いつか来るその日のために!安保挫折世代に贈る現代のメルヘン『街に気球があがる時』

基本情報

街に気球があがる時 ★★★☆
1961 スコープサイズ(モノクロ) 70分 @アマプラ
企画:柳川武夫 原作:有吉佐和子 脚本:岡田達門 撮影:山崎安一郎 照明:森年男 美術:柳生一夫 音楽:山本直純 監督:井田探

感想

■男子大学生川本(長門裕之)が学徒援護会で紹介された、アドバルーンを上げる広告会社でバイトを始めるが、先輩バイトで男勝りの強い丸根女史(吉行和子)に圧倒されながらも、大学では社長令嬢にも接近されまんざらではないが、広告会社は零細でバイトを切ると言い出す。。。

■というのどかなお話のSP映画だが、井田探という監督の趣味嗜好がそのまま発揮された、実はなかなかの異色作で意欲作。昭和36年の、所得倍増計画が打ち出されたものの、庶民にはまだその恩恵は回ってこないという時代、東京の空には多数のアドバルーンが浮かんでいる。それらを係留し、監視するのが彼らの仕事だが、快晴で風もなければ何をして過ごしてもかまわないという気楽なバイトだ。

■でも、たまには気球が爆発するし、屋上のアンテナに絡んだりするし、遂には子どもたちが気球の上に乗って遊んでいて爆発してしまう。という事件を契機にドラマは転調するのだが、基本的にはバイト生たちのリアルな青春ドラマ。

■社長令嬢を演じるのは新人の武内悦子という人で、あまり魅力を感じないし、丸根女史を演じる吉行和子もまだ固い。でも、本作は長門裕之吉行和子の共通経験をのどかなドラマの下に隠している。

■それは国会議事堂を間近に望むビルの屋上で交わされる会話。「川本くん、去年の6月15日の夜はどうしてた?」安保闘争の機動隊との衝突で女子大生、樺美智子が死んだ夜の記憶が提起されるが、ノンポリの川本はバイトで疲れて寝ていたと答える。丸根女史は当然安保闘争のデモ隊の中にいた。「静かだわ、まるで百年もたってしまったみたい」

■そしてこのドラマは丸根女史のオルグによって回収される。それはあの、ぬやまひろし作詞の歌「若者よ」によって。丸根女史は諦めていない。安保闘争のあの熱気が再び日本に巻き起こる日が来ることを。その日のために、若者よ、体を鍛えておけ!丸根女史は、歌声喫茶よろしく幼い子どもたちをオルグし、労働者気分を知ったノンポリの川本もついには大合唱に加わる。いったん挫折はした。けれど、強かに生存競争を生き延びて、またいつか訪れるその日のために青空を見上げる。そこにはたくさんの気球が、ぼくたちの旗印のように風に揺れているだろう。

参考

▶監督の井田探は本気で歌声喫茶世代だったのだろう。本作でも再び「若者よ」をフィーチャーして、徹底的な悲劇を描出する。『街に気球があがる時』と『青春を返せ』は表裏一体の双生児のような映画なのだ。
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