みんな、若杉光夫が本気出したよ!民芸映画社の傑作『七人の刑事 終着駅の女』

基本情報

七人の刑事 終着駅の女 ★★★☆
1965 スコープサイズ(モノクロ) 分 @DVD
企画:大塚和 脚本:光畑碩郎 撮影:井上莞 照明:宏川栄一郎 美術:岡田力 音響:渡辺宙明 監督:若杉光夫

感想

上野駅の最終電車若い女が刺殺された。現場からハンドバッグを持ち逃げした男があったらしいが、女の身元は不明。警察には田舎から上京して行方不明となった若い娘を探す人々が次々と訪れるが。。。

■TBSの有名ドラマの映画化だけど、どうも不思議な具合で、テレビドラマのメンバーは出演するが、おなじみのテーマ曲は使われない。それどころか、渡辺宙明に監督の若杉光夫は現実音だけでいきたいと提案した。実際、楽曲は使われず、ロケで拾った街の雑音や人々の現実の会話が重ね合わされる。渡辺宙明先生も唖然としたらしい。でも結果的には大成功。

■想像するに、芦田伸介が日活本体というよりも、民芸映画社での制作を希望したのではないか。そもそも、民芸映画社は経営的に厳しくて、テレビドラマも製作したものの、長続きせずという状態だったのでね。つまりTBSのと日活の正規の連携ということではなく、劇団民藝ラインでの特例といった感じではないか。このあたりの推測と、スタッフ編成の塩梅については、以下の高鳥都氏の記事に詳しいので、割愛。井上莞の本名なんて初めて知ったすごい記事。
dig-mov.net

■本作の成功は実にいい塩梅に書かれた脚本によるところが大きい。脚本の指定で、あくまでドキュメンタリータッチを狙っていて、作り過ぎの作劇は控えて、それでもちゃんとサスペンスをきかせる。さらに群像劇として構成し、脇役たちもちゃんと生かされる。彼らの探し人は現れるのか?テーマは高度経済成長から取り残される田舎、特に東北の貧困を告発すること。いかにも民芸映画社が好みそうだし、純粋左翼の若杉光夫も乗りやすいだろう。東京オリンピックに湧いた熱狂も去って、それでも高度経済成長の渦中にあり、冬の上野駅はスキー客などでごったがえしている。でもその中には、貧しい田舎から上京して、あくどく搾取される娘たちが点在している。上京してそのまま都会の闇に行方を断つ者も少なくなかったという。

■日活での民芸映画社とのユニット作品では児童映画タッチ、教育映画タッチ、あるいは啓蒙映画タッチの児童映画や青春映画を主に撮ってきた若杉光夫だが、本作では人が変わったようにゴリゴリのドキュメンタリースタイルを貫く。コンビの井上莞のキャメラワークも凄くて、これまでの日活映画では基本的にフィックスで、ロケ撮影は移動撮影を交える程度のスタイルだったのに、本作はほぼ全編がロケセットで、照明もいわゆるアベイラブルライトできっちりした照明は当てず、ロケセットはレール移動を使うが、ロケは手持ち、しかもエキストラを入れての大規模ロケ撮影ではなく、隠し撮りスタイル。井上莞はもともと記録映画の人らしいので、昔取った杵柄ということかもしれないが、これまでの民芸映画社の安定路線からするとかなり思い切ったスタイルで、本気度を見せつける。すでにこの頃は、日活本体でも姫田チームや山崎チームや間宮チームが積極的に手持ち撮影で機動的に撮影を進めていた頃なので、対抗意識もあったかもしれない。実際、ここまで時代と街並みを捉えた映画は少ないと思う。『何もかも狂ってやがる』でも街並みのロケ撮影が秀逸だった若杉&井上チームだが、その発展形がここにある。

■新発売のDVDは、ネガリマスターかと思いきや、上映用ポジフィルムをそのまま利用しているので、パンチマークが出現する。おそらくネガが行方不明になっているのだろう。ネガからHDリマスターすれば、見違えるほどディテールが蘇ると思うのだが。上映用プリントは、よくある低予算モノクロ映画の粗いタッチで、東映の低予算映画などと同様に、黒味は滲みがちだし、髪の毛は黒く潰れているし、粒状性も悪い。それでも、被写体のリアリティがそのまま切り取られているから、圧倒的な説得力だ。笹森礼子がヤクザ(おなじみ梅野さん!)の仕置を受ける地下通路の飲み屋の場面など、地下通路の情景が美術的に出来すぎで、ロケ撮影の効果満点だし、完全に今平映画レベルだ。大沢興行の社長を尾行する場面も、望遠のロケ撮影の街の情景全体の密度がすごい。

■クライマックスのサスペンスは効いているものの、見せ場で臭いダメ押しはしないのが若杉光夫の流儀で、最後も実に地味。もちろん、劇的に煽るのはリアルじゃないからだ。しかし、そのおかげで本作は全国公開が見送られ、一部地方だけで封切られたらしい。ゆえに正当な評価も得られず、若杉光夫も徐々に忘れられ、ひょっこり復帰したとおもったらモモ・トモ映画だったりするから日本映画史も意地が悪い。こうしたドキュメンタリータッチの映画をもっと撮るべきだったなあ。日活でも青春映画路線に定着する前は事件もの、サスペンス物を撮っていたので、そのあたりの再発見する必要があると思う。

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