感想
■1953年に起こった徳島ラジオ商殺し事件の捜査、起訴のプロセスを追って、逮捕された被害者の妻は冤罪であるという主張を展開した、いわゆる運動映画。同じ監督の『松川事件』に似た、社会運動としての映画だ。なかなか観る機会がなかったので、観られただけでありがたい。キレイなプリントだけど、白部分は黄ばんで見えるし、粒状性も荒い。記録映画のようにロケ主体で撮るというスタイルなので、敢えて荒らしてあるかもしれない。困るのは後半のヒスノイズが大きくて、台詞が聞きとりにくいことだ。クレジットも出るように、れっきとした大映製作なのだが、スタッフには大映系は一部しか参加していないうようだ。そもそも大映系で公開されたのが不思議なくらいに、政治的な映画。永田雅一が山本薩夫にご褒美として大映から製作資金を出したというから、ほとんど道楽のような映画。同じ月に日活では熊井啓の『日本列島』が封切られているから、まあそんな時代だったのだ。
■外部犯の線で警察捜査が進展しないので、検察官(新田昌玄)がおれは前から内部犯だと睨んでいた、籍の入っていない女房(奈良岡朋子)が怪しい状況証拠があると言い出したことからタガが外れ、住み込みの店員をぎゅうぎゅう攻め上げて自白を強要する。一人は後に証言を撤回するけど、もうひとり(樋浦勉)は圧力にぶれまくり、転びまくる。逮捕された奥さんの親戚(福田豊土)が義憤に駆られて、証人たちを説得して歩くが、肝心の奥さんは上告を取りやめ、刑期を果たした後に、自分で真犯人を探すと言い出す。。。
■最終的に検察怖い!というお話で、物証がないのに自白だけで犯人をでっち上げるし、最終的に分が悪くなると担当検事を地方に飛ばすし、担当検事と喧嘩腰で対決姿勢を見せていた人権擁護局の担当課長(加藤嘉)も腰砕けで異動になる。実際の事件では、再審請求中に奥さんは死亡し、死後に再審、無罪が認められたそう。じつに1985年のことだという。目眩がしますね。なので、映画は、証人を連れて検事総長に面会を求めて(当然)断られるところで終わっている。まだ、事件は継続中なのだった。
■クレジットにないけど、導入のナレーションは宇野重吉。ほとんど同じ時期に日活で『日本列島』に主演しているから、すごい活躍。劇団民藝とか俳優座の協力で制作されたので、その筋の新劇人が大挙出演するため、イメージ的には日活映画かと思う。後半は特に福田豊土と新田昌玄の対決みたいになるので、なかなか珍味ですね。両人とも熱演で、精彩がある。証人として樋浦勉がフィーチャーされるのも異色。新劇界の新人を推そうという趣旨でしょうね。そういえば、奈良岡朋子はぜひ怪奇映画に出てほしかったよね。絶対似合うはず。同じ劇団民藝の南風洋子は『血を吸う人形』でさすがの貫禄をみせているし、劇団民藝と接近していたあの時期の東宝なら血を吸うシリーズに登場してもおかしくなかった。まあ、本人がゲテモノは嫌と言うんだろうけど。
■基本的にドキュメンタルに実際の現地で撮るというスタイルなので、窓の外には実際の風景が広がる。だけど当然ステージ撮影もあり、新東宝系のボロボロのスタジオで撮ったと奈良岡朋子が証言している。まあ、当時のATGほどではないにしろ、超低予算映画なのだ。
■ちなみに、驚くのが、記録が宍倉徳子となっていること。全盛期の東宝特撮で円谷英二の薫陶を受け、日活でスクリプターになり、大映、大映テレビなどを経てフリーになると、コダイ、円谷プロと、各社で幅広い作品に関わって、最終的にPとしても活躍した人ですね。ああ、監督作もあるわ。本作の技術部は基本的に記録映画畑の若手を起用したようだけど、記録だけは大映から若手を出したということだろうか。それにしても、円谷英二、西河克己、西村昭五郎、山本薩夫、実相寺昭雄らのスクリプターを務めるという凄い人なのだ。もちろん、ご健在です。