ系譜に属する映画で、苦しく苦いが、仄かに甘い昔話を愛しみながら丁寧に物語る。再開後の日活では、敗戦経験と戦後史への違和感を隠そうとしない骨太な老巨匠だが、こうした可憐な昔語り映画も得意とした。
maricozy.hatenablog.jp

■脚本は原作モノに強くて、時々本気出すとオリジナルでも凄い傑作を書いてしまうベテランの棚田吾郎だが、本作も成功作の部類。原作小説がどこまで書いているのか不明だが、ヒロインつぶらを巡る性的な人間関係の濃密さが見どころで、決して甘い純愛映画ではない。そこに滝沢英輔の本気を感じる。そういえば、まだ可憐だった浅丘ルリ子を性的に描いた『十六歳』も随分攻めた映画だった。
maricozy.hatenablog.jp

■主人公というか狂言回しのしげるの少年時代に、豆腐屋の娘時江がいいこと教えてあげると誘惑する場面から性的描写を積極的に描き、金子信雄が登場する後半は、明らかにセックスの問題が正面化する。この時々の時流に乗って金儲けを企む人物の描き方には滝沢監督の関心のありかたが顕著に出ていて、金子信雄が演じると単純な悪役にも見えてしまいかねないのだが、それでもねっとりとした人間造形は特筆に値する。処女つぶらを強引に嫁にしたこの男は、つぶらの眠る寝室の隣で芸者たちとの情事に耽るのだ。

■一方で性的に奔放な娘として、つぶらと対照的に描かれるのが時江で、成人後は渡辺美佐子が演じるのだが、主人公とつぶらの間を取り持って、金子信雄の魔手からつぶらを守ろうとする姉御だ。ドラマ的には最高の儲け役だし、終盤のドラマを金子信雄とともにおおいに盛り上げる。このあたりの筆さばきは見事なものだ。

■さらにつぶらの母親も、ひとつの典型的な女性像として描きこんでいて、村瀬幸子が「愚かな母」を演じて完ぺきな演技を見せる。このひとは、ほんとに「愚かな母」を演じると日本一なのだ。金子信雄のミエミエの悪巧み、下心に全く気づこうとしない。おそらく育ちの良い苦労知らずのお姫さま育ちだったのだろう。そして、そのことはつぶらの行く末をも暗示する。

■敗戦によって価値観が転覆した日本で、この母に育たられた文字通りの「おひいさま」に生き延びてゆく術があるのか。それは滅び去る運命そのものではないか。作者は、つぶらの運命に、敗戦によって失われていった、美しかった日本の「なにものか」を象徴させているのだ。精神的な鎖国によって守られた、僕たちの好きだった純真な日本が、諸外国に強引に開かれ、侵されようとするならば、むしろ美しいまま滅び去るべきだったのかもしれない。それが敗戦経験にこだわり続ける老巨匠の真情だったのではないか。その意味で、思いの外思想的な映画であって、『しろばんば』よりも成功しているのはその含意による。

■ちなみに、つぶらの父親が宇野重吉で、カタワの娘に教育などいらんと怒鳴ったり、株で失敗して借金をこしらえたり、終いには「ナレ死」を遂げる困った明治男。明治から昭和、そして敗戦後に至る日本の近代史をこの家族の没落に重ねて描くのが本作の狙いで、さすがに老練の脚本家と老巨匠の構築力は見事なものだ。もともとは笠智衆が演じる予定で、ポスターにも明記されたのに、土壇場で(?)配役が変更になったらしい。あるいはクランクイン後に何かトラブルがあったのかもしれない。

© 1998-2024 まり☆こうじ