感想(旧ブロクから転載)
紹介するまでもなくお馴染みの菊池寛の超有名小説の映画化で、溝口健二の「近松物語」の原作となった近松の「大経師昔暦」の成立の舞台裏がフィクションとして語られているので、続けて観ると興趣も倍増するという秀作。
なにしろ演技指導には不熱心な森一生の演出だから長谷川一夫の演技は溝口健二の演技指導による前年の作品「近松物語」と比べればやはり劣るのだが、対する京マチ子の演技はほとんど完璧に近い。クライマックスとなる藤十郎が偽りの恋の告白をするシーンでの、両者の心理的駆け引きをじっくりと腰を据えて的確に捉えた演出ぶりは永田雅一ならずとも森一生に溝口健二が乗り移ったかと思わせる充実ぶりで、文句無しに圧巻な出来映えだ。
画面の両端に人物を配置するという画面構成はシネスコ対応としての苦肉の策かと思っていたが、既にこの頃からの森一生の試みだったことも判明した。
しかし、美術や照明に関しては正直言ってもう少し時代が下ってからのほうが大映京都らしい様式美が顕著になってくるようだ。繊細なグレートーンが悪くはないのだが、せっかくの美術装置の質感が後年の大映京都の美術に比べると深みに欠けているように見える。