わたくし田中絹代は、溝口健二を目指します!『お吟さま』

基本情報

お吟さま ★★★
1962 スコープサイズ 101分 
原作:今東光 脚本:成澤昌茂 撮影監督:宮島義勇 照明:蒲原正次郎 美術:大角純一 音楽:林光 監督:田中絹代

感想

千利休の娘・吟(有馬稲子)は妻あるキリシタン大名高山右近仲代達矢)に積年の想いを告白するが信仰を盾に拒絶される。絶望して堺の商家に嫁いだが、キリスト教は禁止され、目障りな高山右近を除く石田三成南原宏治)の計略で二人は引き合わされ、落ち延びる途中で、信仰を裏切り地獄へ落ちる覚悟で結ばれる。だが秀吉の側室になれと迫られた吟は自分の魂は右近とともにあり、ここにあるのは自分の抜け殻だと反抗する。。。

熊井啓が後に宝塚映画でリメイクしているが、見比べるとかなり違う。本作は文芸プロダクションにんじんクラブの製作、松竹配給作で、田中絹代が監督に専念している。文芸時代劇だけど随分贅沢に作られていて、撮影は宮島義勇を連れてきて、田中絹代溝口健二を意識しながら演出しただろう。当然ながら美術も贅沢で、特に着物の発色と色合いの美しさはうっとりする。キャメラの画角もいかにも宮島義勇好みで、当時でも既に古臭くうつったはずだ。構図は基本的に俯瞰気味で、当時の東映時代劇でも大作の場合はそんな撮り方をするが、しかし人物を撮るときには、それはあまりに俯瞰すぎだろうというカットが散見される。もちろん、不自然にはなっていないが、いささか映画全体の流れを阻害する部分もある。

■ただ、脚本の問題として、テーマの掘り下げが浅くて、吟の自刃で終わっている。というか、牛に背負われて刑場へ引かれる若い女岸恵子の特別出演!)の美しい顔を思いながら、白無垢姿で別室に移る場面で終わっている。刑場へ引かれる女の図は溝口の『近松物語』を思わせ、悪くないし、夕景の淡いマジックアワーの光線を生かしたロケ撮影が秀逸な美しいシーンだ。ただ、ドラマとしてのテーマ性の打ち出しが弱く、メロドラマに終止する印象だ。正直、作劇的にもっとメリハリが欲しいし、もっと盛り上がるはず。

■このあたりは、熊井啓の『お吟さま』ではかなり改善されていて、お吟の自死は迸る情愛への殉死であるし、権力者への反抗であることが強調される。さらに、熊井啓は敬愛する黒澤明を意識して、秀吉と利休の対立を激しく描く。このあたりが非常に面白いし、上出来だった。熊井啓もやりすぎくらいにヒートアップしてたよね。なにしろ音楽も伊福部昭で、散々盛り上げる。

■本作では利休を演じる中村鴈治郎が名演で、あまり大きな見せ場はないが、先日観た『琴の爪』よりもずっと良い。一方、滝沢修演じる秀吉も出番が少なく、熊井啓版の三船敏郎の方が実は良いのだ。お吟の気持ちをどんどん代弁して説明してしまう側女が冨士眞奈美で、かなりの設け役。お吟の夫役として伊藤久哉がわざわざ東宝から来て大役を演じるのも珍しいし、お吟の弟役は田村正和じゃないか。合掌。


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