四谷怪談・お岩の亡霊

四谷怪談・お岩の亡霊
1969/CS
(2003/3/6 V)
原作/鶴屋南北 脚本/直居欽哉
撮影/武田千吉郎 照明/伊藤貞一
美術/太田誠一 音楽/斎藤一郎
監督/森 一生
 数ある四谷怪談ものの映画の中では正統派に属し、中川信夫のフィルム歌舞伎「東海道四谷怪談」と比べても、その映画的な完成度の高さおいては決して引けをとらない、森一生の代表作である。

 昭和44年という大映末期の断末魔に相応しく、低予算が美術セットの様式化を推し進め、前景物をナメた構図が頻出するのだが、演出的に欲の少ない森一生フィルモグラフィーの中ではどう見ても意欲的な取り組みの形跡が顕著な怪奇映画の隠れた傑作である。

 そもそも森一生のカット尻に一拍おく独特の演出スタイルと編集のリズム感は怪談映画においてその特殊な個性をよく発揮しており、「怪談蚊喰鳥」での船越英二演じる按摩の幽霊が中田康子の閨に現われる場面など、撮影技法、照明設計等を含めてモノクロ映画の表現技術としては完璧といっていいほどの完成度を見せていたわけだが、この映画でも毒を盛られたお岩の無残な変貌ぶりを御簾越しに捉えて、じっとりと湿気を含んだ熱気のなかにお岩の狂気と魔性が立ち昇る様を異様な説得力をもって描ききっている。

 佐藤慶伊右衛門は「東海道四谷怪談」の天知茂に迫る適役で、あくまでクールに悪に徹する姿はある種の男の理想形として秀逸であり、実際この映画は伊右衛門の悪のカタルシスの魅力に溢れている。一方の小悪党直助を演じるのが小林昭二というのが、この映画のユニークなところで、憎みきれないあくどさを微妙に体現した個性が貴重だ。

 一方、彼らの悪巧みの犠牲として女の幸せを踏みにじられ、人間を超えた存在に変貌してゆくお岩を演じる稲野和子が絶品で、この映画の成功を確実にしたのはこの配役の妙であったことがうかがえる。脚本的には、男達の悪のエネルギーの発露に焦点がおかれており、お岩について特に踏み込んだドラマは構築されておらず、そのことが男の悪が女の中に普遍的に潜む人知と善悪を超えた存在を引き出すという不条理さを煽り立てている。

 森一生の恐怖演出はすべて秀逸だが、特に柱に突き立った伊右衛門脇差に吸い寄せられるように引き寄せられて喉を抉るお岩の凄惨な描写のなかで、足元の行灯の光を受けて障子に大きく映しだされるお岩の髪を乱した姿のシルエットが、既に人間を超えた狂気と恐怖そのものの姿に変貌しつつあることを正確に表現した1カットの恐ろしさは筆舌に尽くしがたい。

 そのことはラストシーンで伊右衛門を川底に引き込む様を俯瞰で捉えるという奇妙なカットに、お岩の狂ったような笑い声が響き渡る不気味な演出でも強調されており、戸板に打ち付けられて川に流されたお岩が、中川信夫の映画のように成仏するどころか、まるで水の属性を会得して新たな妖怪の眷属になったかのような存在感を水面いっぱいに漲らせて、人でなく、女でもない狂った笑いを響かせていることに戦慄をおぼえるのだ。


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