溝口健二がナンボのもンじゃい!佐藤純弥の知られざる傑作『廓育ち』

基本情報

廓育ち ★★★★
1964 スコープサイズ 105分 @DVD
企画:辻野力弥、本田延三郎、吉田達 原作:川野彰子 脚本:棚田吾郎 撮影:飯村雅彦 照明:元持秀雄 美術:金子元明 音楽:佐藤勝 監督:佐藤純弥

感想

売春防止法が施行される直前、昭和32年の、京都島原遊郭を舞台として、お茶屋末廣の養女となったたみ子の、恋人の京大医学部のインターンと結婚して廓を抜け出したいという思いと、幼くして因業な養母に引き取られて廓の掟を仕込まれる幼少時代を並行して描く、妙に立派で格調の高い文芸映画。

■明らかに溝口健二の『赤線地帯』を意識していて、進藤英太郎三益愛子の配役は、同作を踏襲したライバル意識の発露だろう。監督デビュー三作目の佐藤純弥はこの頃はまだやる気満々な野心家である。それでいて、演出ぶりには淀みがなくて、押すところはじっくりと押し通すし、老大家の田坂具隆の作品と言われてもまったく違和感がないくらいの出来栄え。脚本もなぜか異様に良くできていて、この脚本なら誰がとっても傑作になる。実際は佐藤純弥が手を入れているのではないかという気もするが、この映画、完全に溝口の『赤線地帯』を超えているから驚く。

■当然ながら京都ロケが見どころなのに、スタッフは東映東京組というのが不思議なところだが、京都を舞台とした現代劇は意外と東映京都では撮られていないのだ。ホントに不思議なんだけど、多分島原遊郭東映京都撮影所のスタッフにとっては日常の遊び場で知己も多いので、手掛けづらいという配慮があったのではないか。

■このDVDは変なデジタルリマスターはされていないので、当時の富士フィルム特有の色の濁った、ちょっとくすんだどんよりした色調のルックがそのまま再現されていて逆に貴重かも。当時の東映映画のルックは確かにこんな感じだっただろう。製作は昭和39年だが、まだ島原あたりには昭和32年の当時の情景がそのまま残されていて、時代の記録としても貴重。繰り返し象徴的に登場する大阪ガスのガスタンクは今のKRP京都リサーチパーク)にあったらしい。

三益愛子が醜悪に象徴する廓のしきたりに反発して、廓を抜け出すことを希求するたみ子が中風で寝たきりになった女将の後釜に座って、死の床にある三益愛子に悪態を付きまくるそのやるせない終末感からスタートする、島原遊郭残酷物語。恋人の梅宮辰夫に裏切られ、廓を抜け出したいと願ったけど、何のことはない廓の外もがんじがらめの廓やったのやなあと気づいて無理心中の準備をバラす場面は本作の肝で、この構図が描ければ映画の成功は間違いなしの見事なテーマ構築で凄いけど、映画はさらにその後を念入りに描く。

■とにかく数々の映画で美しい母や因業なババアを演じてきた三益愛子のこれ以上ないくらいの醜悪な因業ババア演技が国宝級の凄さ。よくも書き、よくも演じた天晴な人物造形。対する三田佳子がなんだか別人のようなシャープな演技でこれに応える。東映らしくチンピラに啖呵を切る場面も、のちの極妻なんかよりも上出来ですよ。同じような境遇の妹分を佐々木愛が演じて、これも素朴な味わいで、姉貴分の三田佳子とのコントラストが効いている。さらに男は金と割り切り芸妓稼業に素直に邁進する、ライバル雪枝との対比も設定され、ラストの名場面への布石となっている。

■ラストの道行きシーンは多少編集がもたついている気はするが、実に見事な名シーンで、自分を廓にどうしても縛り付けて離そうとしないものの正体にやっと気づくことで、思いがけず皮肉な形で廓から抜け出すことになるたみ子の悲惨でもあり晴れやかでもある表情を美しく捉える。三田佳子の生涯の代表作であるはずだし、佐藤純弥はこの一作をもって天界で溝口健二に誇らしく対面しているはずだ。

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