早すぎた「八月の濡れた砂」か?あなたはアタシの美しい奴隷!『帰ってきた狼』

基本情報

帰ってきた狼 ★★★☆
1966 スコープサイズ(モノクロ) 77分 @アマプラ
企画:水の江滝子 脚本:倉本聰、明田貢 撮影:姫田真左久 照明:岩木保夫 美術:坂口武玄 音楽:三保敬太郎 監督:西村昭五郎

感想

■葉山でひとりの実業家が溺死した。でも、それは事故死ではなく、あの男の仕業に違いないんだ。去年の夏、葉山で出会ってヒリヒリとしたひと夏を過ごした、あの混血の逞しい青年、愛三。葉山の海を愛し、資産家令嬢リカのヨットを溺愛して愛撫したあの男の。。。

■日本映画史に残るべき傑作『競輪上人行状記』で鮮烈なデビューを飾ったものの何故か干されていた西村昭五郎が放つ監督第二作。記録によると1965年に撮影され、1966年の5月に公開されたあたりも、なにやらワケアリの風情だが、本作もなかなか一筋縄ではイカない魅力作。

山内賢が主演しているためか、予告編ではエレキサウンドがフィーチャーされているが、実際は三保敬太郎が音楽を担当しているから、ジャズが基調。しかも主題歌の「白い砂」はなかなかの傑作で、歌謡映画としても成功している。歌うのは水島輝子というジャズシンガーで、「ワン・レイニーナイト・イン・トウキョー」を最初に歌った人らしい。

■実はお話は『八月の濡れた砂』とほとんど同じ。そもそも『八月の濡れた砂』は『狂った果実』から始まり、海とヨットで確立した日活映画の歴史を総括し挽歌を奏でる映画だったが、実は本作がそのプロトタイプ。なにしろ製作は裕次郎を発掘した水の江滝子なので、こちらのほうが正統派なのだ。『八月の濡れた砂』は日活ではむしろ脇役として良心的な文芸作品、社会派リアリズム作品を作り続けた大塚和の製作。

狂言回しとなる、蝶マニアの内向的な青年が鍵山順一という新人で、その後日活には定着しなかったようだ。明らかに低予算映画なので、配役は日活のあてがいぶちだったろう。撮影は姫田チームだが、さすがに時間と予算の制約であまり野心的な取り組みはないが、所々にさすがにこだわった画作りが見られる。特に、葉山の夜間ロケの情景の作り方はさすがに冴えている。山内賢を前傾にして、背後に海岸の光を捉えたり、海辺のホテルの前傾を微妙なボケ味で立体的に描く。このあたりはさすがのこだわり撮影だ。

■日本人の父とトンガ人の母との混血児が山内賢で、葉山の引揚者部落で生まれ育ったという設定で、仲間の健サンダースと当て所のない生活を送っている。なぜトンガなのかという根本的な問題は、きっと倉本聰に聞けば、はっきりするだろうけど、何故か誰も聞いてくれない。いい映画なのに。(そういえばトンガザウルスってのもいたよなあ。そんなにトンガが好きなのか?)

閑話休題。雪三はその前年に実業家の小沢栄太郎を刺したが止めをさせなかった。そんな雪三にリカは今度こそとどめを刺すんでしょとけしかけ、アタシはたくましく美しい奴隷が欲しいの、新聞に全面広告を出して募集したいわと嘯く。

■愛三の母は葉山の海はトンガの海に似ていると言った。だから愛三は母の愛した葉山の海が観光地化されて変わってしまうのが許せない。葉山の海は、トンガから日本へ渡って死んだ母そのものだから。そして、リカのヨットは、その母と愛三を結びつける媒体であり、身が裂けるほど欲しいリカへの愛と肉欲そのものでもある。リカのヨットはリカそのものであり、愛三の男根そのものでもあるだろう。だからカミナリ族にヨットを焼き払われたとき、愛三にとってのすべての愛とそこに連なるものが失われてしまったのだ。その悲しみを、犯人として誤認逮捕される場面のアップショットで山内賢はしっかり表現している。

■高慢ちきでありながらコケティッシュで魅力的なヒロインをジュディ・オングがかなり好演していて、欲をいえばもう少しタッパが欲しいところだけど、十分に魅力的。ひねくれた性悪女というわけではなく、蝶のように移り気で無邪気な”少女”として、愛三に興味をいだき、誘惑する。でも愛三がリカの実像の向こうに垣間見たのは、母であり、母なるトンガの海だったのかもしれない。

■本作は、昭和41年の公開作としては明らかに早すぎた映画で、東宝恩地日出夫出目昌伸森谷司郎がナイーブな青春映画を作り始めるのが同時期の1966年以降だけど、まだ彼らは青春の渦中にあり、それが決定的に変質するのは1970年頃のことだし、一瞬輝いて終わってしまった青春の挽歌を描くのは、アメリカ映画『おもいでの夏』が1971年、山根成之の『パーマネント・ブルー 真夏の恋』が1976年のことなのだ。

■本作は、ヌーベルバーグとニュー・シネマの間のエアーポケットにすっぽりハマってしまったミッシングリンクといえるかもしれない。西村昭五郎、全く掴みどころのない御仁である。


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