アカもクロも、弱いものはみな仲間じゃないか!真っ赤な社会派ヤクザ映画の傑作『やくざと抗争』

基本情報

やくざと抗争 ★★★★
1972 スコープサイズ 93分 @DVD
企画:俊藤浩滋、吉田達 原作:安藤昇 脚本:石松愛弘佐藤純弥 撮影:稲田喜一 照明:大野忠三郎 美術:北川弘 音楽:日暮雅信 監督:佐藤純弥

あらすじ

昭和6年、新宿の愚連隊に「爆弾マッチ」(安藤昇)と呼ばれる男がいた。惚れた娼妓(藤浩子)を救い出すために300円を工面しようとでかけた博打場で大木戸一家の梅津(菅原文太)と出逢った。大木戸一家との喧嘩でマッチは、片腕を損傷、顔面に大きな刀傷を受けて絶望し、梅津の放免祝いの宴会に殴り込むが、梅津に救われ、義兄弟の約束を交わすことに。だが、マッチを救った左翼活動家の白木医師(近藤宏)が第二回普通選挙で代議士に当選すると、政治団体に衣替えして満州利権を狙っていた大木戸一家が襲撃する。。。

感想

■1960年代後半から1970年代前半にかけて、佐藤純弥のヤクザ映画は過激に左傾化し、ほとんど独立系映画のような傑作を発表した。『組織暴力 兄弟盃』『暴力団再武装』とかね。なんで東映がこれを許したのかよくわからないけど、おそらくは当時過激化していた東京撮影所の組合運動に関係していて、佐藤純弥としては撮影所の仲間たちに向けて撮っていたのではないかという気がする。ある意味、会社も組合対策として、ガス抜き的に作らせていたのではないか。でないと、こんなに露骨な左翼映画をやくざ映画でございと大公開することはできないだろう。

■本作も観てビックリの純粋左翼映画で、もはやヤクザ映画ではない。山本薩夫が独立映画で撮ってもおかしくないくらいに真っ赤っ赤だ。主役は「爆弾マッチ」と呼ばれた愚連隊のリーダーなので、やくざではなくて、後に梅津に見込まれて大木戸一家の一員になるけど、最終的には大木戸一家とその背後で満州利権を狙うスパイMこと高山(渡辺文雄)の企みに義憤を感じて、左翼活動家の医師側に寝返る。

スパイMとは、飯塚盈延のことで、日本共産党党員で特別高等警察のスパイだった実在の人物。
天才的頭脳の持ち主で共産党に入ってモスクワの東方勤労者共産大学に留学するけど、なにしろ頭が良すぎるので共産主義はダメだと悟って、帰国後は特高のスパイとなり、共産党内で銀行襲撃(赤色ギャング事件)などの過激な活動を煽って自滅を誘おうとしたという。事実は小説よりも奇なり。
佐藤純弥松本清張の「昭和史発掘 第十三話 「スパイ“M”の謀略」」を読んでスパイMに興味をもち、この映画を企画した。

■愚連隊の仲間たちが、渡瀬恒彦藤竜也堀田眞三で、風体は完全に公開当時のフーテンで、監督の狙いは明確。ただ、渡瀬も藤も見せ場がなくて、普通の東映映画ならこてこてに見せ場を用意するんだけど、そこは大映育ちの石松愛弘の脚本なので、少しドラマツルギーが異なるようだ。藤がサボテンを生でかじったり、渡瀬が生きた金魚を食いちぎる場面に、らしさが感じられるが。そもそも、わざわざ藤竜也を呼んでくるような役柄ではないんだけど。

■マッチの情婦を演じるのが新人の藤浩子で、藤純子の後釜を期待された女優。とてもきれいなので見栄えはするのだが、演技は当然生硬で未熟。でも、華はあるのでポテンシャルはある気がする。当時の東映のことなので、上手く育てることはできなかったけど。東北の貧農の娘で、凶作で妹が売られると嘆き、しまいには貧乏人はみんな売られてしまえばいい!と怨嗟の声を上げる、ちゃんとした大きな役。テーマも明快。

■一方で、単なる脇役かと思った共産党系医師の近藤宏が大活躍で、「アカだろうと、クロだろうと、弱いものはみな仲間じゃないか!」と豪快な台詞でみんなの心を鷲掴みにするし、「爆弾マッチ」をしっかりオルグする。昔の日活映画なら宇野重吉が演じた役柄で、宇野ならもっと飄々と演じるが、この頃の近藤宏は熱くて良い。しまいには第二回普通選挙で当選するという大役。街の愚連隊だった爆弾マッチがこの左翼活動家に感化されるところがこの映画のテーマだが、そんなお話、もはや東映やくざ映画ではない。

■一方で、悪の首魁として登場するのが当時の佐藤純弥映画の顔、渡辺文雄共産党組織に潜入して銀行強盗を教唆する特高警察のスパイで、その後は陸軍の満州国建国謀議に便乗して満州利権の簒奪を企図する右翼の大物となる。

■さらにこの映画が異様なのは、菅原文太演じるやくざ者すら、妙に分別くさいインテリである点。親分から選挙に当選した白木医師を排除するように示唆されると、「勝負は選挙で決まったんです」と正論で反論するから虚をつかれる。最終的にやくざ組織の掟で命令は実行するけど、自らの行いを恥じて自刃する。そんなヤクザ映画、聞いたことないぞ!もはややくざではなく、右翼テロリスト。この役柄、ほとんど文太の素のままじゃないかという気がする。そういえば、既に佐藤純弥は『暴力団再武装』で切腹するやくざ者を描いている!

■そして「爆弾マッチ」は「畜生、何がお国のためだ!」と叫びながら、梅津の葬儀で弔事を読み上げる渡辺文雄に斬りかかる。テロ対テロ。そして昭和7年、五一五事件が発生。「爆弾マッチ」の孤軍奮闘も空しく(?)、日本は政党政治が麻痺、軍部、右翼は勢力を拡大し、坂道を転げるように大戦争に向かって傾斜してゆく。佐藤純弥は、この映画を白地に黒い日の丸の旗(大島渚の『少年』に対する返歌?)で締めくくり、日暮雅信の「海ゆかば」のメロディをアレンジしたエンドテーマ曲(最高傑作!)が異様にカッコよく決まるし、痺れる。

■ほとんど佐藤純弥の趣味の映画だと思いますけど、石松愛弘の脚本は構成は堅牢ですっきりしているし、人間像もユニークだし、よく書いたと思いますよ。こうした映画に刺激されて、東映内部の神波史男とか松田寛夫が発奮して先鋭化していったのだろうし、伊藤俊也が「さそり」を撮るのも決して突然変異ではなかったのだ。伊藤俊也佐藤純弥のチーフ助監督でもあった。


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