わいは鬼や、金の亡者になったるで!中書島遊郭盛衰記『無法一代』

基本情報

無法一代 ★★★☆
1957 スタンダードサイズ 102分 @アマプラ
企画:高木雅行 原作:西口克己 脚本:八住利雄 撮影:横山実 照明:吉田協佐 美術:松山崇 特殊撮影:日活特殊技術部 音楽:佐藤勝 監督:滝沢英輔

感想

任侠映画みたいなタイトルが難ありだが、明治末期、若狭から中書島に出てきた夫婦者が、金儲けのために心を鬼にして、遊郭を開業するという、当時ヒットした西口克己の自伝的小説「郭」の映画化。でも、原作の第一部で終わってしまうので、テーマが集束しないのが根本的な欠点。でも、無類に面白くできている痛快作。

■『須崎パラダイス 赤信号』のバカップルの三橋達也新珠三千代がここでも夫婦になり、三橋達也が強引な腕力で妻を引っ張ってゆく。新珠は、夫にならって心を鬼にしてと自らを励ますが、女郎の自殺に遭遇すると、鬼の角を折れるのはあてしかいまへんやろ、と夫の非情さを批判しながらも、別れるのではなく、あくまで連れ添う覚悟を示す。このあたりの呼吸は『夫婦善哉』を下敷きにしているだろう。だから脚本を八住利雄に頼んだに違いない。

■この夫婦者の相談者として登場するのが宇野重吉で、新珠の叔父役。この頃は映画俳優宇野重吉の充実期で、老け役が非常にうまくて的確。後年にはよく言えば肩の力の抜けた、わるく言えばいつも同じのやる気が感じられないフラットな演技に見えてくるのだが、この頃はまだ役柄による演じ分けに適度に力が入っている。だからラストシーンも、新珠と宇野が死んだ女郎の弔いのために船で流れてゆく場面(名場面)なのだ。

■原作小説では、このあと、夫婦の息子による父親への批判とか、中書島遊郭の盛衰が描かれて、とてもおもしろそうなのだが、映画では主人公の三橋達也のゴリ押しの行動力は、まだ相対化されていない。そのトバ口で終わってしまう。主人公がいかにして中書島の顔役に成り上がっていったかを描く単純なサクセスストーリーになっているのが味噌で、地元のヤクザの親分との駆け引きとか、救世軍による女郎救済の運動や警察の摘発による遊郭の危機、一転して軍需による危機回避という皮肉な展開が描かれる。軍部から、救世軍とは軍隊なのか?と警察に照会が入るあたりが傑作で、わが国には軍隊はうちしかないハズだが?と笑わせる。

滝沢英輔の演出はいつになく芝居っ気の強い演出で、まるでマキノ雅弘のよう。日活では戦後体制への強い不信感をこっそりと誠実に物語り続けた老匠だが、本作は逆に若々しい弾けた演出で見せるし、映画的な見せ方としては非常に巧妙でさすがに上手い。実際、お話は東映マキノ雅弘が撮るのがぴったしという素材で、なぜ日活が原作を獲得したのか不思議な感じ。

■でも、昭和に入って息子世代からの批判まで描いてほしかったなあと、続編が作られなかったのが惜しまれる。滝沢英輔としてもやる気満々じゃなかったのかなあ。

参考

おなじく京都の遊郭のリアルな実感と実情を描いた小説の映画化で、こちらは映画史に残る(はず)の忘れられた傑作。
maricozy.hatenablog.jp

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