基本情報
狼の王子 ★★★★
1963 スコープサイズ(モノクロ) 103分 @アマプラ
企画:水の江滝子 原作:石原慎太郎 脚本:田村孟、森川英太郎 撮影:間宮義雄 照明:熊谷秀夫 美術:千葉和彦 音楽:伊部晴美 監督:舛田利雄
感想
■昭和25年、朝鮮戦争勃発の年、北九州の浮浪児だった武二(高橋英樹)は地元のヤクザの親分(石山健二郎!)に見込まれて養子になるが、養父が敵組織に殺害されると相手の組の組長を射殺して服役する。そして彼が娑婆に出たのは昭和35年のことだった。東京の組に匿われた彼の初出動は、安保闘争の渦中にある国会議事堂の擾乱だった。。。
■舛田利雄は日活から離れた70年代以降の映画の大味な職人仕事からどうも軽んじられているところがあるが、日活時代の仕事は本当に天才的に冴えていた。むろん、失敗作も少なくないのだが、ハマったときのケレンと繊細すぎる心理描写の、水と油がきれいに混じり合って、上質な叙情と激しい血の滾りが噴出する映画群は圧巻だ。もちろんその頂点は封切り当時ですら定食番組としてあまり期待もされなかった『赤いハンカチ』である。でも、本作の鋭さはそれに劣らない。
■この頃の日活では水の江滝子が積極的に松竹ヌーベルバーグ派を使っていて、田村孟、森川英太郎が非常に質の高い、思索的でありながら通俗な娯楽味にも気を使った見事な脚本を提供している。後の『人間に賭けるな』も非常にテーマ性の鮮烈な娯楽作だったが、本作は戦後焼け跡闇市世代の空虚な心情を日本の戦後史の退廃と重ねて描き出す骨太な叙事詩だ。正直、大島渚と組んで書いた映画よりも、完成度が高いと思うぞ。
■この頃の石原慎太郎はなぜか前衛的ヤクザ小説をいくつか書いていて、篠田正浩の『乾いた花』はその前衛性で頂点を極めて、前衛的ヤクザノワールという稀有の作品となったが、本作も実はよく似た映画である。本作のほうがより叙事詩的だが。
■戦後の動乱期の北九州を舞台とした第一部は舛田利雄らしいケレンの生きた演出で、モノクロ撮影が裕次郎映画のようなスタイリッシュなファンタジーではなく、社会派リアル路線であることを明示する。
■でもこの映画が凄いのはいきなり安保闘争の擾乱の中で葉子(浅丘ルリ子)と巡り合ってからの展開にあり、第二部は安保闘争挫折世代の葉子の視点から、武二という男の戦後の虚無が照射される。葉子は新聞記者として、安保闘争で赤旗を掲げて戦ったが敗北、闘争の挫折後は泰平ムードに迎合して怯懦な生活を送っている。武二と出会ったことでそのことを自覚し恥じてゆく。
■一方で武二は大いなる昼寝を決め込んでいる。そこには彼が動くべき動機がないからだ。俺は野良犬じゃない、狼なんだ。日下組組長から北九州の狼、狼の王子たれと薫陶された男だ。だからヤクザ組織の縄張りの揉め事などに手をかさない。葉子はこの日本で革命など起きなくても小さな団地の部屋で毎日の日常の小さな喜びの積み重ねがあれば生きていけることを知ったと語る(子供と縄跳びするルリ子の神々しさ!)が、俺にはそんなものが何もないんだと武二は自覚する。俺にとっての戦後は何の意味があるのか、俺には戦後の混乱した闇市だけが、命の太陽輝く場所だったからだ。
■その結論は北九州から加藤嘉が上京することにより導かれて、第三部で二人の別れが決定的になる。二人の住む狭い団地に垂水悟郎が別れを告げに来る長廻しの場面なんて、なかなか誰も真似できない名演出ですよ。撮影も凄いけど、天才的な演出家の発想。
■とにかく、日活名物のモノクロ撮影が素晴らしく、二人が揃って楽しげに街を歩く手持ちのロケ撮影の即興性も爽快だし、個人的に熊谷秀夫の照明はあまり買わないのだが、本作は褒めずにいられない。ディテールの繊細さよりも、ポイント一発を絞り込んでメリハリを付ける照明演出は、本作については控えめに言っても絶品だ。もっと繊細な陰影を重ねてゆく手法もあるが、舛田利雄と間宮義雄の即興スタイルの演出にはうってつけだった。一方同じコンビで即興的な撮影も少なくないけど、『赤いハンカチ』では裕次郎映画らしく、というか照明部の大御所 藤林甲らしく、楷書で書いたようなきっちりした照明設計だった。
■非常にオーソドックスに良くできた現代ヤクザ映画であり、日本の敗戦から始まる戦後史に対する違和感の表明であり、世代の絶望的なズレを描き出す鮮烈なメロドラマでもあるという、非常に高度な難問を、するすると誰にもわかりやすく描きぬいてしまった、孤高の社会派ヤクザノワールである。こんな芸当、当時の日活にしかできないし、松竹ヌーベルバーグ派の才能を日本映画史の中で正当に使い切った企画の勝利でもある。
参考
ギャンブルは神との対話かもしれないけど、そこを敢えて人間に賭け続けることで、神に反抗してゆく。という、ギャンブル中毒者を描きながら完全な哲学映画であるという風俗映画。
maricozy.hatenablog.jp
若き狼たちよ、いつか来るその日のために、身体を鍛えておけ!日活映画は邦画メジャーの中で安保闘争の敗北を最も直截に描いた。しかも、女性の視点から。そこには樺美智子の犠牲という記憶が反響しているだろう。
maricozy.hatenablog.jp
そっくりだなあと思ったら、原作者が同じだった!前衛的ヤクザ映画路線は、結局石原慎太郎の発明だったのだ!でもなぜか追随者が出なかった。だってホントのやくざ者は前衛映画なんて観ないからだ!
maricozy.hatenablog.jp
いつか来る宇宙怪獣デメキング襲来のその日のために、俺は全てを棄てて永遠の待機の人生を生きる!
maricozy.hatenablog.jp
60年安保挫折映画といえば、加藤泰のこれ!当然ながら東映では時代劇に翻案される!
maricozy.hatenablog.jp
日活映画はとにかく60年安保の挫折に拘泥し続けるのだ。
maricozy.hatenablog.jp
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