戦後17年、ヒロシマの見えない傷痕『その夜は忘れない』

基本情報

その夜は忘れない ★★★
1962 スコープサイズ 96分 @DVD
脚本構成:水木洋子、脚本:白井更生、若尾徳平、撮影:小原譲治、照明:木村辰五郎 美術:間野重雄、特殊撮影:築地米三郎、音楽:團伊玖磨、監督:吉村公三郎

感想

■この映画の企画経緯には非常に興味があるのだけど、当時の雑誌を当らないと詳細がわからない。なんせ、脚本構成を水木洋子が手掛け、脚本はなぜか助監督が書いているという不思議な現象が起こっている。助監督の意欲的なオリジナル作品というわけでもなさそうで、水木洋子が書く予定が、何らかの支障があって直接の執筆は若手に任せたというところだろうか。芸術祭参加の意欲作にしては尺が短いのも謎だなあ。

■戦後17年経った広島に原爆の傷跡を求めてやってきた雑誌記者は、広島の人々が表面上の傷跡を既に克服し、好景気の中で溌溂と生きていることを知り、取材意図の浅薄さを自覚するが、知りあったバーのマダムはABCC(原爆傷害調査委員会)に出入りしていて・・・

■驚くのは、若尾文子が30分以上経過しないと登場しないことで、おかげでそれ以降の風俗的なメロドラマの構成が型通りのものになってしまったのがこの映画の最大の弱点。しかし、メロドラマが動き出すまでの当時の広島ロケが貴重な第一幕の部分が秀逸で、無機質なモノクロ撮影の効果も大きく、原爆被害の痕跡を追って野良犬のように真夏のヒロシマを彷徨う田宮二郎を追った部分が具象と抽象の昇華がユニークに結実している。

若尾文子が登場してから、表面上の逞しさの底に原爆の影響が隠されていることを知るエピソードとなり、広島の河原の石は見た目は普通だが、原爆の高熱の影響で変質し強く握ると脆く崩れ落ちるというエピソードが上手く生かされている。このエピソードは実際にあったことなのかどうか確証が無いのだが、ドラマの構成としてはさすがに上手くできている。若尾文子との思い出をたどって広島の街を今度は取材ではなく、自分自身の大きな喪失感とともに歩く場面、そして、河原の石を掴みながら慟哭するラストは悪くないものの、本当はもっと感動的になったはずだと思う。

■中盤で六本指の赤ん坊の噂を追って取材するシーンが際物で、六本指の掌が作り物で描かれる。特殊撮影の築地米三郎の仕事だろうか。このあたりの際物感があって、本作はあまり顧みられないのかもしれないが、非常にユニークな映画なので必見。広島のロケ撮影と、東宝とはだいぶ雰囲気が違う團伊玖磨のスコアが特筆に値する。

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