キャノン機関は生きていた!これは熊井啓版「怪獣総進撃」だ!『日本列島』

基本情報

日本列島 ★★★
1965 スコープサイズ(モノクロ) 115分 @アマプラ
企画:大塚和 原作:吉原公一郎 脚本:熊井啓 撮影:姫田真佐久 照明:岩木保夫 美術:千葉和彦 音楽:伊福部昭 監督:熊井啓

感想

熊井啓の戦後派世代もの、戦後史の黒い霧ものの集大成といえる本作は、監督デビュー作『帝銀事件 死刑囚』にもそっくりだし、後に撮る『地の群れ』にもよく似ている。戦後史、特に終戦直後の米国占領下の日本で起こった謀略や怪事件の数々に対する執着を、ここでは吉原公一郎の小説を借りて総花的に再構築している。当然ながら宇野重吉、大塚和ラインで劇団民藝の仲間たちが総出演。さながら熊井啓版『怪獣総進撃』の様相を呈する、地味ながら役者の顔ぶれだけで楽しい映画。

■昭和34年頃、米軍基地のリミット曹長はなぜ変死したのか?リミット曹長は何を探っていたのか。その謎を追うように命じられた米軍基地の通訳秋山(宇野重吉)は、その背後に占領期にGHQで暗躍したキャメル機関(=キャノン機関)の生き残りの存在を嗅ぎ取る。戦後破壊されたはずのザンメル印刷機が生きていて、精巧な偽ドル工作に使われたふしがあるのだ。さらに陸軍中野学校のOBも合流した日米合同のスパイ活動の証拠を掴むが、証人が謀殺される。。。

■ただし単純にお話としてはかなり無理があり、占領下のキャノン機関(劇中ではキャメル機関)の謀略事件がすべて主人公のもとに集約してくるという筋運びは、こうしたシリアスな映画の場合は瑕になる。もっとフィクション志向のサスペンス映画なら、事態が悪い方に転がってゆく偶然的な展開はワクワクするお楽しみになるが、本作の場合はご都合主義に映ってしまう。なにしろ下山事件三鷹事件松川事件等が宇野重のもとに集結するだけでは足りず、スチュアーデス殺し事件まで呼び寄せるのだから。息子の保育園の先生(西原泰子)が、麻薬密輸を画策する諜報機関の謀略でスチュアーデスに採用され、事件に関与させられ、殺されるという実在の事件だが、さすがに無理矢理に感じる。

■リミット曹長の日本妻(木村不時子)が主人公の北海道での教え子だったというのも、こうしたシリアスドラマではいかがなものか。また『帝銀事件 死刑囚』の731部隊の生き残りと同じように、中野学校の出身者役が佐野浅夫で、ほんとに同じような役柄。一方中野学校出身の諜報員の大物、涸沢が大滝秀治で、これは見た目だけで押し切る名演技。というか、ほんとに演技の見せ場があるわけではないので見た目だけでの起用ですが、名配役。

■このようにドラマ的には相当無理があるので、最終的な訴求力はあまり強いものではない。ただ、沖縄での宇野重吉の死を聞かされて慟哭する芦川いづみのシーンは熊井啓イズム満点の名シーンで、あまりのショックに泣くこともできず放心しながら一人になれる教室を探して彷徨い、米軍機の衝撃波でガラス窓が破れるのをきっかけに泣き崩れる、タメにタメたメリハリ演出はケレンたっぷりで効果的。でも、今回見直すと、スチュアーデス事件の犯人と目された神父の国外脱出を阻止できず、憤怒の表情で机をバンバン叩く刑事部長(加藤嘉)の場面と同じ趣向で、こちらのほうが加藤嘉の無言の名演が冴えていた。

■それにしても、こんな酷い目にあった芦川いづみがラストで希望に輝く表情で国会議事堂前を歩く場面は、あまりにも楽観的というか、取ってつけた不自然さを免れない。正直、このあたりは会社に対する妥協ではないかという気がする。当然のことながら政治的な圧力もあったこの企画を、江守専務が守ったことで成立した、いわば当該年度最大の映画道楽ともいえる野心作だが、それでも安全装置を装着しておく必要があったのだろうか。

■これで熊井啓の実録大作映画はほぼ観たわけだが、結局『黒部の太陽』が作劇としては一番優れていると感じる。意外なことに、今現在の総括としては掛け値なくそう感じるのだ。

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