感想(旧HPより転載)
スーパーマーケットの進出に危機感を持ちながら酒屋を営む主人公礼子(高峰秀子)は戦死した夫の弟(加山雄三)の自堕落な生活に心を痛めるが、その心底に自分に対する思慕の情があることを打ち明けられ当惑する。折から店をスーパーマーケットに改造して会社組織にする計画が持ち上がり、弟は店を守りつづけた主人公を重役に据えることを要求するが、家族には反対され、居たたまれなくなった礼子は故郷に帰ることを決意する。だが、帰郷の列車の中には自分を追ってきた弟の姿が・・・
10年以上前に京都教育文化会館で劣悪なプリントを観たきりだったのだが、シネマスコープ、ノーカットのピカピカのテレビ放送版で観なおすと、端正なモノクロ撮影が絶品。これでこそ成瀬独特のリズム感が生み出す繊細な緊迫感に満ちたエロティシズムを堪能できると言うものだ。
ここでの加山雄三は後の「乱れ雲」よりもずっと幼く、義理の姉を慕いつづける大人になりきれない甘えん坊な青年という役どころにぴたりとはまって、それでいて清潔感を併せ持つ得がたい配役となっている。
これを受けて生活一途な中年女(といっても37歳の設定だが)の戸惑いを、いつもながらの繊細な演技で受ける高峰秀子の表情の変化が成瀬演出による感情のサスペンスを際立たせる。
ここでの成瀬の演出的技巧は後の「乱れ雲」ほどに顕著ではなく、むしろ大人しいものだが、奥行きの広い店構えとその奥の住居部分を緻密なカット割で構成し、弟と義理の姉の濃密な感情空間とする演出の冴えは健在だ。
ことに、弟から告白されて以降、狭い住居の中で弟を意識せざるを得ないぎこちなさを積み重ねた場面や、列車のなかで二人の距離が次第に接近して行く場面など、やはり傑出した映画演出のお手本といえるだろう。
そして、高峰秀子の形容し難いほどさまざまな感情の”乱れ”を凝縮した凄絶としか言いようが無いラストショットの前には、誰もが言葉を失うに違いない。