戦後日本の差別問題全部乗せの闇鍋映画!『地の群れ』

基本情報

1970 スタンダードサイズ 127分 @APV
原作:井上光晴 脚本:井上光晴熊井啓 撮影:墨谷尚之 照明:鈴木貞雄 美術:深民浩 音楽:松村禎三 監督:熊井啓

感想

■日活で文芸路線、リアリズム路線、社会派路線の企画を主に担当した民藝映画社の大塚和がジリ貧の日活から独立して「えるふプロダクション」を設立し、ATGと組んで製作した第一作。よりによって、誰も積極的に喜ぶことができない因果な小説の、誰もが不可能と思った映画化企画である。その意欲は買うものの…という映画。

熊井啓にとって、戦後日本の闇、特に占領時代の米軍が関与した闇は生涯のテーマだったわけで、こうした小説に心惹かれるのは当然のことではあるが、それにしても原作者に脚本を書かせたのはまずかった。熊井啓が普通に劇映画として脚本をかいたほうが、もっと間口の広い映画になっただろう。しかし、そもそもこの小説自体が決してリアリズムの小説ではないので、どうしても観念的にならざるをない。

■そのことは主人公の宇南という男の背負っているものを見れば明らかで、母親が被差別部落出身で、16歳のときに朝鮮人の女坑夫を妊娠させ自殺に追い込み、原爆投下直後の長崎で被爆し、山村工作隊で餓死した共産党員の友人の彼女を妻にし、妻の妊娠を知ると一服盛って流産させる医師という、ありえない人生の負債を背負っている。そんなむちゃな闇鍋のような人間はそもそもありえないので、鈴木瑞穂が敢えて事務的に演じている。それ以外演じようがないからだ。

■お話は、浦上の被差別部落の娘が強姦され、被爆者が集住して”ピカドン部落”とも呼ばれる海塔新田の若者が犯人と知ってスラムに乗り込むというエピソードと、娘が原爆症と思われるのに海塔新田と同じに見られるのを怖れ長崎で被爆したことを隠し通そうとする母親のエピソードが、宇南を中心として絡み合う。そもそも宇南という男がありえない人間なので、主人公というよりも狂言回しに見える。朝鮮人差別、部落差別、被爆者差別といった戦前、戦後の日本を貫く三大(?)差別問題の集約する象徴的な存在として宇南は描かれる。

■群像劇の一環として描かれる信夫という海塔新田の青年がむしろ悲劇的で、新田を裏切ったことになる青年は追われ、追われて、ついに同じ世界とは思われない幻想的なまでに平和な1970年の新興団地にたどり着くが、そこに彼の居場所はあるのか。そこもまた、ベトナム戦争に加担する米軍基地が間近な、日本という属国の一部に違いはないのだから。

■そうして映画は、浦上の被差別部落と架空の海塔新田という被爆者スラムの対立をクライマックスとして過激に描き出す。この場面を宇野重吉北林谷栄が演じる。そもそもの脚本がどちらかとえいば舞台的で、映画らしい演技の見せ場が無いのだが、「私たちが部落なら、あんたたちは血の止まらん腐れたいね」などと罵倒したことから北林谷栄が海塔新田の者たちに投石でなぶり殺しにされる壮絶な暴力シーンは確かに凄い。暗闇の中から、どこからともなくビュンビュン飛んでくる石礫の怖さ。石打ちという処刑の残虐さが実感される。被差別民たちが虐げられたものとしての連帯ではなく、断絶と対立に陥るジレンマを絶望的に描き、並の恐怖映画より怖い場面になっている。

■だが、物語は明確な結論やカタルシスを導くことなく終わる。しかも、それは檻の中のネズミたちが油をかけられて黒焦げになる姿をそのまま写したえげつない実写映像だ。原爆に焼かれる人間たちを思わせる凄惨な映像だが、これを観た姫田真左久(熊井啓とは『日本列島』で組んでいる)が激怒したと言われる非情な撮影だ。

■配役は民藝メンバーに加えて、前進座のメンバーが大挙出演している。前進座は戦前に、民藝は戦後の製作再開後に日活と提携していた劇団だ。日活は1960年代後半には興行的な苦戦のなかで作家たちが急速に先鋭化しており、蔵原惟繕鈴木清順浦山桐郎などが前衛的な映画を撮り始めていたが、熊井啓石原プロ関西電力をバックとして『黒部の太陽』を大ヒットさせるなど、彼らとは異なった資本家寄りの路線に舵を切ったと批判された(必ずしもそうではないと思うけど)。本作はそうした外野の批判に対する反発でもあり、身の潔白を証明する試みでもあったのだろう。日活がロマンポルノに移行する直前に、熊井啓が古巣日活への訣別の気持ちを込めて、戦前、戦後の日活の顔を集めて演じさせた日本の闇の縮図である。

■しなみに、前進座のおじさんたちのリアルな演技には驚くよ。宇南の父役の瀬川菊之丞など、全く芝居がかったところのない声を張らない抑揚のないセリフ回しで、ほんとに素人が演じているような絶妙なリアリティ。プロの役者としては異例の実験的な演技だった。このあたりの前進座の面々の巧みな演技も大きな見どころなのだ。


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