ゲンと不動明王 ★★★★☆

ゲンと不動明王
1961 スコープサイズ 102分 @APV
原作■宮口しづゑ 脚本■井手俊郎松山善三
撮影■山田一夫 美術■竹中和雄
照明■小島正七 音楽■團伊玖磨
特技監督円谷英二
製作・監督■稲垣浩

■むかしむかし伊丹グリーン劇場のオールナイトで観て心洗われた傑作だが、なかなかソフト化もされず、実に久しぶりの再見。アマゾンビデオにHD版が登録されており、400円でレンタルしてみた。せめて半額くらいにしてほしいのが本音だが、画質はピカピカでモノクロ撮影の旨味が堪能できたのでよしとする。素直にありがたい。

■子犬がじゃれあうようにして暮らしている山寺の兄妹が厳しい現実に翻弄されて離れ離れで生活することになるというお話で、小柳徹と坂部尚子の子役が抜群に鮮烈なので、どうしたって泣かされるわけだが、團伊玖磨の音楽が時々泣きすぎなものの、稲垣浩の演出は淡々としている。そして、児童文学なのに、現実の厳しさ=お金という筋立てになっていて、終始リアルなお金のエピソードで埋め尽くされている。タイトルクレジット上はトップに笠智衆がきて、父親役の千秋実はあまり比重が大きくない。乙羽信子に至っては予想外に出番が少ない。

■当然のことながら、ロケ撮影は雄大だし、ステージ撮影と照明上の祖語も皆無だし、小品ながら実に贅沢に作られている。惜しいのは、三船敏郎不動明王が登場する夢の場面が変な紫色の着色になっているところで、正直ここは普通のモノクロ撮影で十分だった。おまけに、室内合成班の不動明王の合成が妙に雑で、モノクロなのだからもっときれいにバレなく合成できるはずなのに、実に不思議。しかし、不動明王がゲンを紐につりさげて世の中の貧しい子供たちの実態を見せるために空を往く場面は、夜空を歩く三船の足元には流れる雲が合成され、バックの夜空にも雲が切れ切れに流れてゆく合成カットが見事な効果で、團伊玖磨の音楽の効果も絶大で、素晴らしいスペクタクル。ここは、さすがに円谷特撮という名場面。

■主人公のゲンは貧しさから、他所の寺にもらわれてゆき、「将来は好きでも嫌いでもない」坊さんになることになりそうだが、嫌も応もなく、現実をそのまま受け入れ、体が丈夫ならがんばれば何とかなるという大雑把な教訓を学んで、少し大人に近づいてゆく。あの娘は日本で一番貧乏だとか、あの子供は父も母もいない、駅のベンチに捨てられていたのだとか、不動明王の説教がストレートすぎて身もふたもないのだが、妙に納得する。自分の境遇を恨むな、現実を受け入れて自分のできることを精一杯頑張れ、という教訓を、坊主である自分の父親でも、徳の高そうな笠智衆でもなく、夢のなかの仏が教え諭すというのが興味深い。結局は、おとなに言われるのではなく、自ら悟ることで大人になる少年の姿を描いて、痛々しくも晴れやかなラストを迎える。兄の門出を惜しんで妹が鐘をつくラストは素直に美しい。稀有の傑作。

© 1998-2024 まり☆こうじ