佐藤純弥の結構立派な社会派ヤクザ映画『組織暴力』

基本情報

組織暴力 ★★★
1967 スコープサイズ 88分 @DVD
企画:俊藤浩滋、栗山富郎、矢部恒 脚本:佐治乾、鈴樹三千夫 撮影:仲沢半次郎 照明:元持秀雄 美術:北川弘 音楽:佐藤勝 監督:佐藤純弥

感想

■実質的に東映実録映画路線の嚆矢となったと思われる社会派ヤクザ映画。個人的には深作欣二の実録路線は過大評価だと思っており、むしろ佐藤純弥の特に初期の作品の方に思い入れが強いのだが、何故か佐藤純弥が世間で評判を得るきっかけになった本作を観ていなかったのだ。笠原和夫以降の東映実録路線は悪く言えば、実録なので諸事情があり、あまり自由にドラマを作れないという枷があった。本作も実質的には実録路線だが、はっきりとそう謳っていないので自由度が高くなっている。

■新興勢力の赤松組に対抗するべく矢東組では密輸ピストルを調達しようとするが、その任を背負った若頭が何者かに殺害され、関西の新生会をバックにした赤松組の仕業と思われるが、その裏に密輸拳銃ブローカーの暗躍があった。そんなこととも知らない若頭の弟は復讐を誓うが、抗争激化で世間の批判を浴びた両組は、フィクサー大田黒によって解散させられてしまう。。。

■明示はされないが、大田黒のモデルは児玉誉士夫で、任侠組織を大同団結して政治組織に衣替えを図った史実に基づいているだろう。関西から関東進出を図る巨大組織は言わずもがなの山口組だし、愚連隊から伸してきて関西の巨大組織の舎弟になる赤松組は東声会がモデルになっているだろう。そして、両組織の紛争で一般市民に両眼失明の犠牲者を出し、マスコミで大々的に報道され国民の非難を浴びると、丹波哲郎扮する警部は頂上作戦に打って出る。このあたりも昭和39年の暴力団全国一斉取締り(「第一次頂上作戦」)を下敷きにしているのだろう。

■だが、本作のドラマが本格的に動き出すのは、フィクサーによって喧嘩両成敗で両組織が解散させられた後で、千葉真一扮する復讐を誓ったチンピラが動き始めてからだ。本作には特別出演の形で鶴田浩二が出ていて、その見せ場を作るために相当無理やりな作劇がされていて呆気にとられるのだが、拳銃ブローカーである渡辺文雄に、二人して殴り込みをかけることになる。(これぞ東映ならではの強引作劇)

■さらにラストには外交官特権に対するチャレンジが描かれ、このあたりが実録映画を表立って謳うと描けないフィクションになるのだが、本作はその点自由なので面白さ重視で見せきる。クライマックスのシンプルな盛り上がり方は、これぞ活劇の面白さといったところで、さすがに上手い。

■本作を観て改めて感じたのは、実録映画では、技術スタッフがなかなか浮かばれないなあということ。なにしろ、凝った照明設計はできないし、美術セットも質素で美的な要素が求められないし、撮影にしてもズームや手持ちで、審美的な画作りは許されない。仲沢半次郎は、それこそガチガチの正統派キャメラマンであって『飢餓海峡』なんて傑作もあるのに、こうした映画ではキャメラマンが褒められる要素がほぼ無い。監督は褒められても技術スタッフが褒められる要素が予め封じられているのが、実録路線なのだ。佐藤純弥の初期作品は『陸軍残虐物語』にしても『廓育ち』にしても、技術スタッフの仕事レベルが妙に高かったものだが、本作では東映の通常運転の技術レベルに回帰している。

■そして、本作の風通しの良さは、丹波哲郎の登場場面を中心に軽快な劇伴を付けた佐藤勝の功績が大きい。それによって、暴力組織の悪と、その背後に見え隠れする政治絡みの巨悪をあぶり出すドラマとしての骨格が痛快に浮かび上がる。そのシンプルな痛快さは後の実録路線には無いものだ。

■配役のアンサンブルもユニークで、松村達雄がヤクザの親分で出てきたり、近藤宏代貸だったり、見明凡太朗が組長だったり、創造社から渡辺文雄小松方正が参加したりと邦画各社から集結した個性派が新鮮な味わいを提供する。特に近藤宏は名演だったなあ。渡辺文雄については前年の大映映画『女の賭場』の色悪が傑出していたので、それには及ばない単純な悪役だが。

丹波哲郎の警部は後に『キーハンター』や『Gメン’75』のベースになったキャラクターで、単純にカッコいいです。拳銃密輸犯のフィリピン人船員が、戦争経験者で、日本人みんな人殺し、拳銃で互いに殺し合えばいいという主張も、さらりと社会派で素敵ですね。深作欣二ほど粘らないけど、そこが佐藤純弥の割り切り方で、重苦しくない、風通しの良い活劇映画になっているから素敵だよね。それで良いんだよ。


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