感想
■『仁義なき戦い』によって実録路線が東映の金看板になる少し前、東映はすでにドキュメントシリーズと銘打ったヤクザ映画を製作していた。主に深作欣二や佐藤純弥がその担い手だったわけだが、実質的に実録路線と同じ路線が既に存在していたわけだ。これは東映東京の名シリーズであった「警視庁物語」の伝統を継ぐものだろう。
■そして、実録路線に正式に移行する前のドキュメント路線の突破口を開いたのは実は佐藤純弥であったことが決定的な確信に変わるのが本作である。
■茨城県東島港開発の荷役利権を独占するため菊名会は古手の幹部の若竹(鶴田浩二)を送り込み、荒っぽい手を使って地元やくざ組織を壊滅に追い込む。初めは反発するアンコ(港湾労働者)たちだが、若竹の男気と彼ら労働者たちに寄り添いたいという真意を知って次第に頼りにするようになってゆく。しかし菊名会の財務担当の神崎(丹波哲郎)はショバ代の上がりが少なすぎるのはおかしいと若竹を非難すると、追い詰められた若竹はアンコたちに組合を作って賃上げ交渉のストをするよう焚きつける…
■東島港のコンビナート地帯は、鹿島工業地帯をモデルとしており、実際に現地でロケをしているようだ。同じ年、石原プロでは鹿島工業地帯の開発秘話を実録映画『甦える大地』として映画化していて、先んじて同年2月に公開している。どちらにも大金を手にした地元農民が堕落してゆく姿が描かれる。せっかく手にした大金も賭場でヤクザに吸い上げられて消えてしまうのだ。
■そして窮地に立った鶴田はアンコたちに、組合を作って賃上げ交渉をしろと唆すのだから、本作は全く前代未聞の社会派ヤクザ映画なのだ。おまけにアンコの代表が若山先生というのが、ミスキャストを超えて感慨深いものがある。もちろん、丹波哲郎に、お前ヤクザにならないか、お前なら組長になれるぞとスカウトされたりするのだが、本作の若山先生は徹底的に庶民たる労働者を演じて、ついには赤い鉢巻を巻いてデモを主導するのだ。そのアンコたちの労組には理論派の小池朝雄がいて、近藤宏の顔もある。さすがに、小池朝雄は役不足で、実にもったいない配役だが、おそらく当時は声がかかればどんな役でも出るから呼んでくれという約束が東映映画との間にあったのだろうと想像する。
■丹波哲郎演じる神崎はもともと東島の利権を自分でコントロールしたいという思惑があり、若竹が現地で粗暴さゆえに不始末をしでかすのを待ちつつ、真綿で首を絞めるように締め上げて、そして最終的には稼ぎが悪いと糾弾することでとどめを刺す。組長から謹慎を言い渡された若竹はアンコたちに、組合を作れ、さもないと神埼に押しつぶされるぞと警告するが、神崎は先回りして組合長候補だった小池朝雄を若竹組の若い衆に殺させ、No.2の若山先生を拉致してリンチにかける。
■一方で佐藤純弥組の顔である渡辺文雄は茶髪の警部として登場し、ヤクザたちを厳しく締め上げるが、若竹に代わって神崎が実権を握ると警察に取り入って、警察と組んで組合つぶしを断行する。警察の真の敵はヤクザではなく、組合であったというラスト…これ本当に東映ヤクザ映画ですか?赤旗を掲げた組合員たちが若山先生の葬儀に向かう場面を空撮で延々と映し出しこの映画は終わる。私が観ていたのは、東映ヤクザ映画なのか、あるいは独立映画だったのか?
■折しも、東映大泉撮影所では60年代から延々と続く一連の労使対立が激化していた時期でもあり、同時期の『仮面ライダー』の撮影が大泉撮影所で行えず、外部の生田スタジオで外部スタッフによって制作されたのも有名なエピソードが、まさにこの時期の出来事なのだ。だから実質的には佐藤純弥が撮影所でともに働く仲間である組合員、あるいは組合員たちが送り込まれた東映東京制作所のスタッフたちを鼓舞するために作った映画としか思えないし、ヤクザ映画ばかり作っている東映という会社に対する当てこすりであったように感じる。古臭いヤクザ映画、任侠映画に対するアンチテーゼは既に深作欣二たちも撮っていて、本作もその一環として位置づけられるだろうし、アンチテーゼの完成は『仁義なき戦い』によるというのが公式見解になるのだろうが、個人的には『仁義なき戦い』を待つまでもなく、本作を持って既にその完成を見ていたと感じる。
■深作は同年1月に『博徒外人部隊』を撮っているが、鶴田が沖縄で女とグズグズしていたり、若山先生が沖縄ヤクザを怪演していたりと見どころも少なくないが、最終的には正直あまりピンとこない映画で、本作のようにストレートに響くものがない。佐藤純弥も実録路線に入ってからは『実録銀座私設警察』というとびきり狂った残虐ヤクザ映画を撮っているが、『陸軍残虐物語』『廓育ち』『組織暴力』そして本作などが、やはりいちばん佐藤純弥の実力と真情をよく表現していると感じる。
■丹波哲郎も、さすがにこの頃は、僕らの好きなあの謎の大貫禄を身に着けているし、何よりヤクザの犠牲になって虐殺される一介の港湾労働者を力演する若山富三郎に感動する。労務者に肩入れしたために組と労務者の間で板挟みになり、最終的にどちらからも疎まれ、絶望的に孤立していることを自覚して切腹(!)する鶴田浩二も一世一代の名演技。
■ただ、そもそも暴力的かつ強圧的にアンコたちを支配下に置くことしか考えていなかった鶴田が、なぜアンコたちに思い入れをしていくのかを描く部分があまり成功していないので、筋運びがご都合主義的に見えてしまうのは残念な欠点。火事の場面や外国人船長の暴言問題の場面をその狙いで設定したのだろうが、あまり成功はしていない。ちょっと泣かせる場面をひとつ用意すれば、感情移入が万全になるのだが。
参考
こちらも鹿島工業地帯開発の光と影を描いた、意外に立派な社会派映画で、見応えあり。渡哲也も出てますよ。
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