『満員電車』

基本情報

満員電車(’57)
脚本・和田夏十、市川 崑
撮影・村井 博 照明・米山 勇
美術・下河原友雄 音楽・宅 孝二
監督・市川 崑

感想(旧HPより転載)

 日本一の大学を卒業して駱駝麦酒に就職した川口浩は、将来の見え透いたサラリーマン生活に何の幻想も抱いてはいない現実的な男だ。

 勤勉実直、規律正しい生活を信条とする、時計屋で地元の市会議員も勤める父親・笠智衆から母親・杉村春子の気が触れたという知らせに、母校の精神科の院生(?)・川崎敬三に診察を依頼する。

 卒業式以来の持病となった川口の歯痛は身体の至る所を転移し、ついに激しい痛みは彼の頭髪を一夜で白髪に変えてしまう。

 そんな折り、母親がやってきて父親が精神病院へ入院してしまったことを知らされる。父親は狂った世の中から逃避するために自ら設立した病院へ進んで入院してしまったのだ。その病院の建設プランを父親に吹き込んだ張本人の川崎敬三は、三段跳びで出世してやるのだと宣言した途端、バスにはねられて死んでしまう。驚いた川口は街灯に衝突し気を失う。

 気づいた時、白髪は元に戻っていたが、無断欠勤により会社を馘首され、辛うじて小学校の小遣いの職を得るが大学卒の学歴がばれてまた失職する。
 小学校の裏に小屋を建てた彼は母親を引き取って、学習塾を始めるが、吹きすさぶ風に今にも四散してしまいそうだ。

 昭和32年当時、まだ高度成長時代を迎える前の日本の社会を戯画化するのが狙いだが、当時はまだ十分に理解されなかったのではないか?その着想は10年くらい早すぎたのだ。2年後、この映画でチーフ助監督を務めた増村保造は「巨人と玩具」で同じく川口浩を使ってこれに似た状況をより分析的に、悪く言えばより図式的に展開して見せることになる。後のスカした作風の市川崑に比べると案外ストレートな表現のコメディとなっている点も興味深い。

 村井博による撮影の、これぞ軟調というべきナイーブなグレイトーンが美しい。久々にモノクロ映像の美しさをスクリーンで堪能することが出来たことが、最大の収穫だった。最近の映画ではごく希にモノクロ撮影を眼にすることが出来るにしても、硬調の傾向が強いのだが、こうした贅沢な軟調の繊細な色彩感覚を失うことは文化的に大変な損失だ。
 (98/5/21 京極弥生座1 モノクロ・スタンダード)

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