辛すぎて、泣く余地なし!唯物論的社会派リアリズム映画『愛と死をみつめて』

基本情報

愛と死をみつめて ★★★
1964 スコープサイズ 117分 @DVD
企画:児井英生 原作:河野実、大島みち子 脚本:八木保太郎 撮影:萩原憲治 照明:大西美津男 美術:坂口玄武 音楽:小杉太一郎 監督:斎藤武市

感想

■いうまでもなく、いまだに絶えることのない難病映画のプロトタイプとなった純愛映画大作。しかも実録映画。当然のように昭和39年度の芸術祭参加作品で、上映時間も2時間近い、たしかに大作である。とはいえ、日活のことだからあくまでリアリズムを基調として、派手な仕掛けがあるわけではない。
■阪大病院で入院中に知り合った浪人生のマコと同志社大学生のミコ。だが、ミコは軟骨肉腫という難病に取り憑かれ、左半顔を切除する手術を決意する。整形手術によって復顔した後、2年後に再会しようと約束するが、残酷な運命は更に過酷な試練を与えるのだった…という辛すぎる実話。
■感想、辛すぎて、泣けません!以上。
■というのは半分冗談だけど、ホントのところこういう映画は苦手。病気で弱っていって、最後にはなすすべもなく死んでしまうことがわかっている。しかも、そうした場合、人間は楽には死ねない。苦しむだけ苦しんで死んでゆく。死は避けられないのはわかっているのに、何故これほど理不尽な苦痛を与えるのか。今なら麻酔技術も進歩して、かなりの痛みはごまかせるらしいが、何しろ50年以上前の附属病院のことだから、察するに余りある残酷すぎる現実なのだ。
■脚本は左翼映画の巨匠である八木保太郎が担当し、ちゃんと純愛で泣かせる映画になっている。でも、日活の純愛路線は基本的にリアリズム路線なので、ちゃんと経済問題を盛り込んでいる。
■マコは中央大学に通いながらバイトをして阪大病院まで通うという無理をしているから金が無い。もちろん学業もあるから、いつもミコに付き添えるわけではない。両親も兵庫県西脇に住んでいるのでいつも病室にいられるわけではない。中小企業を経営しているので、それほど長期間個室代金を払えるわけではない。しかも当時の公的医療保険は、1961年に国民皆保険制度は法整備されたものの、自己負担割合は現在よりもずっと高く、おそらくまだ4~5割は自己負担だったらしい。それでもミコは一般庶民から比べれば恵まれた部類だったと思われるが、経済的な余裕の無さはリアルに若いマコとミコを包囲してゆく。
■一方で問題になのが信心の問題である。死に直面するとき、人は誰しも宗教的な存在となる。そのことを描くために、マコの移った大部屋には、北林谷栄ミヤコ蝶々笠置シズ子というコテコテのおばさんたちが顔を揃える。いかにも大阪らしい庶民の情緒を描き、息苦しい映画に自然と笑いをもたらす。だが、北林谷栄はマコに問う。「あんたキリスト教でっしゃろ?」「えらい信心持ってはるお人や、思てましてん」
■でもマコはクリスチャンではなかった。同志社大生ではあるが。方やミヤコ蝶々創価学会でという描き方になっていて、これまたリアルで良いのだが、ミコの心の強さは信心の由縁ではないことが描かれる。えてして、特にアメリカ映画などでは難病を神の試練として描こうとするが、本作は左翼リアリストである八木保太郎の筆なので、神様なんてまるで信じていないのだ。「人間かて死んだら煙や。他愛のないもんや」と用務員のおじさんに語らせて、いかにも唯物史観な描き方なのだ。そして、そこがこの映画のユニークさだ。
■さらに、観客の下衆などす黒い興味を断罪する場面も盛り込んであって、初井言榮が強烈な存在感を示す。というか、明らかにこの場面だけ恐怖映画としてえげつなく演出されていて、生半の恐怖映画よりも怖い名シーンとなっている。宇野重吉の言によれば「あの女、オールドミスの分裂病や」と言われる彼女は、ミコに「ばけもん、どアホ、ばけもん!」という言葉を投げつけるのだ。そして、バケモノと口にするものこそがバケモノであることを端的にショック映像で示す斎藤武市の凄み。神はいないけど、悪魔は人の心の中に確かに棲んでいるというのが、唯物論的な八木保太郎の主張なのだろう。単なる純愛映画ではなく、唯物論的社会派リアリズムがこの映画の基調なのだ。
■だから映画の幕切れも、ミコの死を客観的に映し出して、それ以降の何かを描こうとしない。人間は死んだらそれまでのことと作者が納得しているからだ。ありきたりの脚本なら、遺されたものが何かを振り返ったり、何かに気づかされたりするものだが、そんな余韻は一切なく、断ち切るように終わる。それが人間の一生だからだ。
■正直なところ、宇野重吉笠智衆もあまり褒められないし、浜田光夫も例えば『非行少女』の生々しさに比べると生硬だ。ただ自分自身で映画化を提案した吉永小百合の演技は褒めてもいいのじゃないか。決して演技は下手ではないし、単なるアイドル的な演技でもなく、日活のパッケージ商品として、清純派としての縛りは感じられるものの、力演であり、熱演であって、この映画を支えているのは、吉永小百合の存在感そのものだろう。そこはちゃんと評価してあげようね。
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