大河ドラマ『光る君へ』にみる女性の「立て膝」問題

女性の「立て膝」は下品なのか?

NHK大河ドラマ『光る君へ』はついに平安時代をとりあげたこと、最近はなぜか深夜アニメなども書いていたけど基本的に活きの良い女性を描く大石静が脚本を担当すること、メイン演出が中島由貴(さらに音楽がずっとコンビの冬野ユミ!)であることなどから、楽しみに観ていますが、少し気づいたことがあるので備忘として記事に残しておきましょう。

■第2回のまひろ(吉高由里子)が立て膝で座っているところが描かれましたが、ああやってるなあと感じた次第です。これ、時々時代考証のミスとか演出のミスと勘違いされることがあり、NHKでは永らく封印されてきた「禁断の所作」(凄いな)だったのですが、史実に基づいている正式な所作らしいです。いわゆる「朝鮮座り」という所作で、現在の日本では礼儀を知らない下品なふるまいと思われていますが、当時は全く違った意味で位の高い女性の正式な所作として行っているということです。胡座も同様ですね。

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■そのことは溝口健二の私設助監督だった宮嶋八蔵氏も記録を残しています。『新・平家物語』を撮るために当時の生活史実の考証を助監督に命じた際に、資料をあたり、当時の専門家に照会しています。当時の映画界ではそうした生活風俗の調査関係は主に助監督の仕事で、東映では中島貞夫も『親鸞』のときに田坂具隆に命じられてたくさんの鎌倉仏教関係の調査を行って、非常に勉強になったと述べています。

■宮嶋八蔵氏の残した記録は非常に興味深く、当時の高位の女性の場合、立て膝で座るうえに、着物の前が開く作りなので、秘部が見えることは織り込み済みだったというあたりは、想像できる範囲を超えています。いつか大河ドラマでもそこまで再現すればいいのに。。。
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時代劇は歴史再現映像ではないというリテラシー

■特にNHK大河ドラマは歴史好きのお年寄りや好事家がよく観るので、歴史考証や時代考証について、あれが違う、これがおかしいと細部に突っ込まれるところですが、基本的に大河ドラマはドラマであって、昔の出来事を再現した再現映像ではなく、ほとんどは失当な批判といえます。

■要は、ドラマの見方を知らないし、そういう教育も受けていないわけです。でも、普通の学校教育のなかでドラマとか作劇とか虚実皮膜論とか習わないし、習ってもそんな言葉があるという知識止まりなので、ドラマを観るリテラシーが育たないわけです。

■そのあたりは、『光る君へ』の時代考証を担当する日文研の倉本一宏先生が率直な意見を述べていて興味深いし、有意義だと思います。「また、ドラマと史実が違うという指摘をインターネット上でする人が増えているのですが、そういった見方ではなく、ドラマはドラマとして、史実は史実として楽しんでほしいです。」と述べています。
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■映画業界では、最終的に映画はドラマ(作り話)なのだから、史実とドラマでは当然ドラマが優先されるべきだけど、史実を知らずに無知なまま適当にドラマを作ってはダメで、ちゃんと調べて史実は史実として把握して知った上で、あえて史実を忘れてそれを超える作為(作劇、ドラマ)を選ぶべきと言われます。溝口健二がそんな趣旨を言っていたはずだけど、それ以前からそうあるべきという認識が映画業界にはあったでしょうし、それは今も変わらないと思います。

■だから、上記記事で時代考証の先生は、「あまりにも史実に反しているストーリーはやめてほしいと考証会議で言っているのですが、受け入れてもらえない場合のほうが多いので、一応言うだけ言ってはおくという立場を取っています。史実がどうだったか分からない部分を創作するのは自由ですが、史実が分かっているにもかかわらず、それに反した描き方をするというのは良くないですからね。」と述懐することになります。

■実際に、あえて史実に反してもドラマを優先する場面は少なくありません。まあ、東映時代劇なんかは史実を大胆に無視するのが売りだった気がします。東映の場合は最初から「スーパー時代劇」でしたから。それに比べると大映京都は史実を重視するリアル志向で、初期に溝口健二といううるさ型の巨匠がいたお陰で、若手助手が鍛えられていろんなストックができたわけです。

NHKはリッチだからリサーチャーがいるけど、昔は助監督が調べていた

大河ドラマの制作体制はリッチなので、考証担当の専門家を多く抱えていて、脚本家が知りたいこと、確認したいことは専門のリサーチャーに課題が投げられたあと、リサーチャーが考証担当者に確認を行うスタイルだそうです。さらに、考証会議があり、脚本の稿が進むたびに考証担当者がチェックを入れるということで、お金がかかっています。

■前述したとおり、昔の映画界ではリサーチャーの仕事は若手の助監督が担当して、文献資料を渉猟したり、大学の先生や在野の研究家などに聞いて回って、監督用の資料を作成したそうです。その際、演出部と美術部はある程度並行するか協力関係で調査を進めたようです。美術部も若手の助手が調査して、資料を取りまとめる作業を行っています。内藤昭も溝口組の水谷浩の助手としてそうした作業にあたり大きな貢献をしています。若手の働き盛りの助手の貢献は実は意外と大きいわけですね。

映画美術の情念

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■ただ、そうした歴史的な正確性を求める調査は一部の大作映画だから可能なことで、一般のプログラム・ピクチャーではそこまでの調査はせず、これまでの知識と撮影所の美術倉庫の有り物の蓄積で現場を回しているのが精一杯だったと思います。中島貞夫が当初今井正の監督で企画された『大奥㊙物語』を用意する際に、資料調査は念入りに行ったけど、資料が残っていなくて分からなかった衣装とかの風俗は、最終的に自分で判断して決めて担当部署に指示したと証言しています。さらにそれが後に大奥ものの定番スタイルとして定着してしまったと言います。少なくとも東映京都ではそうなったし、他の制作会社で作る大奥ものもそれを踏襲したはずです。

■同様にNHK大河ドラマを作り続けるなかで、そうした時代劇制作に関する史実の資料を大量に蓄積しているはずなので、それらはいつか公開されるべきように思います。ひょっとして、照会すれば貸してくれるとか、見せてくれるとか、業界内ではそんな風になっているのかもしれませんが。

参考

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中島由貴の『迷子』は良かったなあ。再放送希望。そうそう『徒歩7分』も良かったなあ。
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大石静は映画よりもテレビドラマの勢いの方が印象的。そんなに熱心に観てはいないけど。
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『千年の恋 ひかる源氏物語』も忘れないでね!
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