実は貧困と差別を描く社会派アイドル映画!?百恵&友和の『伊豆の踊子』

基本情報

伊豆の踊子 ★★★
1974 スコープサイズ 82分 @NHKBS
原作:川端康成 脚本:若杉光夫 撮影:萩原憲司 照明:高島正博 美術:佐谷晃能 音楽:高田弘 監督:西河克己

感想

東宝の正月映画で『エスパイ』と同時公開された本作ですが、実はちゃんと観たのは初めての気がします。当時からなんとなくバカにしてましたからね。アイドル映画だし、監督がお年寄りだし、スタッフは東宝ではなく旧日活の面々だし、なんだか食指が動かないなあという感じの人は、少数ながら存在したはず。それに、『エスパイ』は怪獣も天変地異も無いので子どもにはアピールしなかったよ。せめて藤岡弘が変身すればねえ。(何に?)

■そのまま四十数年の時間が流れ、実は今見ると、なかなか味わい深いものがある。ことに西河監督が以前に撮った小百合版『伊豆の踊子』と比較すると興味深く観ることができる。日活版『伊豆の踊子』は吉永小百合じしんも色々と意見も言ったけど、反映されず残念だったと述べているように、西河克己としても決してできの良い映画ではなかった。

■一方、本作では脚本を劇団民藝系統の日活人材、若杉光夫が書いていて、前作での失敗点をかなり克服している。特に大きいのは、中盤の湯ヶ野で出会う酌婦おきみのエピソードである。前作では主人公とは直接何の関係もない現地で触れ合う不幸な娘だったが、本作では同郷の娘で、湯ヶ野で働いていると聞いて再開を楽しみにしているという設定になっており、このあたりがドラマの芯棒となっている。おきみは酌婦として働きながら実際は娼婦であり、年若くして肺病を病み、雇い主からは見捨てられ、廃屋で死を待つだけの身の上である。大正期の我が国の最底辺に生きる庶民の姿であり、流しの旅芸人である踊子かおるがいずれ辿り、堕ちてゆく自分じしんの残酷な未来の姿でもある。そのことを前作よりも明確に描いている。若杉光夫は京大法科出身でレッド・パージを経験して劇団民藝へ入ったガチガチの古典的左翼なので、テーマにブレがなく、芯が通っているわけですね。

■社会の最底辺に生きる漂泊民、非定住民への差別感情は特に強調されていて、茶屋の婆さん浦辺粂子があんな流れ者と関わるとろくなことにならないという台詞をラストの別れの場面でリフレインして聞かせる、前作ではなかった工夫が施されている。前作はラストあたりの腰砕け感が非常に残念だったが、本作は明確に被差別の民に対する視線が明確にテーマとなっていて、主人公であるわたしにそのことがちゃんと届いている描きかたになっている。だからラストカットの、下品な宴会で入れ墨者に抱きつかれながら、感情を押し殺して舞っている無残な踊子の姿が胸に迫り、ストップモーションが残酷に刻印される。

西河克己としてはお得意の喜劇要素も安定したテクニックでほんとに名人芸だし、前作では何故かステージ撮影してしまった山の頂上の場面もちゃんとロケ撮影で効果満点だし、確実に演出がブラッシュアップしている。前作では井上昭文が演じた紙屋を三遊亭小圓遊がいやらしく演じるのも妙味があるなあ。前作では冒頭とラストに無理やり登場した宇野重吉がナレーションなのも的確。音楽が70年代らしく清心なタッチなのも効果大だった。いや、ほんとに舐めてたけど、結構大した映画ですよ。

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