残念としか言いようがない風俗メロドラマの凡作『アカシアの雨がやむとき』

アカシアの雨がやむとき

アカシアの雨がやむとき

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基本情報

アカシアの雨がやむとき ★
1963 スコープサイズ 91分 @アマプラ
企画:浅田健三、柳川武夫 原作:川野京輔 脚本:棚田吾郎、砂山啓三 撮影:姫田真佐久 照明:岩木保夫 美術:小池一三 音楽:藤原秀行 監督:吉村廉

感想

■正直感想を書く気もしないほどの風俗メロドラマの凡作。というか明らかに失敗作。棚田吾郎は時々目のさめるような傑作を書くけど、こうした全くやる気の感じられない脚本も書くから評価が定まらないのだな。
■お話を書く気も起きないので、感想だけ記すけど、お話には全く人の心に響くものがない。ヒット曲の映画化というおなじみの日活歌謡映画路線だが、それにしても何もない。空疎だ。名曲「アカシアの雨がやむとき」が生まれるまでを架空の物語で描くフォーマットどおりのお話だけど、正直どうでもいいや。歴史的な名曲なのにこんなドラマでは誰も納得しない。
■そもその「アカシアの雨がやむとき」って1960年の安保闘争の挫折後に、国民のもうひとつの敗戦体験を慰撫する歌として大ヒットした曲で、なんでいまさら1963年に映画化されているのかというのも疑問だ。冒頭の霧の湖の場面はなぜか若杉光夫の『ガラスの中の少女』の冒頭と呼応しているのも謎。
■撮影が姫田チームなので、さすがに分不相応な立派な映像を見せるが、かなりパターン化が進んでいて、おなじみの夕日の土手を移動撮影で追うカットとか、もう何回観たことか。いやよく撮れているのは確かだけど、あまりにも同じなのでね。オープニングから霧に霞んだ木々の間を移動してゆくキャメラワークとか、浅丘リル子が住む川沿いの家のステージ撮影とロケ撮影の大胆なつなぎとか、さすがに映像づくりは凝っていて、リマスターも妙に高画質なので堪能するけど、ドラマがあまりにも気が抜けているため、途中からアクビが出ます。盛大に冬枯れした牧場の情景もなにかの手違いにしか見えませんね。菅井一郎もワンシーンだけの登場で、なにやら事情がありそうだなあ。
■全盛期の浅丘ルリ子なのに全く演技的な見せ場もなく、西田佐知子も妙に男慣れした姉御キャラで、誰も楽しくないよね。日活って、メロドラマは苦手だったのかなあ。


参考

同じメインスタッフで翌年に撮った『美しい十代』は日活映画らしい地に足のついた勤労青春映画で、なかなかの良作ですよ。
maricozy.hatenablog.jp
棚田吾郎は多作家なので、いろんな映画の脚本を書きますが、時々飛び抜けた傑作を書きます。何故か佐藤純弥とのコンビが最強でした。
maricozy.hatenablog.jp
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なぜか冒頭は『ガラスの中の少女』を踏襲しています。この映画のリアルな気だるいオープニングは秀逸でした。
maricozy.hatenablog.jp
同じようにタイトル曲のできるまでを架空の物語で描いた、同じ方法論の映画でも、こちらはなかなかの秀作。
maricozy.hatenablog.jp

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