名もなく貧しく美しく ★★★☆

名もなく貧しく美しく
1961 スコープサイズ 130分
BS2録画
脚本■松山善三 撮影■玉井正夫 照明■石井長四郎 美術■中古智、狩野健 音楽■林光 監督■松山善三

■戦火を生き延びた聾者の女(高峰秀子)は夫が病死すると里に返されるが、人のいい聾唖者の男(小林桂樹)と所帯を持つ。最初の子供は死に、次の男の子は小学校に入るとやんちゃ坊主になって心配させるが、6年生になると母を気遣うように成長する・・・

■日本の戦後生活史を聾者というマイノリティに注目して描き出すという野心作。松竹で木下惠介のために用意されたが、流れ流れて東京映画に拾われ、松山善三が監督デビューすることになった。映画のタイトルは非常に有名なのだが、最近実際に観た人は少ないのではないか。昭和20年、昭和23年、昭和30年、昭和36年という4つの時期を、贅沢なオープンセットを組んで再現した、日本映画全盛時代ならではの贅沢な映画である。戦後の住宅や町並みの変化の姿を見るだけでも値打ちがある。

■さらにこの映画が特殊なのは、アメリカに輸出する際にラストの悲劇性が忌避され、ハッピーエンドに撮りなおされ、2バージョン存在するということだ。もちろん今回の放送は国内版の悲劇版。ラストに高峰は不条理な死を迎える。正直、この映画はハッピーエンドで終わるのが正常な姿であり、加山雄三の登場がヒロインの苦労の数々を帳消しにするというのが普通の考え方である。それをわざわざ、自動車事故でヒロインを殺してしまうには、作者の強いメッセージを読み取らなければならない。

■では、この年代記映画のメッセージとは、なんだろう。遊び半分で考えてみたが、それは”戦争”ということだろう。本土空襲の場面から始まり、今までは自分たちの幸せだけを追い求めてきたが、こんどはみんなの幸せのために努力しようと約束する場面が後半に登場し、戦後復興を遂げた街を多くの自動車が疾走する。日本を取り巻く世界情勢は東西冷戦下で核戦争の危機に晒されており、国内は交通戦争が代表する新たな非人間的な現象が人間を圧迫している、国の内外で戦争は継続しており、それは理不尽で唐突に人間(特に庶民)を呑み込んでしまうということが、松山善三にとっての本作のテーマだったのだろう。・・・当たり前の結論ですまんな。

■もっと優等生的な官僚的な名画をイメージしていたのだが、いかにも木下惠介流の年代記ものの定石をふまえて、人間味に溢れた、しみじみと滲みる佳作である。若者にはピンとこないかもしれないが、人生行路の春秋を経たいい歳の観客にこそ訴えかける力の大きい映画だ。再評価されるべき映画と思うよ。林光の音楽が徹底的にフィーチャーされており、代表作といえるだろう。

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